第42話 幼かったあの日 ①

 彼女と出会ったのは僕が九歳、彼女が五歳の頃だった。


 ケリードは治癒術を得意とする七大貴族ホースマン家の三男として生まれた。


母はホースマン家の遠縁の娘でホースマン家とは比べ物にならない下級貴族だが、恋愛結婚の末に結ばれた二人の仲は良かった。


 長子の姉と兄が二人おり、姉はホースマン家の血を濃く受け継ぎ、幼いうちから治癒術を使いこなしていた。


 七大貴族は家門で最も素質魔術に秀でた者が当主になることがほとんどだが、姉は既に婚約者がおり、嫁ぐことが決まっていた。


 そうなると跡目争いは三人の男児で行われることになる。


そしてケリードは優秀だった。

治癒術は家門の恥と言われないぐらいには使えたし、勉強も家庭教師達が舌を巻くほど飲み込みが早く、身体能力も高かった。


そんなケリードを兄二人は敵視し、露骨な嫌がらせをされた。

物を壊されたり、出会い頭に肩をぶつけられたり、足を引っ掛けられたりと地味な嫌がらせが続いた。


最初は嫌がらせをされる理由がよく分からなかったが、当主継承権を持つ者を減らしたかったらしい。


それを理解してからは全てほどほどに収めることにした。

勉強もスポーツも兄二人よりは目立たないように。


容姿はどうにもできないが、なるべく異性には近寄らないように。


得意分野や興味関心のあるものでも兄がしていることには手を出さない。


親族会議には不参加を貫いて関心のないフリ。


これらを徹底することで二人の兄はようやくケリードを攻撃対象から外した。



 どうせ、貴族の三男なんてそんなもの。

 家の相続は先に生まれた男達がする長子継承が主である。


 七大貴族は男女関係なく力のある者が継承するが、それが少しばかり特殊なだけで、基本的に三男が長男次男より優遇されることは少ないのだ。


 悲観することはない。


 兄二人が行ったことは嫌がらせの範疇で、命が危うくなるようなことも、大怪我をするようなことでもなかった。


 それに姉は全面的に味方でいてくれたし、母は優しく豪快な人で『放任主義』と宣って傍観を決め込む父を『火種を蒔いて放置する放火犯の帰る場所は牢屋よ』と言って父を締め出していた。


ある日、バイオリンの授業で腕を酷く褒められた。

兄弟の中で誰よりも筋があると手放しで褒められ、授業後そのまま父に別の楽器を習いたいと言った。


『教師も筋がいいと褒めていたのに?』


不思議そうに首を傾げる父には『向いていないし、飽きました』と答えた。

 その時、父は何かを察したような表情で『何か欲しいものがあれば言いなさい』と言った。


父のその言葉は兄達の不興を買わないように、ケリードは色んなものを諦めざるを得ない故の罪滅ぼしだったのだろう。


バイオリンも諦めたものの一つだ。


弾くのも、聴くのも、それなりに楽しかったが余計な波風を立てたくなかったので手放した。


代わりに始めたのがピアノだ。

 

 貴族の子女であれば、ピアノを習う者は多く、この国ではバイオリンよりもピアノを習っている人口の方が多い。

 自分よりも腕の良い者も多いだろうから、間違っても自分が目立ちすぎるということはない。

 

 何より、バイオリンの腕を競い合っている兄達と比べられずに済むことが重要だった。

 バイオリンからピアノに移行し、大体の曲が弾けるようになった頃、とある貴族のお茶会に招かれた。


 同じ年頃の子供が多いからと、父が連れ出したのは兄達ではなく、ケリードだった。

 代々王室の医師として仕えているホースマン家には莫大な財産がある。

 次男であろうが、三男であろうが、婿入りの際に持たされる持参金をチラつかせれば喰い付く家門は少なくない。


 当時、姉以外には婚約者はおらず、兄二人はどちらが家督を継ぐか決まっていなかったため、後継者争いから早々に離脱した自分から適当な家と縁を結ばせようとしたのだ。


 父の魂胆が透けて見えていたので、当然乗り気ではなかったが仕方がないことだ。

 貴族に生まれた以上は結婚の義務から逃れることは難しい。


 ケリードは父と共に主催者に歓迎され、会場になっている初夏の庭に通された。

 調度日陰になっていて、少しだけ風があったので思ったほど暑さは気にならなかった。


『ホースマン』


 そこで父に声を掛けた男性がいた。

 眩い金髪に赤い瞳、整った顔立ちは表情がなく、固い。

 まるで作り物のような美しい男性だ。

 

 その隣には茶髪の優しい面差しの美しい女性の姿がある。


『久しぶりだな。あぁ、紹介させてくれ。うちの三男だ』


 親し気な様子でそう言うと父はケリードの背中をぐっと前に押し出した。

 

『ホースマン家の三男、ケリードと申します。以後、お見知りおき下さい』


 ケリードは相手が誰かも分からずにとりあえず挨拶を済ませた。

 男性の赤い目がじっと自分を見下ろし、緊張で息が詰まった。


 失礼なことはしていないはずだ、と自分に言い聞かせて、その視線が外れるのをじっと待つ。


『もうすぐ娘がバイオリンを披露する時間なんだが、どこかに行ってしまった。探してきてくれないか?』


 唐突な男性の言葉にケリードは頷くしかなかった。


 内心、何故自分が? と疑問で一杯だった。

 初めて会った人の、それも名前も知らない男の娘を探せと?


 男の言葉からは有無を言わせない圧があり、自分をこの場から離すための方便でもあることは察した。


 子供には聞かれたくない大人の会話をこれからするのだろう。


『名前はリオン。金髪で目は赤い。今日は水色のドレスを着ている』


 名前と特徴を聞き、ケリードはその場を離れた。




 

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