第41話 信用
「これ…………」
ケリードの手には一本の向日葵が握られていた。
リオンが『J』から贈られた向日葵と同じようにリボンの結ばれた一輪の小さな向日葵。
あの向日葵と全く同じに見える。
リオンは驚きを抱えたままケリードに視線を向ける。
そこには意味深な笑みを浮かべるケリードがリオンを見下ろしていた。
リオンは少し躊躇いながらも向日葵に手を伸ばす。
そっと力を入れ過ぎて茎を傷めないように優しく受け取った。
どうしてこれをリオンにくれるのだろうか。
リオンはケリードの表情を窺うが、そこから感情を読み取ることはできない。
リオンは再び手元の向日葵に視線を落とす。
綺麗だわ。
リオンの心を慰めてくれたあの向日葵と同じく、綺麗で可愛くて、心が和む。
リオンは思わず表情を緩ませた。
「さっきの質問の答えだけど」
向日葵を見つめるリオンにケリードは言う。
「さっさとそう言えば良かったんだよ。何で君ってこんなにも鈍感で頑固なの?」
もっと早く頼れば良かったのに、とケリードは不服そうに言う。
「言い過ぎじゃない?」
わざわざ勿体ぶるように悪口を言わなくてもいいだろうに。
リオンは唇を尖らせる。
「こっちは最初からそのつもりなんだよ。なのに、君って本当に素直じゃないし、頑固だし、警戒心は強いし、極めて鈍感。さっさと僕に頼ればいいのに」
ケリードは不機嫌極まりない表情でリオンを見下ろす。
仕方ないだろう。
リオンは父を殺した犯人から追われる身だったのだから。
逃れるために別人になり、生活拠点を転々していた。
親しい人も信用できる人も作らなかったし、つくることはできなかった。
リオンはそうして人との関わりを避け、自分を守ってきた。
それを否定された気がしてリオンは傷つく。
「そこまで―――」
「だけど、それが良かったんだね」
リオンが反発しようとした時、ケリードはそう言って肩の力を抜き、同時に表情を和らげた。
「君が人一倍警戒心が強くて、簡単に人を信用しない性格だったから、君は誰にも拐されることなく、死ぬこともなく、僕はこうして君に会うことができた。君を騙る偽物も、君を追う者も多かったからね」
そして一歩、リオンに近づく。
「君とこうしてまた会えたこと、僕は神に感謝するよ」
リオンはその言葉に疑問を抱く。
『また』って言わなかった?
もしかして、前にもどこかで会ったことがあるの?
そんなことを考えていると、気付いたらすぐ近くにケリードの顔があった。
不機嫌そうでもなく、悪戯っぽくもなく、ただただ穏やかな表情でリオンを見つめている。
アイスブルーの瞳が優しく細められ、口元に笑みが浮かべるケリードから目が離せなくなる。
そして柔らかな感触が頬に触れた。
それがケリードの唇だと認識できた頃には既にケリードはリオンから一歩離れていて、事が済んだ後だった。
「な……な、な、何するのよ⁉」
き……キス、されたの? 何で? どういうこと?
リケリードにキスされたと思うと顔が急に熱くなり、リオンは激しく戸惑った。
「キス一つでそんなに動揺しないで欲しいんだけど」
「だ、だって……!」
貴族であるならば手の甲へのキスは挨拶に入るだろうが、貴族社会から遠ざかって久しいリオンの感覚は専ら平民寄りだ。
平民は親しくても家族や恋人以外にキスはしない。
「こんなんじゃ先が思いやられる」
「先って何?」
ケリードは腕を組んで嘆息し、こめかみを揉みほぐす。
「いや、何でもないよ。本当にもう地道にいくことにするから」
諦めの混じる声でケリード呟く。
リオンにはその言葉の意味が分からないので疑問符しか浮かんでこない。
「さて、そろそろ行こうか」
ケリードはそう言ってリオンに手を差し出す。
リオンはその手を取ろうと手を伸ばすが、寸前の所で一度手を引っ込めた。
「確認だけど、あなたのこと本当に信じても良いのかしら?」
リオンは真っすぐケリードの目を見つめて言う。
するとケリードは嬉々とした表情を浮かべて言った。
「もちろん。僕は君を裏切らない。君の信用に全力で応えるよ」
その言葉を聞き、リオンはケリードの手をぎゅっと握った。
「もう逃げも隠れもしない。私を狙う奴らを逆に炙り出すわ」
リオンの強気な発言にケリードは楽しそうに目を細めた。
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