殺戮オランウータンに至る病

青猫あずき

殺戮オランウータンにいたる病

【問題編】


「ドイルが…?」


江戸川モンキーパークの職員、大木おおぎは耳を疑った。

ドイルは江戸川モンキーパークで育ち職員からも来園客からも愛された一頭の雄オランウータンであった。


しかし、病にかかり幻覚でも見ているのか非常に攻撃的になり展示檻の中で暴れ回り始めた。昨日のことである。


同じ檻に棲む他のオランウータンを害さないように、すぐさま職員たちがドイルを隔離するために飼育檻へと向かった。


しかし、結果はあまりにも言葉にしがたいものであった。

ドイルが幼い頃から面倒を見続けていた老職員の小南こなんさんを含む職員5名が錯乱状態のドイルによって殺されたのだ。


オランウータンは後ろ足よりも腕が非常に長いことで知られる猿である。

その長い腕を振り回し、職員を殴打。


遠心力の乗った長い腕の一撃がクリーンヒットし、職員たちは次々にその場で倒れた。


救急隊を呼んだものの荒れ狂うドイルを避けながら救出することはままならず、職員たちは檻の中で冷たくなった。


結局、地元の猟友会の者に声をかけて招集し翌日にドイルを射殺する決定を園長が出した。

なんとかして射殺だけは免れないものかと助命を嘆願する職員、

亡くなった職員の仇を討とうとドイル射殺を執拗に要請する死亡者の恋人であった女性職員。

江戸川モンキーパークは猿山ほどの統制も取れていない有様であった。


そんな事件の翌朝。

つまりドイルの射殺が行われるその日の朝に動物園職員の大木おおぎの耳に入った報せに彼は耳を疑ったのだ。


恐る恐る檻の扉を開けて銃を手に中へと入った猟友会が目にしたものは、頭から血を流して檻の中で死んでいるドイルの死骸だった。


一体、なぜ殺戮オランウータンは死んでいたのか?

それが動物園職員たちの次なる悩みとなったのは言うまでもないことだろう。


【読者への挑戦】


果たしてドイルを殺したのは?

凶器は? 死因は?

殺したものの動機はなんだったのか?

答えはまだ書かないことにする。

君たち自身の頭で考え、この悲しい事件の謎に挑んでもらいたい。

もちろん答えは用意してある。

鍵がかかり職員の入らないはずの「密室」の謎に踏み込んで欲しいのだ。


【解答編】


飼育員、大木おおぎはドイルの死骸を見て直ぐに何が起こったかを察した。

ドイルがなぜ死んだのか、それを上手いこと周囲に説明しないといけない。

そう言う義務感に駆られ叫んだ。


「自殺だ! ドイルは自殺したんだ!」


どう言うことかと尋ねる猟友会の人々へ大木は弁舌をふるった。


ドイルがどれだけ老飼育員の小南こなんに愛されて育ったのか、

その2人のまるで家族のように強い絆について語った。


「ドイルは夜のうちに落ち着いて、自分のしたことに気づいたはずです。そして深い悲しみと後悔に包まれたんだ。そうに違いない!」


しかし、一体どのようにしてドイルは死んだと言うのか?


「投身自殺ですよ」


大木は飼育檻の中央に聳える樹を指して言った。


「オランウータンの手は人間とは構造が大きく違います。物を掴んだ時に全然違う痕が残るくらいに。そして、その握力はとても強く、木の枝や幹をがっしりと掴むことができます。後は説明するまでもないでしょう。あの高い樹に登り、そこから飛び降りたドイルは重力に惹かれて発達した重い頭から落下した。そして今、あのように頭から血を流して死んでいるのです」


大木の語った真相はメディアの注目を集め、ある種の刺激的な美談として語られるようになった。


江戸川モンキーパークにはかつてのように、いやそれ以上に人が訪れるようになった。

誰もが「飼育員を殺してしまった後悔から自殺したオランウータンの話」を信じた。


モンキーパークの職員以外は。

なぜなら彼らは知っていたのだから。



本当の真相はもっとあっけなく、つまらなく、そしてスキャンダラスなものであった。


ドイルはオランウータンに殺されたのだ。同じように檻の中にいた他のオランウータンに頭部を殴られ死んだのである。


オランウータンは自殺しない。

しかし同族を殺すことが知られている。

あの夜、人がいなくなった檻の中でドイルは病による幻覚を見て暴れ回り、他のオランウータンたちを害そうとして、逆に返り討ちにあった。


そんなつまらない出来事こそが真相であり、それはつまり真相は江戸川モンキーパーク側としては隠さなければならいスキャンダルであることを意味している。


仲間殺しの猿などとメディアに報道されたオランウータン達がどうなるかなど容易に想像がつく。

だからこそ、真相を見抜いた大木職員はでっちあげの作り話を語ったのだ。


今でも江戸川モンキーパークではドイルの美談が語られ続け、土産物屋には「悲しいオランウータン、ドイル」のグッズが売られ続けている。


*この作品はカクヨム自主企画『殺戮オランウータン大賞』応募作でした。

興味がある方はぜひ殺戮オランウータンで検索して他の方の殺戮オランウータン作品も読んでみてください。

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