天使

皐月トオル

天使

 抜けるように白い肌、というのは本当に存在するんだな、と思った。

 彼女は美しかった。

 肌はミルクのような滑らかさと暖かみがあり、頬はほんのりと明るい紅色。

 黄金の大河のように波打つブロンドの髪。

 普段はダサいダサいと言いながら着ている微妙なデザインの制服でさえ、彼女が着ると輝いて見えた。

 彼女の名はマヤ、と言うと担任から聞いた。

 というのも、担任によると彼女は口がきけないそうだ。

 ーー転校生というのは美しくなければならない、という法則は打ち砕かれていたものだとばかり思っていた。

 こんなに美しいのに、惜しいものだ。

 今から思えばそうでもなかったのだけれど。



 私は彼女と友達になった。

 こんなに綺麗な娘と友達になれて、本当に嬉しかった。

 他のクラスメイト達は最初は彼女に興味しんしんだったが、だんだん興味を失くしたのか今はむしろ彼女を避けているようだ。

 私だけが彼女と友達なのだ、彼女が笑顔を向けてくれるのは私だけなのだ。そんな優越感が私を昂ぶらせた。

 私は幸せだった。

 彼女の笑顔は本当に綺麗だった。

 長いまつげがピンとなり、薄紅色の頬がキュッと上がる。

 真っ白な肌に映える桃色の唇は、赤ちゃんのように鮮やかだった。

 そのままでも綺麗な彼女が、さらに輝くようだった。



 幸せは唐突に終わりを迎えた。

 夏休み。

 二人で海に出かけた。普段着の彼女は制服よりも可愛らしい雰囲気だった。

 二人で砂浜を歩いていたとき。急に彼女が泣き出した。

 そして、つぶやいた。

「す、き」

 私もだよ、そう言おうとした瞬間、彼女を大きなものが

 がぶり、と。

 まっくろい大きなものは、彼女を食べると、満足したように消えた。

 私の手には、しっかりと握っていた彼女の手だけが遺った。

 白い肌は、彼女の涙で濡れはしているが、全く血がついていない。断面からも溢れていない。

 私は恐ろしくなった。

 逃げた。

 彼女の手を置いて、逃げた。

 気づいたら、私は家にいた。母親から荷物はどこかなど色々と叱られたが全く持って聞こえなかった。

 私は気を失った。



 夢を見た。彼女が夢。

 真っ白い彼女から真っ白い翼が生え、その翼を羽ばたかせて空へ飛び立った。

 ああ、彼女はもう居ないのだ。

 そう思うと自然と涙がこぼれた。

 彼女と違い醜い私は、彼女が泣いたときみたいな美しさとは全くもって縁がない。

 私は情けなくなった。


 二学期になって私は学校に復帰した。

 彼女はもう居ない。ただ、私は憶えている。彼女が天使であったことを。

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天使 皐月トオル @satuki_tooru

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