カジノ#3 夜は更けていく

 日本でカジノと聞くと、真っ先に思い浮かぶイメージはラスベガスやマカオの派手なネオンの輝くテーマパークのような煌びやかさかもしれない。その街並みをルーレットで大勝ちした酔客や、逆にどこかで財布を無くしたかのような素寒貧な酔客が歩くというのは映画ではおなじみの、どこかコミカルな一場面だろう。

 だが、実のところカジノの多くは都心のホテル街や商店街にぽつんと店を構えていることがほとんどで、そこに出入りする客も勝った負けたでいちいち大騒ぎするほど子どもでもないといった具合らしい。

 あくまでカジノは紳士淑女の一夜の社交場というのが本来の姿なのである。


「YAY!次も勝ちだ」

 夜も8時を回ると、それまで大人しくカードを楽しんでいた客人たちも随分と昼用のマスクから夜用へと直し、段々と勝負に熱くなっていく姿が見られるようになっていた。クラブや音楽ライブの髪を振り乱すほどの騒々しさはなくとも、まるで燻っていた火に薪をくべたような熱がカジノのフロアに蔓延していた。

「あらあら、結構な盛り上がりね」

 アイリスとの食事が済んだゆなとゆずるは、吹き抜けになったカジノの上階にあるガラス張りの支配人室からフロアの様子を眺めていた。

「古今東西、勝負事に熱くなるのはいつも同じですわ。勝てば楽しい、負ければ悔しい。兄様も姉さまも覚えがあるのではなくて?」

 アイリスは凜と淑女然とした格好を崩すことはなかったが、その顔には年相応の少女らしいいたずらっぽい笑顔が浮かんでいた。双子は少し困ったように笑い合った。

 彼女の趣味がフェンシングや競馬といった「真剣に競い合うこと」であるように、少女はいつも人や自然と戦うことが好きだった。その血は遙か昔、スカンジナビアのヴァイキングから受け継いだものだとウィートリー家は誇りにしているのだった。

「ですが…」

 アイリスが続けようとすると、下のフロアの様子が少し変わった。先ほどまで大勝ちしていたらしい男のいるテーブルに「アプリオリ」と霧島が声を掛けていた。

「あら、うちの執事たちよ。どうしたのかしら」

「本当だ。何かもめているようだけど」

 しばらく男と何かもめていたようだったが、ふたりに追随していた玄武と露五がその客を抱えて出口へと向かっていった。

「どうやらチーティングをされたようですわね。あのようにハウスルールを守らない不届き者はご退場願います。カジノでは皆平等に勝負師であり、紳士淑女でいて頂きます。ルールを守るからこそ勝負事は楽しいのですわ」

 アイリスはニコニコとした表情は終始崩さなかったが、厳格にルールを守らせるその気概は先ほどまでの少女らしい姿とはやはり違って見えた。

「※ミネルウァは厳しいね」

 ゆずるが隣に座るゆなに耳打ちすると、ゆなはくすりと笑った。

「※ディアナよりは優しいわ」

 兄の耳打ちに妹はそう返すと、双子は楽しそうに笑い合った。


※知恵や芸術の女神でもあり、戦争の女神でもある。

※狩猟・貞節の女神もあるが、非常に気が強いとされる。


「いや~、早速大手柄だったな」

「まさか本当にイカサマをする人がいるなんて、映画のようですね」

 件のイカサマ男を捕まえた霧島と露五は、カードテーブルから少し離れた壁を背もたれにひそひそと雑談していた。正面のテーブルではシルヴィアがディーラーとして客にカードを配っていた。

「あの男も迂闊だったな。あんなに目立つこともせずに、2~3回遊んで帰っとけば見つかることもないのに」

 霧島はラテン系の顔をシニカルにゆがめて苦笑した。

「まぁ、そのおかげでカジノの被害を食い止めることができましたからね」

 露五もつられて苦笑すると、ひとつため息をついた。

「イカサマは勝ちの機運にのってるときに、しれっとやるもんだ。誰にも気付かないように、さっとな」

「まるで玄人のような発言ですねぇ」

 露五が片眉をあげてそう言うと、霧島は「さてねぇ」とだけ答えわざとらしい口笛を吹いた。


「よっし!シングルだ!」

 霧島と露五の雑談する場所から少し離れたエリアではまだ20代後半くらいの若い青年が友人とダーツを楽しんでいた。ただ、その遊び方は本来とは違い若干手荒いものだった。

「よーし、次は真ん中だ。ストレートで決めるぜ」

 青年はそう言うと、まるで野球のピッチャーのように振りかぶり、勢いよくダーツ盤へと投擲した。だが、ガンという音を立ててダーツ盤の端に勢いよくぶつかったダーツはくるくると空中を回転しながら、霧島たちの元へと飛来していた。

「露五さん、危ない!」

 突如、ふたりの真正面にあったテーブルから叫び声が上がると、二人の正面のテーブルからシルヴィアが手にしていたカードを手裏剣の要領で投擲した。

 バシッという音とともに、飛来してきていたダーツが姿を消すと、そのままカードが霧島と露五の間にあった円柱に突き刺さった。

「ふぅ、危なかったですね。あのままだと頭に刺さっていましたよ。気をつけて下さいね」

 シルヴィアはそう告げると、新しいカードのセットを取り出し再びディーラーの仕事へと戻っていった。

 ダーツはジョーカーの顔にぐっさりと刺さっていた。

 霧島と露五は冷や汗をだらだらと流しながら、しばらくその場で固まっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る