5th Birthday

 9月22日。

 ヴィアレット家の双子にとって5度目の秋が訪れた。

 例年なら、すでにこの時期ともなれば、薄い紗のかけられたような秋空と虫の鳴くに寂しい気持ちにさせられるものであるが、昼はいまだに夏の強烈な熱波が地表を焼き、陽が落ちてもその名残の熱が冷えずに居座っていた。

 そのため、酷暑を嫌ったゆなはハワイから戻ったあともどうにも虫の居所が悪く、書庫と絵画の部屋に籠もりきりになり、ゆずるも執事・メイド達も随分と心配をしたのであるが、今日になってけろりとした顔でラウンジに降りてきたのを見て、やっとほっと胸をなで下ろしたのだった。

「あのまま、冬までずっと籠もったままかと思ったよ」

 夜になり、双子の自室では誕生日パーティのための準備が進められていた。薄紫の燕尾服に先に着替え終わったゆずるは、鏡面の背面にあるソファに腰掛けて、化粧台でメイクをしてもらっているゆなに話しかけた。

「本当は籠もっている間、退屈で仕方なかったわ。たくさん本や絵画を見ていたけど、なにひとつ頭に残ったものはなかったわね。ずっとソファか椅子に座っていただけよ」

 レムにファンデーションを薄く塗ってもらいながら、ゆなはそう答えた。

「9月に入ってもまだ暑かったから、プールに涼みに行く子たちもいるみたいだよ。ハワイの海が名残惜しかったみたいだね」

「私も海に入れたのは3回だけよ。あとはパラソルの下か、屋敷のなかだけ。あんなに時間が長く感じたのは久しぶりね」

 ゆなは頬のチークを塗られる側とは反対の紅い目を細めると、柳眉を下げて器用にやれやれといった表情を作った。8月のハワイの気温は日本とあまり大差はなく、結局のところ昼間にビーチで遊べる機会にはあまり巡り会えなかった。そのため、特に遊び盛りな少年少女たちは若干の消化不良を抱えながらの帰国となったので、休憩や休日にスパのプールに遊びに行っている者が多く見られた。

「僕もラグビーの試合でも見に行こうかと思ったけど、暑くて無理だったなぁ」

 ゆずるはそう言ってソファから立ち上がると、ゆなの座る鏡面台のそばの椅子に席を移した。三面鏡の端に双子の美しく整った顔貌が並んでいた。

「私は学んだわ。何事も許容量を超えることは禁物だとね。暑すぎたら、寒すぎたら、大人しくしておくのが正解なのよ」

「僕たちはドールなのに?」

「そうよ、私たちは人がいないと生きられないものね」

 そうのたまうゆなの桜唇にルージュがさっとひとつ塗られた。

「お待たせ致しました、お嬢様」

 三面鏡には、紫を基調としたバケーションドレスに髪を美しく結い上げた少女が映っていた。

「ありがとう、レム。…そうそう、レムはハワイではどう過ごしたのかしら?」

 レムは化粧台の道具をひとつひとつ片付けながら、少し考えて答えた。

「私は市内のショッピングセンターに行っておりました。服やお菓子を見たりして、とても楽しめましたよ」

「そういえばマリアンヌや瑠璃も随分とたくさんの買い物をしていたみたいね」

 ゆなはハワイの別荘に時々運び込まれるお菓子の山や、服がたくさん詰まった買い物袋の数々を思い出して苦笑してしまった。

「初めは私もお屋敷で過ごしていたのですが、瑠璃ちゃんたちに誘われまして、つい調子づいてしまいましたわ」

 レムはやや赤面した様子でそう答えた。どちらといえば財布の紐の堅い性格の彼女がショッピングを気ままに楽しめたのなら、それは喜ばしいことと双子は思った。

「退屈せずに過ごせたようで良かったわ。あぁ、私ももっと涼しければ、ルアウやフラを見て回ったのだけど」

「ルアウなら玄武たちが見せてくれたけどね」

 ゆずるが苦笑しながらそう言うと、ゆなは柳眉を曲げて「あれはもはやサーカスよ」と答えた。

 しばらくして、部屋のドアをノックする音が鳴り、「失礼致します」とメイドの棗がキビキビとした姿勢で部屋へと入ってきた。

「お坊ちゃま、お嬢様。会場の方は準備が整いました。レムさん、ご準備はいかがでしょうか」

「見ての通りですわ。我らが主様はよりお誕生日を迎えるに相応しい紳士淑女のお姿をなさっています」

 レムはウキウキと楽しげな様子でそう答えた。

「それじゃ、行こうかゆな」

 ゆずるがそう言って、妹に腕を差し出すと

「えぇ、お兄様」

 ゆなはそっと腕を巻いてエスコートを受けた。


 ヴィアレット家は久しぶりに明るい笑い声に包まれていた。


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