ハワイ旅行#3
8月も中頃を過ぎ、本格的な夏が到来すると、透き通るような青空は一層くっきりとした色彩を表すようになり、プライベートビーチから望むコバルトブルーの海と相まってより美しいグラデーションを描くようになっていた。ハワイ島のゴツゴツとした不毛の岩肌から続き、人工的な緑の芝生を過ぎ、白い砂浜から水平線へと伸びていく色彩のパレットはそれそのものがひとつの芸術品のようだった。
しかし、暑さに関してはやや和らいできたとはいえ、白昼のじりじりと焼け焦がすような炎熱にはどうにもならない日が続いていた。そのためここ2週間、にわかに別荘で流行りだしたのは、夜の小さな宴だった。
なんてことはない。気の置けない友人・同僚たちと話して、遊んで、食事をしたりするだけの夜更かしの時間である。
紅と碧に彩られた美しい眺望も、夜も更ければ漆黒へと塗り替えられていた。
しかし、代わって銀色の月が広大な海に反射し、日頃目にすることのない星空がきらきらと輝いているのを眺めながら、絶え間なく鳴る潮騒を聞くと言うのはなんとも雅なように思えた。
美しいオーシャンビューを楽しむために設えられたテントハウスでは各々準備した酒や軽食をテーブルに、夜話に花を咲かせる組み合わせが複数見られた。
【霧島とジャン】
「…おまたせしました」
「お、メルシー」
ジャンはテントハウスの一角で海を眺めていた霧島に、カットフルーツが飾られたトロピカルジュースを差し出した。
「それじゃ、乾杯といきますかね」
「えぇ、今日もお疲れさまでした」
霧島が差し出したグラスにジャンも同じグラスを軽くぶつけた。さざめく潮騒にガラスの当たる軽快な音が鳴った。
「…相変わらずうめぇな。昨日も飲んだのに全然飽きないのはすげぇよ」
霧島は一口飲んだグラスを見つめると、軽く顔を傾けた。視線の先にはバーマスターの瑪瑙と琥珀がてきぱきとした様子で料理や酒を出す姿があった。
瑪瑙が気がつくと、爽やかな笑顔で会釈を返した。
「爽やかな笑顔も相変わらずだな」
霧島はやや苦笑いを浮かべて、グラスを傾けた。
「随分退屈そうにされていましたね」
ジャンは傾けたグラスをテーブルに置いて、椅子に背中を預けながら言った。
「そんなことはないんだがなぁ」
霧島はそう言ってグラスに浮かぶチェリーを口にしていた。
「だが、どうも刺激がなくって落ち着かねぇ。せめて何か任務でもあれば気も紛れたんだがなぁ」
「確かにここについてお嬢様もお坊ちゃまも、ここひと月ほとんど外出はされませんでしたからね。任務も珍しくなくて、平和です」
「なにぶん、この暑さだからな。だーれも外出なんてする気にならんよ。パーティの予定もなければ、変な気を起こす集団も来ないしな」
霧島は持っていたグラスをテーブルに置くと、テントハウスそばの石畳を軽くふんだ。すでに陽は落ちているのに、石は未だに熱を持っていた。
「仕事は楽ちん、昼寝もオッケー。最高の職場環境だが、こうもすることがないと身体がなまってくるな」
霧島は後頭部を両手で支えながら、背もたれにどっかりと身体を預けた。
「お坊ちゃまと玄武さんは変わらず稽古をされているそうですよ。霧島さんも…」
「…やっぱり、暇なのが一番贅沢だな」
霧島はそう言って、テーブルのグラスをとって、中身を飲み干していった。
ジャンは小さく微笑んで、グラスを空けていった。
【露五とアプリオリと瑪瑙】
テントテーブルの中央には、瑪瑙と琥珀がマスターを努めるバーが設置されていた。そこには色とりどりのフルーツや酒が置かれ、夜も更けたというのに明るく陽気な雰囲気を醸し出している。
「お待たせ致しました。マンゴーフルーツのマティーニです」
瑪瑙はカウンターテーブルに着いた露五とアプリオリにカクテルグラスを差し出した。南国の甘い果実の香りが二人の鼻孔をくすぐった。
「マンゴーのマティーニなんて初めて飲みますね」
露五が受け取ったグラスを物珍しげにのぞき込むのを見て、アプリオリが答えた。
「あまりカクテルは飲まれませんか?」
「そうですね。いつもはビールが多いもので…」
露五は軽くグラスに口を付けた。
「あぁ、甘くていいですね。これは美味しい」
「それは良かったです」
瑪瑙はにっこりと爽やかな笑顔を見せた。アプリオリもほっとしたように笑顔を見せると、服のポケットからふたつ貝殻を取り出してテーブルへと置いた。
「おや、アプリオリさん。綺麗な貝ですね」
瑪瑙の視線の先には、白とオレンジのグラデーションが美しいサンライズシェルがあった。
「昼にキッカとカントがプレゼントしてくれたものです。ふたりで貝殻拾いを楽しんでいたそうで」
アプリオリはいつになく上機嫌な様子でそう答えた。
「ほぉ、不思議な貝殻ですね。随分と可愛らしい色だ」
「えぇ、見つけると幸運が訪れるとか。ハワイでしか採取できない貴重なものだそうですよ」
「そうでしたか。それは嬉しい贈り物ですね。それでしたら、私は…」
露五はそう言うと、懐からスマートホンを取り出すと、水滴で濡れた指先で操作していた。
「奇遇なことに私も昼に華火くんから頂きましてね」
そう言って露五はアプリオリと瑪瑙にスマートフォンに映し出された画像を見せた。そこには水の満ちたガラスの丸い花瓶にシャワーツリーやプルゲリアの花が美しく飾り立てられていた画像が映っていた。不思議なことに、水中でも花はしおれることなく咲き誇っており、まるで初めから水中に咲き誇っていたように鮮やかだった。
「これは綺麗ですね。あぁ、確かお屋敷の玄関にも似たようなものが」
そう瑪瑙が言うと、露五は自慢げに答えた。
「えぇ、あれは華火くんがあつらえたものです。お嬢様とお坊ちゃまも随分と気に入られたようでした」
露五もアプリオリと同様、上機嫌だった。
「おふたりとも良い贈り物を頂けましたね」
そう瑪瑙が言うと、ふたりはマティーニのグラスを傾けた。
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