ハワイ旅行#2

 7月も末になり、いよいよ本格的な夏が到来していた。

 日本では梅雨があけた途端、数ヶ月にわたって居座っていた雲を押しのけ、ハワイ島の溶岩にも匹敵するような猛暑が訪れていた。

 当然だが、それはヴィアレット家の滞在するハワイでも同じで、連日のように燦々と太陽が輝いており、ほとんどの時間は空調の効いた室内で静かに過ごすことしかできなかったが、それでも一日のうちの何時間かは涼しく過ごしやすい時間帯があるので、そのあたりを見計らって皆思い思いにバカンスを楽しんでいた。


 さて、ヴィアレット家が泊まるホテルの前にはプライベートビーチが広がっている。オーシャンブルーに白い砂の三日月が描かれており、月の先端同士に事故防止用のネットが引かれていた。

 午前も少し過ぎた頃、2組のペアの少女たちがネットを挟んでビーチバレーボールを楽しんでいた。

「姉様、そちらにいきましたわ」

 ネットを挟んだ前方に陣取った一花が、ペアで後方に控える棗に向かって言った。

「は、はい…」

 棗はふよふよとゆっくりと落ちてくるシリコン製のボールをトスしようと、ボールに向かって両手を構えていた。だが、落下地点が定まらないのか足下はふらふらとしており、端から見ても随分とおぼつかないように見えた。

 ボールに手が届く距離まで落ちてくると、えいと棗はトスをしようと両手をボールにむけて伸ばした。

「あっ…!」

 だが、するりとボールは両手の間をすり抜けてしまい、そのまま棗の額へと真っ正面からぶつかってしまった。幸い、柔らかいシリコン製のボールだったが、棗はよろよろとバランスを崩すと、そのまま砂浜に尻餅をついてしまった。ボールはちょうどサッカーのヘディングの要領で瑠璃たちのコートへと返っていった。

「姉様!大丈夫ですか」

 一花は慌てて棗のそばに膝をつくと、心配そうに肩を抱いた。

「え、えぇ。一花さん、ありがとう。大丈夫です」

 棗はボールが当たってズレた眼鏡を直すと、一花の差し出した手を取って起き上がった。夜会巻きにした棗の額には、ボールが当たって乱れた前髪がぱらりと垂れていた。

「棗…あなた相変わらず球技が苦手なのね」

 瑠璃はそう言って、返ってきたボールを手にネットをくぐって棗の元へと寄った。

「平気ですか、棗さん」

 瑠璃と組んでいた雪も両手を胸に抱いておろおろと心配していた。

「申し訳ありません…どうもボールは扱いが難しくて…」

 棗は再び神経質そうに眼鏡を指で直していた。いつもと変わらない冷静な表情を見せてはいるが、どこか覇気がなく落ち込んでいるのは明白だった。

「別に謝る必要はないけど…」

 瑠璃は気まずそうに手にしたボールを手で弄びながら答えた。

「でも、意外に思うわ。よく山登りをしてるみたいだから、体力はあるみたいなのに」

「山登りは自分のペースでできるので…」

「つまり、人と合わせるのが苦手ってことね」

 瑠璃のオブラートに包まない図星をつく言葉に、棗は再びしゅんとうな垂れてしまった。

「遊びにまで無理に合わせる必要はないわ。バレーボールは止めて、皆でできる遊びをすればいいのよ」

「いえ、やはり私は結構ですので皆さんで続きを…」

「何言ってんの!瑠璃はボール遊びが苦手なくらいで仲間はずれにするほど狭量ではないわ。例え石頭の棗でもね」

「誰が石頭ですか!」

 さすがにむかっ腹のたった棗はいつもの調子で瑠璃に詰め寄るが、瑠璃は突然くるりと身体を反転させ、

「次はFangen(鬼ごっこ)よ。でも、追いつけるのかしらね、貴女みたいなドジに」

 瑠璃はニヤニヤとした笑みを浮かべてそう言うと、砂浜を駆け出した。

「待ちなさい瑠璃!貴女はいつもいつも…!」

 棗もまた瑠璃を追いかけて、砂浜を駆けていく。

「あ、待って下さい姉様」

 一花は棗を慌てて追い始めると、雪も「あらあら」と可笑しそうに笑って三人の後を追った。


***


 ホテルに内接されたプールサイドでは、キッカとカントがパラソルの下に並んで寛いでいた。カントは足を横座りにしてプールサイドを眺め、キッカは反対にビーチの方を眺めていた。

「…楽しそう」

 4人の少女たちがわいわいとビーチで騒がしくしているのをキッカはどこか羨ましそうに見てそう呟いた。

「Si。棗様と東藤様は仲がよろしいです」

「うん。キッカもそう思う」

 キッカはそう答えると、少し考えるように俯いて続けた。

「…カントは海に入って大丈夫?」

「Si。カントの身体は完全防水仕様となっています。ですが、まだ海で遊んだことはありません」

「…海には入らない?」

「うーん…」

 カントは口元に指先を当てて小首を傾げながら考える仕草を見せた。紅いカメラアイが音を立てて、青空を見つめていた。

「Non。キッカ。カントも海で遊ぼうと思います」

 しばらくして、カントはそうキッカの方を見て応えた。

「じゃ、じゃあ、一緒に貝殻を拾いたい…」

 キッカはおずおずとそう誘うと、

「Si。キッカ。一緒に貝殻を拾いましょう」

 カントはにっこりと笑って応えた。

 キッカも安心した顔を見せて微笑んだ。



【ヴィアレット家豆知識】

→体力はあるが、スポーツが全般的に苦手。

→紅いワンピースの水着。


一花

→棗が時々見せるドジなところを可愛いと思っている。スポーツは得意。

→黒の桜柄の水着。


瑠璃

→スポーツは全般的に得意。団体スポーツが特に好き。

→黄色のパレオ付きの水着。


→運動はあまり得意ではないが、丁寧なプレーをする。

→白のオフショルダーの水着。


カント

→完全防水のボディに換装されている。

→白のワンピース。


キッカ

→泳ぐのはあまり得意ではないので、足を水に浸す程度。

→濃緑色のワンピース。


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