クリスマスパーティ

 12月も後半になると、身を切るような寒さが屋敷を覆うようになっていた。

 今年は例年にはない冷気があちこちを襲い、珍しく雪が積もるような地域も出ているらしく、ここ数年は極度に暑いか寒いかしかない、壊れた計量器のような季節ばかりだと辟易とした気持ちになるようだった。

「「メリークリスマス!」」

 12月25日の夜。

 外の凍るような寒さとはうって変わって、双子の屋敷は暖かい空気と朗らかな笑い声に満ちていた。

 玄関には露五が切り出した樅の木が設置され、針葉樹の葉から匂いでる仄かな芳しい香りが暖房器具によって乾燥した空気に清涼感を与えていた。メイドたちが飾り付けた可愛らしいオーナメントとモールも照明にきらきらと反射して、見ていると心が浮き立つような気分にさせてくれていた。

 また、クリスマスパーティ用に片付けられたラウンジには、見ているだけでお腹が満たされそうなほどのご馳走が所狭しと並んでいた。食べ盛りの少年少女たちはチキンや甘い菓子を口いっぱいに頬張り、方や大人たちはそんな姿を微笑ましく眺めながらお酒を嗜んだりして過ごしていた。

「お嬢様~、お坊ちゃま~。お待たせ致しました」

 クリスマスらしく頭に帽子を被った九がキャリーにシャンパンとケーキを載せて、双子の座るソファへと運んできていた。パーティが始まってから小一時間をかけて、ゆっくりと食事を楽しみ、執事やメイドたちを労ったのであるが、まだまだ疲れ知らずに過ごしていた。

「ありがとう。仕事はもういいわ。貴方たちもケーキを食べなさい」

 ソファにかけたゆなとゆずるのそばに控えた柚月と一花も、九からケーキを受け取ると、揃ってマリィ手製のチョコレートケーキに舌鼓を打った。

「お嬢様も、お坊ちゃまもとっても可愛らしいですわ」

 クリスマスの衣装に身を包んだ双子を前に、九は両手で顔を包み込むようにしてにっこりと笑った。普段から慈愛に満ちた正確の彼女の様子から、まるで子どもを愛でる母親のような姿にも似ていた。

「ありがとう。貴女もその帽子良く似合ってるじゃない」

「まぁ、嬉しいですわ。ありがとうございます」

「柚月と一花は被らないの?」

 ゆずるはそれぞれに問いかけると、ふたりは少しぎこちない様子で目配せをしあっていた。

「恥ずかしながら…」

 一花はそう言って、組紐の髪ひもを解くとゆなとゆずるが見やすいように差し出した。見れば、紐には小さなサンタクロースのアクセサリーが着けられていた。

「あら、かわいい」

 ゆなは指先でサンタをつつきながら言った。

「実は僕も」

 柚月は右耳に着けられていたイヤリングを外して差し出した。

 こちらにはクリスマスツリーを象ったもので、一花のアクセサリーと雰囲気がよく似ていた。

「おふたりとも可愛らしいですわ」

 九がそう言うと、一花は少しだけ顔を赤らめて言った。

「実はお姉さま…棗に頂きまして」

「素敵なプレゼントだね」

 ゆずるがそう言うと、顔を少し伏せたが顔には嬉しそうな色が浮かんでいた。


「撮るよー!」

 ふと、ケーキの並んだテーブル付近でメイドたち数人がスマートフォンを手にして写真を撮る姿が目に入った。

「そういえば最近あちこちで自撮りしてる子が多いのよね。珍しいわ」

「最近メイドたちの間でWoMが流行っているので、それかと思います」

 ゆなの疑問に柚月がそう答えた。

「ワム?」

「『アプリオリ』さんが開発されたSNSです。お屋敷の敷地内だけでのみ使うことの出来るようになっていますわ」

 九はそう言って自身のスマートフォンを取り出し、ゆなとゆずるの前に差し出した。

「こちらですわお嬢様」

 九のスマートフォンのホーム画面には、ヴィアレットの紋章とともにWoMと銘打ったアプリが登録されていた。

「W、O、M…何の略かしら」

「確か~…Whispering of Masqueradeですわお嬢様」

「マスカレード(仮面舞踏会)…。なるほどね、確かに『アプリオリ』らしいセンスだわ」

 九はスマートフォンを操作しながら、説明を続けた。

 画面には個人のプロフィールや投稿アイコンが表示されていた。

「テキストチャットに画像と動画の投稿ができますわ。ただし、カントが厳しく管理しているので悪口や噂話などは絶対NGとなっています。あと、画像の流出や保存も禁止ですわ」

「随分としっかりとしたセキュリティなんだね」

「柚月はSNSは見ないのね」

「はいお嬢様。僕はあまり馴染みは…」

 柚月が答えると、九は次にヴィアレット家のアイコンを押した。

「こちらではヴィアレット家で撮られた写真が共有できるようになっています。今のところ一番閲覧されているのはこちらのようですね」

 九がそう言って指さした画面には、《瑠璃ちゃん`S!》というハッシュタグとともに、瑠璃と少女たちがお揃いのクリスマス衣装に身を包み、お菓子やケーキと一緒に玄関に飾ってあるクリスマスツリーの前でポーズをしている写真が添付されていた。

 コメント欄には『可愛い~!』『瑠璃ちゃんたちすっごいもふもふ♡』といった声が並び、それに続くように屋敷内で撮られた様々な写真が続いていた。

「楽しんでるようで何よりだわ」

 ゆなはしばらく、執事とメイドたちが思い思いに楽しむ自然体の姿を見て楽しんだ。

「そうですわ。宜しければお嬢様とお坊ちゃまも投稿してみませんか」

 九の提案にゆなとゆずるは顔を見合わせて答えた。

「いいわね。SNSなんて初めてだわ」

「どうするのがいいのかな」

 ゆなは早速自分のスマートフォンにアプリを入れて貰うと手を打って言った。

「そうだわ。貴方たちも一緒に撮りましょう。さっきの子たちもみんなで写ってたし、良い思い出になるわ」

 三人は少し面食らったようにして、戸惑った様子を見せた。

「で、ですが、お嬢様…私たちは…」

 一花はおずおずと言った様子で答えた。

「大丈夫だよ。今日はクリスマスだから無礼講でしょ?」

 ゆずるの言葉に、三人は顔を見合わせてしばらく逡巡した後、静かに双子のそばへと寄り添った。スマートフォンは九が預かってややぎこちなくカメラを向けていた。

「それでは撮りますわ。…はい、キュイキュイ~」

 パシャッという音とともに画面が記録された。

「それじゃ、投稿してちょうだい」

「みんな見てくれるかな」

 双子は無邪気な笑顔で満足げに答えた。



ヴィアレット家豆知識

 ヴィアレット家はSNSや動画投稿サイトの類を禁止している他に、メディアにも一切顔を出さない。

 そのためヴィアレット家は秘密のベールに包まれた存在でもある。

 ちなみにゆなの投稿の10分後、あまりの高負荷の為にアプリがシステムダウンしている。

『アプリオリ』氏

「まさかサーバーをダウンさせるとは…。驚きなのです」



 

〇キュイキュイ

※フランスでの撮影のかけ声。小鳥の鳴き声を模している。

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