ハロウィンパーティ

 10月31日。景色は早々に冬の装いを見せ始め、今年も終わりに向かって進行しつつあるようでした。最近ではすっかり出不精を極めつつあるのですが、四季の変化があるおかげで世間の流れから置いてきぼりにされずにはすんでいる気がします。

 さて、10月最後のイベントと言えば、ハロウィンがあると思います。我が家では、すでに2週間程前からジャックオーランタンや、彩り豊かな装飾品があちこちに飾られていました。少し目が慣れてしまっている気がしますが、やはりお祭り当日は気分が高揚するもので、私とお兄様は昼食の後からメイドたちと柚月と薫が用意した仮装の服を選んだり、マリーが作ったお菓子を食べたりして過ごしました。

 夕方頃からは全員いつもの仕事を終え、皆思い思いの衣装へと着替えると、お菓子の交換や自撮りなどを楽しんでいるようでした。彼ら彼女たちに続いて、私たちも仮装を整えると、用意した籠を手に一階のロビーへと降りていきました。


 廊下へとでてみると、瑠璃の部下のメイドがふたり、お互いのスマートフォンを見せ合いながら籠のお菓子を食べているところに出くわしました。私とお兄様は彼女たちに近寄ると、声を合わせてお決まりの言葉を仮装をしたメイドと執事たちに投げかけました。

「「トリックオアトリート!」」

 私たちの声に振り向くと、メイドのふたりは抱き合って小鳥がステップを踏むかのように飛び上がりながら「「きゃあ~~~~!!!」」と黄色い声をあげました。

「とってもお似合いですお嬢様!」

「お坊ちゃまも紳士すぎる・・」

 ふたりは私たちと目線を合わせるようにして膝をつきながら、口元を手で覆ったりしてまるで神様に祈るような姿になっていました。私たちはこの屋敷の主ですが、どうやら信仰の対象でもあったようです。

「はぁ~、棗さんや瑠璃ちゃんも素敵だったし、今日は眼福過ぎる…。あ、そうだ。お菓子!」

 満足げな様子の少女はそう言って、籠を漁り始めました。

「こちらは私からですぅ!おばけのキャンディクッキーです」

「私も!パンプキンスコーンです」

 ふたりはそう言って、掌に収まるほどの大きさのお菓子を差し出しました。綺麗な包装のなかには赤や黄色の鮮やかなお菓子が入っていました。

「「ありがとう」」

 私とお兄様はそう言って、受け取ると同時に籠を漁り、

「貴方たち、今年もよく頑張ったわね。これは私からよ」

「これは僕からだよ。みんなも楽しんで過ごしてね」

 と、事前に用意したアイシングクッキーをそれぞれ渡しました。

「きゃ~!お嬢様とお坊ちゃまから頂いちゃった!」

「ありがとうございますぅ!」

 ふたりの喜色満面な様子を見て、お兄様は「用意して良かったね」と囁きました。


「お嬢様、お坊ちゃま。ハッピーハロウィン」

 メイドたちと別れた後、私とお兄様を呼ぶ声にふと足を止めました。ひとりは『アプリオリ』でしたが、もうひとりは黒く縁取りされた目と口がある白い布を被っただけのゴーストでした。

「その声はジャンね。随分とシンプルな仮装なのね」

「昨日出張から帰ったばかりで、すっかり衣装の用意を忘れてしまっていました。そうしたらメイドの方々がこれを」

 ジャンは布のなかから手をあちこちへと動かして見せました。よく見れば白い布の縁は綺麗に縫い合わせがされており、一応はおばけとしての体裁は整っているようでした。

「でも可愛らしいと思いますよ」

 隣にいた『アプリオリ』がくすくすと笑いました。

「『アプリオリ』はペスト医師かな。かっこいいマスクだね」

 『アプリオリの方は口元だけを隠すクチバシが特徴的なペストマスクをつけ、無骨なゴーグルを首に下げていました。また、ドレスシャツの上には革をベースとしたマントとジレ、そして胸元には歯車をモチーフとしたアクセサリーが鈍い輝きを放っていました。

「ありがとうございます、お坊ちゃま。今日は仮装をして良いとのことなので、少しだけ趣味を出してしまいました」

『アプリオリ』は少し照れた様子を見せながらも、珍しく浮かれた様子で嬉しそうに答えました。

「でも、Plague Doctor(ペスト医師)なんて、貴方の科学とは相容れないのではなくて?」※中世のペスト医師は医学知識の乏しいもぐりや迷信家がほとんどだった。


 私はこの時何気なく問いかけたですが、思えばこの質問はいじわるだったかもと反省しました。ですが、『アプリオリ』は少し考えた後ににこやかに答えました。

「スチームパンクはPseudoScience(疑似科学)です。当時の医学は確かに偽物だったかもしれませんが、Pseudo Lover(疑似愛好家)としてはやはり愛着を感じるものでなのです」

 私はその言葉に少し感じ入るものがありましたが、特に何も答えず小さく頷くだけでした。

「さて、それでは私たちはこれで。部下の子たちにお菓子を配らねば。そういえば、霧島さんやシルヴィアさんたちが演劇をされるとおっしゃっておりましたよ」

 ジャンと『アプリオリ』はそう告げてラウンジの方へと向かっていきました。

「演劇なんてやるんだね。行ってみようか」

 お兄様はそう言って私の手をとりました。


 Marchiaによる演劇は敷地内に併設されたアリーナで観覧ができるようになっていました。普段は全方向から見える闘技場には簡素ながらも舞台が作られており、背景の装置が見えるように扇状に観客席が作られていました。

「結構見に来てるんだね」

 私たちは専用の観覧席へと通され、あたりを見回しました。あまり大きなホールでもないので、数にして30人ほどが仮装をしたまま席に着いているのが分かりました。

「特に予告はなかったみたいだけど、意外かしらね。まぁ、あの子たちは人気があるから。でも…」

 私は傍に控えるメイドから手渡された演目のパンプレットをまじまじと眺めてみました。そこには演者の名前と演じる人物名が書かれているだけでした。当然ですが、これだけでは何の話なのかはさっぱり分かりかねました。

「何のお話なのかしらね」

「見てみないことには分からないねぇ」

 そんなことを囁きあっていると、会場からはブザーが響き開演となりました。


『おぉ、あの満月を見よ。今宵は必ずや人狼が現れる事でしょう!』

 開始して10分ほどして、霧島が演じる狩人がそう舞台で高らかに唄いました。彼の言葉に玄武や露五が演じる王の護衛たちがおののき、シルヴィアが演じる女王も頭を抱えていました。

「結構見応えがあるお話だね」

 隣でお兄様がこう囁きました。

「そうね。童話モチーフのようだけど、台詞も含蓄があるし、みんな上手ね」

 会場のみんなもそう思ったようで、所々で拍手が起こっていました。

 予定では30分ほどの短い劇だったのであっという間の時間だった気がします。ですが、終盤に差し掛かって突然演者たちの動きが鈍くなっていくのが分かり、段々とちくはぐになっていく様子が見て取れました。

 耳を澄ませてみると、このような声が聞こえてきました。

『おい・・、それ台詞違うんじゃないか』

『え?でも台本にはそう書いて・・』

『そこは助けに参りました姫じゃなかったかな』

『そんなクサいセリフありましたっけ?』

 しんと静まりかえった舞台のうえで、ひそひそと囁き合う声が聞こえていました。

 さすがにその様子に会場の観客も訝しんだ様子でひそひそと囁き合っていました。

「台詞が飛んでしまったのかな」

「う~ん、あまり練習する時間もなかったようだから…。どうするのかしら」

 私たちがこう囁き合っていた瞬間、舞台上のシルヴィアが叫びました。

「我は夜の住人を狩る者・・。成敗してくれる!」

 彼女は唐突にそう叫ぶと、どこからか取り出した銀色のナイフを人狼役の露五に向かって投げつけました。

「うわ!それ絶対台詞と違うでしょ!」

 露五は飛来したナイフを間一髪で避けましたが、刃物は背後にあった背景に刺さってしまいました。

「わ、我こそが夜の住人と戦う騎士である…。え~っと…」

 その様子に玄武が槍を持って続きましたが、見るからに困惑が見て取れました。

「と、とにかく食らえ!」

 唐突に玄武は持っていた槍を投擲すると、ごうと音を立てて飛び背景へと一直線に飛んでいきました。案の定、背景には轟音を立てて衝突し、その衝撃でゆっくりと背後へと倒れてしまいました。

「うわ!何やってんだ玄武!」

「す、すまない!投擲はもっと後だったか」

「いや、そもそも投擲するの玄武さんじゃないって!」

 舞台上ではもう演劇どころではめちゃくちゃになった舞台装置の影に隠れた演者たちの声が聞こえるだけでした。

「あらら…、もうそろそろで終わりだったのに」

「これはにゃん太郎が黙ってないわねぇ」

 私たちは苦笑いを浮かべ、メイドたちの避難誘導に従って屋敷へと戻りました。

 パーティが終わった後には、執事長の前に正座するMarchiaの姿がありました。

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