執事たちのキャンプ

 8月も終盤に差し掛かり、ようやくあの苦しい酷暑も随分とマシになりつつあった。ヴィアレット家の双子の夏休みも残すところ半月程度となり、と同時に執事やメイド達の長い休みもそろそろ終わりへと近づいている。

「いやー、ここに来るのも一年ぶりか」

 霧島は自立式のハンモックに身体を預け、時折吹く涼しい風にゆらゆらと振り子の様に揺られながら、やや傾きかけた夕陽の橙色の残る青空を眺めていた。

「去年は確か11月頃でしたね。変わらず手入れもきちんとされているようで美しい所です」

 ジャンは夕食のBBQの為に炭に火をおこしながら満足げに答えた。霧島のややラフなジャージ姿に対して、ジャンは割と本格的なキャンプ用の防寒着を羽織っていた。キャンプ場に着いてからも、テントの設営や火起こしなども率先し、随分と楽しげな様子を見ることができた。

「それにしても、ジャンさんがキャンプを趣味にしてるなんてな。結構長い付き合いのつもりだったが、初めて知ったぜ」

「たまにお休みの時に。玄武さんと露五さんもキャンプはお好きなので、時々山の方にもテントを立ててました」

 そう言って、ジャンは手元でメラメラと燃える赤い炎を眺めながら穏やかに答えた。そばのテーブルには、クーラーボックスから取り出された冷凍の肉や野菜が並べられており、霧島はそれが目に入ると、つい口いっぱいに涎が出てしまいそうな気持ちだった。

「それにしても、3人ともおせぇな。腹減ったー」

「もうそろそろだと思いますよ」

 子どものようにぐずる霧島をジャンがなだめていると、ちょうど噂をした3人が手に籠を持って戻ってきた。

「やぁ。お待たせ」

 グスタフは手にした籠にキノコを満載しており、ほのかに香ばしい土の匂いが立ち上っていた。

「自生のキノコと、少しですが山菜を採ってきました。今日は冷えそうなので、汁物でも作りましょう」

「ヤマドリタケモドキに、アミタケに、タマゴタケ。どれも旨みの強いキノコばかりで素晴らしいですね」

 玄武の手にした籠をジャンはのぞき込んで嬉しそうに言った。

「よぉ、結構時間かかってたけど、遠くまで行ってたのか?」

 霧島はハンモックから立ち上がると、露五の持つ籠を覗きながら言った。だが、露五はなぜか妙に疲れた顔をしており、どこか服も煤けたようになっている。

「いえ、道中いやに大きな猪に出くわしまして・・」

「え、マジ?」

 露五は手にした籠をテーブルに置きながら、やや声を落として霧島に語った。

「えぇ、ジブリに出てきそうな・・」

「あぁ、それでバトってて遅くなったんか」

「崖から落とされたり、罠にかけたりで」

 露五はどっと疲れたようにため息をついた。

「まぁ、最終的には猪も逃げたのでなんとも無かったのですが、玄武さんが危うく遭難しかけたりでした」

 霧島はその様子を想像し、ぽんとひとつ露五の肩を叩いた。

「お疲れさんだな。まぁ、とりあえずビールでも飲めよ。よく冷えてるぜ」

「頂きます」

 露五はそう言って、テーブルに並んだクーラーボックスを物色し始めていると、グスタフがキャンピングカーの方へと向かった。

「僕は先にシャワーだけ浴びるとするよ」

「ごゆっくり。20分ほどで、肉や野菜が焼けますよ」

 ジャンは、玄武・霧島と一緒に焼き串に肉を刺しながら言った。3人ともともヴィアレット家の紋章の入ったエプロンを着ており、随分と似合っている。

「それでは私はキノコと山菜のあく抜きでもしましょうかね」

 ビール缶を空にした露五は、籠に積まれたキノコを手に取って言った。

「ありがとうございます。出汁をとって、味噌汁にしようと思います」

「確かバターがあったな。ソテーでも作るか?」

「あぁ、いいですね。特にヤマドリタケモドキはポルチーノ科なので、美味しいはずですよ」

 ジャンと霧島がそう言うと、玄武と露五もわくわくとした様子で、「お米もあるので、炊き込みご飯も作りますか」「どうせなら天ぷらにもしましょう」と続いた。BBQ用の食材だけでもそれなりの量になるのに、各々が食べたいものをリクエストしたことで、テーブルいっぱいのご馳走となった。

「随分な量になったねぇ」

 グスタフがシャワーから戻ると、テーブルには炊き込みご飯のおひつ、味噌汁の鍋、BBQの串焼き、キノコのソテーの皿が並び、冷えてきた空気のなかで温かい湯気をあげていた。

「残ったら朝ご飯にできますから、遠慮無く食べて下さい」

 ジャンはそう言って、グスタフに席を勧めた。

「待ちわびたぜ。頂きます!」

 霧島はそう言って、まず串焼きの肉にかぶりついた。上質な牛肉からたっぷりと脂が出て、何とも美味しそうだった。

「うん!良い味だ。それにしてもまだ8月なのに涼しくなってよかったですね」

 玄武が味噌汁の器を啜りながら言った。味噌と出汁の香りがほっとさせるようだった。

庭師うちの華火の話では、そろそろ秋茜やバッタが見られるとのことでしたね」

「もの凄い暑い瞬間もあったけど、一年を通しては涼しかったかもしれないね」

 露五とグスタフもそれぞれ料理に舌鼓を打ちながら答えた。

「見てください。星もよく見えています」

 ジャンはそう言って、空を指さした。夏の大三角の煌めく星が美しく輝いていた。

 長閑でゆっくりとした時間が5人の間に流れていた。



ヴィアレット家豆知識

シルヴィアも誘ったが、「お嬢様とお坊ちゃまがいないのでいやです。男たちだけで行ってきてください」と事もなげに返した。

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