夏休み

ヴィアレット家夏休み 帰省

 ゆなとゆずるの住むあたり邸は屋敷を中心として、広大な庭園、山林、ロボティクス研究施設、スパリゾートの他に食料品の備蓄倉庫や、水道・電気などのインフラ設備が整えられており、ほとんど敷地から出ることなく生活をまかなえるようになっている。

 そのため、ゆなもゆずるも一年の大半を屋敷の敷地内だけで過ごしており、敷地の外に出ると言うことは実のところ滅多にないことだった。しかし、そんな中世の貴族の様な暮らしぶりの双子も、一年のうちに長期間屋敷を空ける瞬間がある。

 旅行へと赴く時、そして肉親に会いに行くときである。


 8月に入ると、先月から続く酷暑はより一層の熱を帯びて、地上に住む生物たちを困らせていた。かっかと電球のフィラメントが白熱するような太陽光は、ちくちくと無数の蟻たちが肌をつついている錯覚さえ覚えそうな程に強く、とても外を日傘も持たずには歩けないほどだった。

 昼頃になれば、空調を最大限に効かせた部屋ですら滝のような汗が流れる灼熱のなか、とある屋敷の一室では双子のドールが仲良く並び座っていた。

「ここに来るのも久しぶりねぇ」

 ゆなは長閑のどかな日本庭園を望む客間に設えられたソファで寛ぎながら、冷たい蜜柑のジュースを楽しんでいた。怜悧さすら感じるクリスタルグラスのなかに浮かぶ氷は視覚にも実に涼やかで、橙色の甘い柑橘類の香りは夏の輝く太陽を想起させるようで爽やかな雰囲気を味わわせてくれる。

「そうだね。確かお正月に挨拶に来た時以来かな?」

 彼女の座るソファーの隣では、妹にぴたりと寄り添うゆずるが窓の外でゆらゆらと揺れる木々を眺めていた。

「あら、もうそんなになるかしら」

 ゆなは中身が半分程までに減ったグラスをチェストテーブルに置くと、兄の肩に頭をもたれかからせながら、静かに目をつむった。

「もうお母様が来られるよ」

 ゆずるはせっかく親子水入らずの時間を作って会いに来たというのに、夢の世界へと旅立とうとする妹を軽く咎めつつ、ソファに垂れる深緑の髪を撫でた。

 ゆなは眠り姫だ。

 夜は基本的に12時を過ぎずに床につき、朝は8時から9時の間に起きる。一日8時間以上の睡眠は必ずとり、夜が遅くなればそれだけ朝も遅くなる。それだけでなく、昼食のあとは午睡をとることも珍しくなく、夕食前やちょっとした空いた時間でもベッドやソファで眠りこけている。その間は、退屈を嫌い、忙しなく楽しいことや興味の惹かれることを探し続ける回遊魚のような姿は見られない。人形へとかえる瞬間とも言える。

「お嬢様、こちらを」

 そう言って、メイドの一花が薄紫色のタオルケットをゆなの膝へとかけた。この時期にはさすがに暑く感じそうだが、空調が効いている部屋での居眠りは実は意外に風邪の原因ともなる。

「やぁやぁ、私の可愛い子どもたち!待たせちゃったかな」 

 ゆなが寝入ってすぐに、客間の扉を開けて、ひとりの少女が元気に入ってきた。

「ありゃ、ゆなちゃんはおねむだね。ちょっと待たせちゃったかな」

 少女は双子の座るソファまで寄ると、ゆなの顔をのぞき込んだ。

「大丈夫よ」

 ゆなはそう言って、ぱちっと目を開けた。母の赤色の瞳と、娘のオッドアイが美しく重なり合っていた。

「寝起きが良いからえらいねぇ」

 少女はそう言って、ゆなとゆずるの間に腰を落とした。双子は心得たもので、娘は膝に頭を乗せて寝転び、息子は母の隣へと並ぶ形となり、いつもの親子の対面となった。

「今年は秋頃まで居られるのかな?」

 双子の母親は少し含みを持たせながらそう尋ねた。

「そうねぇ。今年は少し長めにお世話になろうと思うわ。紅茶はある?」

「ゆなちゃんの好きな銘柄を揃えておいたよぉ。ゆずるくんにも好きなお菓子を揃えてあるからね」

 狐耳の母はそう言って膝に仰向けに寝転がる娘の髪を優しくなでると、逆の手で息子の頭も撫でた。ふたりとも満足げに微笑みながら、しばらくの間なされるままにじっとしていた。

「それにしても、ふたりともしっかりしてきたね」

 少女は感慨深そうにそう言った。

「あら、私たちはもう立派な大人のつもりだったけど」

「親にとっては、子どもはいくつになっても子どもに代わりはないんだよぉ」

 双子の母親はそう言って、なおも優しげにゆなの髪を撫で、ゆずるの肩へと頬を擦りつけるのだった。


ヴィアレット家豆知識

ゆずる=実は意外とジャンクフードが好き。誰かとサッカーやラグビーを鑑賞しながら、コーラやチップスを口にするのが楽しみ。

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