チャリティーパーティ 舞台裏 中編

 Knight of Night Tools-ハチドリのカントは、グスタフ・イリインスキーが学生時代に開発した自立小型ドローンを基礎として、のちに『アプリオリ』が研究を引き継いだ際に、そのデザインへと移行された。開発に込められたコンセプト、いわば願いは平和や人を助けたいというものではあるが、ハチドリは鳥類のなかでも稀なホバリングを可能とする翼を持っているということが起因ともなっている。

『マイスター。会場外に未確認の人影を確認。1,2,3,4。全員武装状態となっています』

 白い貝殻様のオペラハウスを3体のハチドリが、空中に留まりながら、その紫色の瞳に怪しい集団を捉えていた。

「露五くん。ようやく出番みたいだね」

 グスタフが静かに言った。ハチドリのカントから送信される映像には確かに4名の不審な人影がオペラハウスの屋上から、ロープを身体にくくりつけラペリングするような姿勢を保ち、中を伺っている様子が見て取れた。

「了解しました」

 露五はそう答え、手首に吊り下げられた黒の懐中時計の竜頭を押し込むと、文字盤にはめ込まれた宝石が鈍い黄色の光を放ち始めた。それを片目で確認すると、スプリングフィールドM14を改めて構え直した。

「30秒後に会場の灯りが消される。おそらく彼らはそのタイミングを狙っているんだろう。できれば4人同時に倒したいが、どうだい?」

「また無茶な注文を・・」

 露五はそうぼやくと何を思ったか突然銃口を海の方角へ向けて構えた。

「あと、10秒・・5、4、3」

 カウントダウンが始まり、残り2秒となった瞬間、小さな破裂音が弾けた。最初の弾丸は当然海の方角へ向かった。立て続けに露五は2発目3発目と発射するが、そのたびに露五は少しずつ銃口をずらし、4発目の時にまっすぐに対象へと向けた。

 3発の弾丸がオペラハウスとは違う方向へ横列に並んで飛んでいく様を、ハチドリのカントはスローモーションの光学カメラで捉えていた。それは音速の約2倍の速さで飛来していたが、なんとコンマ一秒もしないうちに、弾丸はまるで磁石に吸い寄せられるように軌道を変え、そのまま暴漢たちのもとへと迫った。

 蝋燭の炎が吹き消されるようにオペラハウスの照明が消えた。その瞬間、屋上ではバラバタという何かがぶつかる音が鳴ったが、会場から起こる拍手の音にかき消され、その音に気付く者はいなかった。

『4名沈黙。生存確認中・・オールサバイブ』

 4名の暴漢たちの傍へと降り立ったハチドリのカントは、そう告げた。

「хорошо(ハラショー)(素晴らしい)」

 双眼鏡で4発の弾丸の向かう先を視認したグスタフが、そう言うと露五はほっとひとつ息を吐いた。

「軌道をあえてズラして、着弾タイミングを同時にするようにしたんだね。まるでビリヤードのトリックショットだ」

「この間、霧島さんやシルヴィアさんとやったんですよ」

 グスタフの賞賛に、露五はなんとも暢気な様子で答えた。


『玄武さん。回収をお願いします』

 通信機から届く『アプリオリ』の声にオペラハウスの横で待機していた執事が『了解です』と答えた。

「やれやれ、今日は力仕事ばかりですね」

 玄武はそう言って首を振ると、屋上にぶら下がる4つの人影に目をやった。

「まったく、我が主の邪魔をしようとは無粋な」

 はぁとため息をひとつ吐き、彼は足に力を込めると一息にオペラハウスの屋上へと向けて走り出した。白い貝殻を照らすライトを人影がひとつ横切っていった。


 チャリティーパーティが始まって2時間弱。最後のオークションの品が落札され、会場は大きな拍手に包まれた。

「くそっ・・なんなんだあのガキは」

 男は無人の廊下を壁伝いによろよろとした足取りで歩いていた。額は汗でびっしょりと濡れ、まるでポーカーの大勝負でもしてきたような雰囲気である。

「まさか、連絡が取れなくなったのもあのガキどもの・・」

 男は舌打ちをしながら、懐からスマートフォンを取り出すと、手当たり次第に電話帳に登録された番号へとコールした。

「くそっ!くそっ!どうして誰も出ない!」

 だが、空しく聞こえるのは無機質なコール音のみだった。

「どうされましたかお客様。こちらはスタッフ専用の部屋となっておりますが」

 男は慌てた様子でスマートフォンを手で隠して振り向くと、そこには白髪の青年が慇懃な態度で立っていた。どうやらこの会場の従業員らしい。

「ど、どうもしない・・。失礼する」

 男はそう言って足早に去ろうと、青年の横を通り過ぎたが次の瞬間、霧島は蛇が獲物に飛びかかるような敏速さと正確さで、背後から男の首へと腕を回し、一気に締め上げた。

「悪いが、ここは関係者以外立ち入り禁止でね」

 霧島は男が逃げられないように、さらに首と締め上げると、すでに手にしていた針のない注射器を男の首元へと打ち込んだ。途端、男は徐々に脱力し始め、膝からゆっくりと崩れ落ちていった。

「それとな。ガキじゃねぇ。この俺が、俺たちが仕えるヴィアレットの主だ」

 男は薄れゆく意識のなかでその声を最後に深い眠りへと落ちていった。



おまけのお話


「そういえば、ちらりとしか見ていないけど、ステーキ串やサンドイッチがあったはずだよ」

「それは嬉しいですね。私の能力は使うと凄くお腹が空くので」

 一仕事をようやく終えたグスタフと露五はオペラハウスの階段を上りながら言った。露五はテーブルに並ぶご馳走を想像し、すこぶる足取り軽げに会場入りした。

「う~ん、オージービーフも昔に比べると美味しくなったわね。でもワギューにはまだ及ばないかしら」

 メイドであり、バンパイアハンターの顔を持つロザリアは、串に刺さったステーキを賞味しながら言った。テーブルに小さな身体を腰掛け、行儀は悪いがどこか気品を感じさせる所作だった。

「あぁ、あんたたち、マンドラゴラの催眠剤はどうだった?あれは人の身体に打ち込まれると、すぐに体内のヘモグロビンと反応して・・」

 ロザリアはふたりに気付くと、最後に残った肉を口へと放り込み、自分の作った薬品の効果を自慢げに喋り始めた。

 露五が楽しみにしていたテーブルの料理は全て綺麗に平らげられていた。

「こ、ここでもご馳走を食べ逃した」

 露五は冷たい床にがっくりと膝と手をつきうなだれてしまった。傍目からもずぅんという音が聞こえてきそうな程落ち込んだ様子だった。

「まぁまぁ、お疲れさん。なに、そう落ち込むなよ。ホテルに戻ればパンくらいならあるだろ」

 いつの間にか傍に立っていた霧島は、露五の肩にぽんとひとつ手を置くと言った。

「うぅ、パンでは力が出ません・・」

 露五はそう言ってさめざめと泣いた。

「ま、残業が少し残ってるが、あとは任しときな」

 霧島はそう言って、ちらりとオペラハウスから覗く外の月を眺めた。

「そもそもマンドラゴラには動物のβエンドルフィンを過剰に分泌させる効果があって・・」

 ロザリアの講釈は延々と続いた。



ロザリア

 ヴィアレット家メイド、元バンパイアハンター。霧島の部下だが、メイドらしい仕事はしない。影に潜み、姿を変え、魔術に関する知識を持つ生粋の吸血鬼。非常に大食漢。最近、屋敷にマンドラゴラの畑を見つけ、薬を作った。

 露五の撃った弾丸にはマンドラゴラから抽出された催眠剤が仕込まれており、体内に侵入すると失神する。

 また、琥珀が客に振る舞ったカナッペもマンドラゴラが使われており、こちらは洗脳などに使われたもの。

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