オーストラリア旅行#8 チャリティパーティ後編

 チャリティは、慈善や博愛の精神に基づいて公益的な施しをすることをいうが、一説によると古代ギリシャ語のカリタス「親切」を語源とするとされている。

 人間が社会性を獲得してから、誰が教えるでもなく古今東西普遍に、人々は貧困、病魔に苦しむ人々へ施しをしてきた。

 弱肉強食という(この原則は現代ではある程度否定されているが)この自然の厳しい掟のなか、持つ者から持たざる者へ、物質あるいは精神が移動するという、覆しがたい自然法則へと反駁する一種の反抗心にも思える。


 ヴィアレットの招かれたチャリティパーティは、市長の挨拶と共に幕を開けた。暗闇のなかにスポットライトが降り注ぎ、巍然屹立ぎぜんきつりつ、覇気にとむ大男は、その衆人観衆のなかでチャリティの目的、支援金の使い道、パーティの意義などを簡潔に、そして力強く語りかけた。男の弁舌に会場からは割れんばかりの拍手をもって答えた。

 さて、チャリティには様々な形がある。多くの人々が思い浮かべるのは、寄付を募ることだろうが、それは時にオークションという形で催されることがある。市長が降壇してすぐに、会場のステージには大きなガラスケースが運ばれ、その中身を見て、会場からはどよめきが起こった。そのケースの中にはチャリティのために集められた種々の貴重な品々が収められていた。有名女優の愛用しているアクセサリー、名サッカー選手のユニフォームなど、マニアには垂涎の品々が燦然と輝きを放っていた。

「あら、お兄様。あれ良いんじゃない?確かお兄様の好きな選手の・・」

 ざわざわと会場の参加者が隣人と囁きあうなかで、ゆなはガラスケースを指さしながら話しかけたが、「うん、良さそうだね」とゆずるは軽く答えるのみだった。

「それじゃあ、頑張ってちょうだいね。まぁ、お兄様なら心配はいらないとは思うのだけど」

 ゆなはそう言うと、傍にあった椅子に腰かけ意味ありげな笑みを兄へと向けた。

「ゆなは何か欲しい物は無いのかい?」

「私が興味があるのは絵画や文筆だけだもの。餅は餅屋に任せるものよ」

「そうだったね。それじゃあ、張り切って参加させてもらおうかな」

 ゆずるがそう答えると、『アプリオリ』が「お坊ちゃま、こちらを」と言って、ノートほどの大きさのプラスチックパネルを差し出した。そこには7と描かれていた。

「それではお待たせ致しました。これより、チャリティオークションを始めさせていただきます。本日ご用意した品々は全て、この会場におられる皆様よりご提供頂きましたことを心より感謝申し上げます」

 ガラスケースの傍に設置された台に立った競売を取り仕切るオークショニアの男性が、恭しい態度で会場にいる人々へと頭を下げた。

「まずは、こちらから・・」

 オークショニアの進行によって、会場に設置されたスクリーンモニターには、競売にかけられている品と、出品した人物のデータなどが事細かに記されており、オークションに参加した人々の大部分は飲食や会話を楽しみながら和やかに眺めていたが、一部目を皿のようにして食い入るように見ている人々もちらほら見受けられた。

「10万ドル!4番が落札です!」

 オークショニアがガベルをガンガンと台に打ち付けると、とある有名俳優の腕時計が落札された。オークションが始まって一時間弱が経つと、すでに残る品はあとひとつとなった。

「それでは、こちらが最後の品。オーストラリア開拓時代に使用されたフリントロック式拳銃です。入札額は150万ドルからです」

 ざわざわと会場からどよめきが起こった。オークショニアの言葉とともに映し出された古い拳銃は確かに歴史ある物のように見えたが、これまで出された品よりも何倍も入札額が高く設定されており、おいそれと落札できるような金額ではない。当然だが、オークショニアが呼びかけても、しばらくは手が一向に上がらなかった。

「13番!200万ドル!200万ドル!」

 オークショニアが叫ぶと、会場から拍手が巻き起こった。このチャリティオークション最高額の入札額に、どこの慈善家であろうかと人々は躍起になってそのパネルの行方を捜した。そのパネルはとある白人男性が掲げたものだった。

「さぁ、200万ドル!これ以上はありませんか!」

 オークショニアと、競売に関わるスタッフは入札が漏れ出ないように大げさなまでに会場中を見回した。

「なんと!7番!300万ドル!300万ドルです!」

 オークショニアの驚愕する声に、会場からは再び拍手が巻き起こった。13番のパネルを掲げた男性が驚いた様子で振り向くと、そこには多くの執事とメイドに囲まれた紫の服を着た少年がいた。

「13番!350万ドル」

 再び、入札額がつり上げられてパネルが提示された。

「7番!450万ドル!」

 しかし、それに対してさらに高い額が提示された。

 もはや会場からは拍手が起こらなくなり、13番と7番の一騎打ちの様相にオペラハウスはしんと静まりかえってしまった。

「7番!600万ドル!600万ドル!」

 ついに価格は元の4倍にまでつり上がり、チャリティオークション最高額の入札額となった。

「13番!宜しいですか・・おや?13番は・・」

 オークショニアとスタッフは先ほどまで手に汗握る対決を見せていた選手を探したが、パネルが上がるどころかいつの間にか姿すら見えなくなっていた。

「どうやら席を立たれたようですので、7番!600万ドルでハンマープライス!」

 オークショニアは喉から裂けんばかりの声を張り上げながら、激しくガベルを台に叩きつけて競売成立を宣言した。それと同時に会場からは健闘を称える割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「また妙な物をお買いになったわねぇ」

 会場から起こる拍手に合わせてぱちぱちと手を鳴らす妹が言った。その顔はどこか呆れたような、まるでしょうがないわねとでも言いたげだった。

「あれはとても良い物なんだよ。それに、今回はちょっと特別だからね」

 激闘を終えた後だというのに、ゆずるは文字通り汗も見せずに涼しい顔をして答えた。そして、少年は会場のステージ横に控えた市長へと視線を送った。その大男は胸に手を添えて深々と腰を折っていた。

「皆様、本日のオークションは以上でございます。なお、今から一時間ほど後にコンサートホールにて、シドニー交響楽団による演奏をお楽しみ頂きたいと思います。休憩室と化粧室は・・」

 なかなか見れない世紀の一戦を観戦していたセレブたちは、なおも余韻を抱えており、その足取りは少しのろのろとしたものだった。

「さぁ、次はコンサートね。お化粧を直して、ゆっくりと楽しみましょう」

 ゆなはそう言って椅子から立ち上がると、ゆずるの腕をとって颯爽と歩き始めた。

 疲れ知らずの少女の足取りは実に軽いものだった。


ヴィアレット家豆知識

ゆずる=実は当代きっての骨董品の目利き。オークションでは匿名での落札をしているが、その存在はまことしやかに語られており、「Ruler」「支配者」とあだ名されている。

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