オーストラリア旅行#6 パーティ準備

 シドニーに着いて二週間目ともなると、シドニーの街並みもいよいよ冬らしい雰囲気を纏いはじめ、さすがに少し前には半袖で街を歩いていたような人々も、今では上着やストールを欠かせなくなっていた。5月はまだ暖かい太陽と風の恩恵を受けることができたが、6月はユーノーが忠告するかのように冷たい空気が日に日に流れ込むようになり、当然ながら海岸へ遊びに行こうなどと言う者は誰もいなかった。5、6月は最もシドニーへの旅行者が少ないとされるのも納得ではある。


※ユーノーは女性の結婚を守護する女神で、6月であるJuneの語源。様々なあだ名があり、忠告のユーノーとも言われる。


 だが、それがかえってヴィアレット家の面々には都合がよく、海外暮らしに慣れた執事やメイド達は、煩わしい観光客に悩まされることなく、市井の人々に交じっては各々楽しみを見つけているようだった。特にグループの令嬢と子息の来訪にホテルの支配人と従業員は、それこそ下にも置かないといったもてなしを施してくれたために、双子は思わずシドニーの街の領主にでもなった気持ちになるようだった。そして、双子もまたその丁重な扱いを不躾に受け取るような真似はせず、一介の従業員の給仕であろうと謙虚に優雅に受ける姿が、より一層彼らには好ましく思えたらしく、その噂を聞きつけたオーストラリアの政財界に座する関係者が日に何度か訪問する事態にまで発展し、果てはシドニー市長主催のパーティにまで飛び入り参加する羽目にまでなってしまったのだった。それ故に、パーティ用のドレスが急に入り用となってしまった双子の衣装係の執事・メイドは頭を悩ませることとなった。

「貴方も分からない人だなぁ。市長や企業の偉い方が来られるのだから、伝統的なスタイルの方がTPOに沿っていて良いはずだよ」

「そっちこそ分かってないって。旅行に来て突然の招待なんだし、そこまで畏まらない、むしろ可愛らしくて自由に楽しめる方がいいに決まってるよ」

 2日後の夜にパーティを控えた双子の部屋に隣接する衣装部屋では、柚月と薫が喧々囂々と口角泡を飛ばして言い争いをしていた。お互いの背後には、衣装マネキンにそれぞれが用意したドレスが男女二組ずつ並んでおり、パーティに来ていく衣装についてすでに2時間近くも決着がつかないでいる。

「だからお嬢様やお坊ちゃまには、シドニーの歴史に倣ってヴィクトリア調の衣装をお召しになっていただく方がきっと良いんだよ。今回のパーティはチャリティーも兼ねているって仰っていたのだから、それに相応しい格好はこれだよ」

 そう言って柚月が指し示すマネキンには、紫を基調とした生地に、ゆなにはフリルが何枚にも重なってヒップラインが強調されたバッスルドレス、ゆずるにはスリーピースに赤のアスコットタイというややシックな、夜のパーティに相応しい伝統的なスタイルの衣装が着せられていた。

「チャリティーならむしろ華やかに着飾って人の目を楽しませられるくらいじゃないと意味ないでしょ!まぁもちろん、ゆなちゃんもゆずる君も目立つのは好きじゃないから落ち着いた色合いに抑えた方が良い。なら遊び心を凝らしたゴシック調が良いはず」

 対して薫の示すマネキンには、同じく紫を基調に、ゆなにはワンピースにコルセットが付属し、袖口はベルトで絞られ、胸には大きなドレープフリルのタイが花のように開いており、ゆずるには三つ揃えにステッキが添えられていた。権威ある大人たちの宴に出席するには、やや挑戦的でそれでいても気品を感じさせる。

「それは場に相応しくないよ!」 

「そっちも人の目を考えてないって!」

 まるで肉食動物同士の唸り声が聴こえそうな程の一触即発な事態を、部屋に設えられたソファではふたりの少女が並んで見守っていた。

「ねぇ、マリィ。あれいつになったら終わるの?」

「仕方ないですの瑠璃ちゃん。おふたりとも凄く頑固だし、ましてお坊ちゃまとお嬢様の服のことに、お互いに譲る気なんてさらさらないですの。いつものことですの」

 瑠璃が片肘をついて疲れた様子で呟くのに、マリアンヌはあまり気にしていない様子で、テーブルの菓子に手を伸ばしていた。

「でも、こんなに言い争いになるなんて珍しくない?いつもはもう少し穏便な感じに終わるでしょ?」

「そうですわねぇ」とマリィは指を口元に当てて考える仕草を見せた。

「いつもは柚月君がパーティ会場とスケジュールを把握して、そこから薫さんとデザインを決めて裁縫をするんですの。でも今回は急のお招きだから、手持ちの衣装から選択するしかないですの」

「あぁ、それでずっと平行線になっちゃうんだ。もう、仲良くすればいいのにね」

 瑠璃が「uff(やれやれ)」と言って首を振るのに、「人のこと言えないですの」という言葉をマリィはすんでのところで飲み込んだ。

 しばらくして、柚月と薫はさんざん議論を重ねても決着を得られないことにある選択をすることに決めた。

「よし!もういっそ、ゆなちゃんとゆずる君に決めてもらおう!これじゃ、いつまでも決まんない!」

 薫のこの提案に柚月は一瞬考えたが、

「えぇ!そうしましょう!ですが、どちらが選ばれても恨みっこはなしですよ!」

 ふたりがそう言って、部屋から出ようとするのを瑠璃とマリアンヌはドアの前に立ち塞がって止めた。

「ストップストーップ!」

「お待ちになって欲しいですの。そんな険しい顔でおふたりに会われるのは良くないですの」

「そうだよ!少し落ち着こう?ふたりとも」

 少女ふたりの懇願に、柚月と薫は戸惑ってはいたが、次第に落ち着きを見せるとどこか所在なげに立ち尽くした。

「おふたりが真剣なのはマリィも瑠璃ちゃんもよく分かってますの。でも、お菓子作りは食べる人を想って作るもの。それは服もきっとそうですの」

 マリアンヌはそう言って、柚月と薫の手をそれぞれ取ると、自分の両手で挟み込むようにして握らせた。少女の柔らかくも少し冷たい手に、ふたりはかっかした頭の温度が冷やされるような気がした。

「仲直りできたみたいだね。それじゃ、お嬢様とお坊ちゃまに見て頂こう。わぶっ・・」

 瑠璃はそう言って部屋のドアを開けたが、あるはずのない壁にぶつかって変な声を出してしまった。瑠璃が顔を見上げると、そこにはドアをノックしようと片手をあげる棗が冷ややかな目をして立っていた。

「ちょっと・・瑠璃、今から外に出ようとしてたんだけど」

「よそ見をして部屋を出ようとしたのはそちらでしょう。それよりいつまでそうしてるつもりですか?」

 瑠璃は棗の胸部に顔を埋めたまま、一歩も譲る気はないと言わんばかりに仁王立ちしていた。

「部屋から出る人が優先なのは常識でしょう?」

「少し隣にずれればいいことのなのでは?」

「相変わらず融通の利かないのね。あぁ、だからお胸も固いんだねぇ」

「貴方もほとんど変わらないでしょう!」

 ぬぐぐと顔を突き合わさんばかりの距離で火花を散らすふたりを見て、薫と柚月は先ほどまでの自分たちの姿を重ねていた。

「心配いりませんの。いつものことですの」

 マリアンヌはまたも気にする様子もなく、棗に張り付く瑠璃をなだめながら、

「それより棗さん。何かご用ですの?マリィたちはこれからお嬢様とお坊ちゃまのお部屋を訪ねようとしていたところでしたの」と言った。

「あぁ、そうでした。私もお坊ちゃまとお嬢様より薫さんと柚月・・さんにお伝えしたいことがありましたので・・」

 棗は部屋のなかに目を向けると、衣装を着せられたマネキンの存在に気付いた。

「あら、どうやら衣装は準備ができていたようですね」

「いや、実はまだどちらにしようか迷ってて・・」

「そう、それでどちらにしようかお嬢様とお坊ちゃまに決めていただこうと」

 薫と柚月が顔を見合わせながら困った様子でいると、

「いえ、二組で十分ですよ」と棗は答えた。

「衣装は二組とも着られますの?」

 マリアンヌがおそるおそるといった様子で尋ねると、

「えぇ、パーティでは衣装替えをしたいから二組ご用意するようにと。どうやらオペラハウスでコンサートを催して下さるようでして、あまり時間がありませんでしたから、決められる前で何よりでした」

 棗の淡々とした答えに、その場にいた4人はまるで拍子抜けをしたかのようにぽかんと立ち尽くしていた。

「では、ご用件は以上ですので失礼致します」

 バタンと閉まるドアの音を聴いて、4人は「はぁ~~~~~」という長い長いため息をついた。



ヴィアレット家豆知識

マリアンヌ=実はホラー映画が好き。おっとりとした見た目だが、おそらく屋敷で最も肝の据わった性格。

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