オーストラリア旅行#3
観光保養地として名高いゴールドコーストは、オーストラリアの東に位置しており、美しく広大な砂浜と年間300日以上晴れというほど穏やかで温暖な気候に魅了された世界中の人々が訪れる。特に波を自在に乗りこなすサーファーにとっては絶好のスポットとなっており、またボートにパラグライダーを引っ張ってもらっての遊覧飛行などは老若男女問わず、どこまでも続く青海を楽しめる人気のレジャーとなっていた。
とはいえ、5月の海は泳いで楽しむには少し肌寒く、ヴィアレットの面々は泳ぎたい者は併設された温水プールで、景色を楽しみたい者はホテルが取り囲む中庭のテントのなかで、打ち寄せる静かな波の音を聴きながら過ごしていた。
「ふわぁ、今日も良い天気ですねお嬢様、お坊ちゃま」
ゴールドコーストに来て一週間。すでに現地の空気にもすっかりと順応してしまった瑠璃は、ゆなとゆずるのそばで給仕をしつつもどこか気の抜けた顔をしていた。
「暑くなるかと心配してたけど、涼しさは日本とあまり変わらないかもしれないわね。ねぇお兄様」
「うん。陽が落ちると寒いけど、昼間はちょうど良くて気持ちが良いよ」
双子はテント内に設置された南国風のゆったりとしたソファに腰掛けて、砂浜や浅瀬で遊ぶ執事やメイド達の姿を眺めていた。
「そっち行ったよー!」
「任せてー!」
双子の見る先には、白い砂を踏みしめながら、ビーチバレーを楽しむ少女たちの姿があった。柔らかな風と太陽が心地よく包み込み、運動をするにはもってこいの環境のである。
「でも、宜しかったのですか?お嬢様とお坊ちゃまはずっとプールかこちらにおられるだけで・・」
ふと同席していたシルヴィアが言った。確かにゆなとゆずるは、ここ数日の間、動物園やドライブなどに行った以外は、ほとんどをホテルのなかで過ごしていた。
「私はここで貴方たちとお話ししてるだけで楽しいわ。何もしないをしてるってとこなのかしらね」
ゆなはそういうと、テーブルのカラフルなジュースの入ったグラスを取り上げた。
「もともとこの旅行も屋敷の子たちの慰安も兼ねてるからね。僕たちはみんなが楽しそうにしてるだけで十分幸せだよ。ねぇ、ゆな」
ゆずるはそう言って、妹の手に手を重ねて答えた。
「えぇ、そうよ。だから気兼ねなく過ごして欲しいわね。もちろん、貴方たちも」
ゆながそう答えると、瑠璃とシルヴィアは顔を見合わせて小さく微笑んだ。
「それでは私たちも好きなように過ごさせて頂きますわ」
「えぇ。お嬢様とお坊ちゃまを好きでお世話させて頂きます!」
シルヴィアと瑠璃は力強くそう答えると、再び砂浜で遊ぶ少年少女たちの姿を見つめた。
耳を澄ませると、どこからか聴き慣れた声のようなものも潮風に乗って聞こえてくる。どうやらレジャーに浮かれて叫んでいるようだ。
「霧島と玄武も楽しんでるようね」
「来て良かったね」
双子は顔を見合わせて、心の底から満足そうに笑った。
『あれってどうなのかしら。むしろ悲鳴に近いような?』
シルヴィアは、遠目に見える尋常じゃないスピードのジェットスキーを眺めながらぼんやりと考えていた。
双子たちの過ごす砂浜から数十メートル離れた海上。
「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」
グスタフの運転するジェットスキーに引っ張られるパラグライダーには霧島と玄武が搭乗していた。だが、その引っ張る勢いはジェットコースターよりも速く、まるで大型ジェットのエンジンが巻き起こす強風を真っ正面から受け止めたような衝撃にふたりは思わず悲鳴を上げてしまうが、その声は叫ぶと同時にあっという間に後ろへと流れていってしまうようだった。
「どうだい!楽しんでるかな!!?」
ふたりの付けた無線からグスタフの声が聴こえた。
「ちょ・・これ・・」
「うぉ・・やべ・・」
玄武と霧島はバタバタと揺れるパラグライダーの上で万歳の状態をしたまま、なすすべなく引っ張られることしかできなくなっていた。
「そうか!じゃあ、もっとスピードを上げていこう!」
「「っっっっ!!!!!!!?????」」
ふたりの声が届いたかは定かではないが、グスタフはそう言うとアクセルをさらに回した。水上を滑るジェットスキーはさらにスピードを増し、まるで矢のように飛んでいくようだった。
旅行中、全員での移動がない場合以外は、執事もメイドも自由に観光を楽しむことができた。ジャンと九を連れだった露五は、現地に着いたら行ってみたいと目星を付けていた店を見つけると指さした。
「あぁ、ここですね」
看板には拳銃を模した絵とGunShootingと書かれており、日本語でも射撃体験という翻訳が書かれていた。
「ウェルカム!どの銃をご所望で?」
店に入るとすぐに、カウンターに腰掛けた男が三人を出迎えてくれた。男の後ろには頑丈なロッカーが並んでおり、編み目からは様々な重火器が並んでいた。
「グロックとベレッタ!弾は50ずつで!あと、デザートイーグルと弾を30。それに・・」
露五はさっそく、定食屋で注文をするかのような気安さで射撃体験用の拳銃を選択していく。
「おう兄ちゃん!気前がいいねぇ。戦争でもやろうってのかい」
店主はそう言って、露五の指定した銃と弾を入れたケースを持って、三人を射撃場へと誘っていった。射撃場は一人一ブースとなっており、40m先に紙の的を置くシンプルな構造となっていた。
「それじゃ、俺は後ろで見とくから好きなように撃ってくれ。くれぐれも扱いには気をつけてもらうぜ」
店主が射撃ブースの後ろの台に丁寧に拳銃を並べると、露五はさっそくデザートイーグルを選択してマガジンに弾を込めていく。手慣れた様子に店主は感心した声をあげた。
「本当にお好きですねぇ」
露五の隣ではジャンがベレッタのマガジンに弾を込めながら言った。
「長年銃に触れてきたからでしょうか。どうも癖になっているようです。ジャンさんは9mm弾がお好きで?」
「訓練を受けたときは違う銃でしたが、9mmが中心でした」
ジャンはそう言ってマガジンをベレッタにセットすると、ブースの前へと立ち、イヤーカフを耳に付けた。
「それではお先に」
ジャンは少し大きな声で叫ぶと、照準を構えて遠くに設置された的へと射撃を始めた。ダンッ!ダンッ!という破裂音が断続的に続いた。
「お見事!全弾命中ですね」
ベルトコンベアに繋がれた紙の的を回収すると、描かれた同心円に穴が15個開いていた。
「いやぁ、なんとか当てられて何よりでした」
ジャンが露五の賞賛に謙虚に答えると、次は露五がブースに立った。
「負けていられませんね」
露五はそう言うと、同じように的に向けて射撃を始めた。ジャンと同じ15発だった。
「おぉ!さすが、全弾命中。しかも弾も中心に集まってますね」
露五の紙は中心から近い位置に穴が集まっており、反動を綺麗に制御できていた。
「やるなぁ!兄ちゃんたち。さぁ、まだ弾は残ってるぜ。じゃんじゃん撃ってくれよな」
ふたりの見事な射撃に店主は嬉しそうに手を叩いて言った。ジャンと露五は子どものように、頬を緩ませるが、ふともうひとりの連れの様子を思い出した。
「あ、そういえば九さんは拳銃は触ったことが・・」
ジャンと露五がそう言って振り向くと、ドォンという衝撃が身体を突き抜けた。見れば、九は中腰に拳銃を構えており、手には成人男性でも扱うのが難しいと言われるタウルス・レイジングブルが握られていた。続けざまにドォンドォンと撃ち尽くすと、彼女はイヤーカフを外して言った。
「ふぅ・・久々に撃つとやはり爽快な気持ちですわねぇ」
「Wow!お嬢ちゃん凄いな!全弾命中だ!」
露五たちを案内した陽気な男は、九の腕前に驚いたらしく、まるで少年のようにはしゃいでいた。
「うふふ。ありがとうございます。これでも銃の扱いには少し覚えがあるもので」
「こりゃたまげた!こんな見事な腕で少しってんなら、俺は赤ん坊もいいとこだ」
ガッハッハと男が豪快に笑うと、そばでは九が口に手を当てて笑っていた。その姿は上品で優美だが、手にしたものとのギャップが大きすぎて、違和感満載である。
「よっしゃ!気に入ったお嬢ちゃん!俺からのおごりだ!弾代は3割引でいいぜ!」
「まぁ、よろしいのですか?」
「いいさ!その代わり、とくとその見事なシューティングを見せてくれ」
「露五さん、ジャンさん!やりましたわ!今日は遊び放題ですわね!」
九は童女のような笑顔で花が咲くようにふたりに笑うと、続けて拳銃へと弾を込め、続け様に乱射していく。
ドォンドォンというまるでバズーカのような破裂音が射撃場に響き渡った。
「ヴィアレット家って・・」
「えぇ・・」
露五とジャンは顔を見合わせると、何とも言えないと言った表情で頷きあった。
「いいぞー!お嬢ちゃん!」
店主の陽気な笑い声と声援が、ふたりの隣から聞こえた。
ヴィアレット家豆知識
ゆなとゆずる=ゴールドコーストの動物園でカンガルーとコアラを触った。
「思いのほか筋肉質で驚いたわ」
九=久しぶりに銃を撃ちまくれて大満足。
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