オーストラリア旅行#2 ゴールドコーストへ

 住み慣れた土地を離れ旅をする醍醐味は、見慣れない異文化に触れることにあります。違う言語や方言、食べ物、建築物、その他様々な異なる環境に身を置くと、新しい自分が形成されていくような気さえしてくるものです。ですが、忘れてはならないのは、その土地特有の気候風土こそ、その独自の文化を生み出す土台となるということにあります。暖かい気候の亜熱帯地域の服は涼しげで、反対に寒い場所では生地は分厚く丈夫になる。

 人間の素晴らしさは、世界のどこへ行こうと柔軟に自らをその環境に合わせる為に知恵を絞り、そして、それに楽しささえ覚えることにあると私は思うのです。


「ふあぁ~・・寒いですの・・」 

 約10時間に及ぶフライトを終え、旅客機から降り立った異国の空気に触れたマリアンヌの第一声はなんとも情緒のないものでした。

「だから言ったでしょう。この時期はもう秋なんですよ」

「ありがとうですの棗さん。うぅ、油断しましたの」

 棗はいつもの仏頂な顔に呆れた色を浮かべながら、両腕を抱えて身を震わせるマリィに自分のストールを巻いてやっておりました。彼女は可愛らしいフリルが散りばめられた一見重たそうな服装をしておりましたが、袖からは腕が完全に出ており、防寒着としての機能はほとんどないと言ってよいでしょう。私とお兄様に同乗していた彼女たちのやりとりを私たちは微笑ましく眺めておりました。

 5月は日本では風薫る暖かな季節ですが、オーストラリアでは秋から冬にかけての季節となります。基本的に温暖な気候の彼の地では、そこまで大げさな防寒対策は必須ではありませんが、日が昇りきる前の時間帯はさすがに半袖で過ごすには少々辛いものでした。

 当然、この時期に海水浴やマリンスポーツは筋金入りな玄人ぐらいしか訪れません。それを考えれば、完全にシーズンを外しての旅行となったのですが、

「この時期は観光客がいらっしゃらないので、気兼ねなくお楽しみ頂けますよ」

 旅客機から降り立った私たちを迎えたロールスロイスの運転手は、ホテルへの道すがらそう答えました。ゴールドコースト空港からホテルまでの道は、ほんの目と鼻の先で、道中に海岸を眺めることができたのですが、青く美しい海と砂浜が広がっていながら、確かに人手はまばらでした。

「さぁ、見えて参りました。ようこそ、パレス・ヴィアレットへ」

 しばらくの車を走らせた後、そう言って運転手が示す方向には、日本での屋敷と同等か、それ以上の大きさの宮殿がそびえ立っていました。白い石壁と、空の色が反射する窓がきらきらと眩しいものでした。

「お坊ちゃま、お嬢様。お待ちしておりました」

 私たちが車から降りて出迎えてくれたのは、柚月と『アプリオリ』でした。ふたりとも先だって、現地へと赴き色々と手はずを整えてくれていたのです。私とお兄様に続いて後続のダブルデッカー(二階建てバス)も少し離れた所に泊まり、続々と降りてくるのが見えました。

「うわ~!凄い!綺麗!」

 ホテルの中へ足を踏み入れると、私の傍で控えていた瑠璃がそう声を上げました。

 大理石でできた艶やかな床には紅い毛氈が階段まで続いており、広々とした空間は窓からの採光がふんだんに取り込まれ、まるで楽園へと誘ってくれるような演出がされておりました。確かに瑠璃の言うとおり、『綺麗』と嘆声を漏らしてしまう程でした。また、ロビーを彩る調度品の数々を見て、マリィがあることに気付きました。

「あ、このソファ、イギリスの方々が出してるモデルですの」

 何を隠そう。今回私たちが泊まるこのホテルは、ヴィアレットのイギリス分家が手がけたブティックホテルとなっているのでした、印象的な花や月を象った幾何学的な文様が散りばめられた調度品がふんだんに使われており、不思議と旅行に来た気分よりも、帰宅したような気分にさせてくれます。せっかくなので、私たちは窓から見える美しい景色を眺めながら、紅茶を頂くことにしました。その折、ホテルの支配人が挨拶へとやって参りました。

「ようこそおいで下さいました。お坊ちゃまとお嬢様のお部屋は最上階をご用意させて頂きました。両隣と下の階にはお付きのメイドと執事にお泊まり頂きます。当ホテルは全て一か月の貸し切りとなっておりますので、どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さいませ」

 支配人の女性はホテルの内面図のパンフレットを手に、館内の説明をしてくれました。

「ありがとう。聞いていたとおり、ここには温室のレジャー施設もあるのね」

「はい。お屋敷の方々も存分に楽しんで頂けるよう、ご用意もさせて頂いております」

 彼女は物腰柔らかく、それでいて随分と張り切った様子でそう答えました。彼女とはこれが初対面だったのですが、なんとも責任感のあるその姿が頼りになると思ったものです。

「それは重畳ね。5月いっぱいお世話になるわ。よろしくね」

 私とお兄様が顔を見合わせてそう言うと、彼女はにっこりと手を胸にあてて腰を折ったのでした。


ヴィアレット家豆知識

ヴィアレット家は6つの国に分家があり、それぞれ担掌する業種がある。

競争を避けるため、同じ業務はしない。ただし、様々な企業への投資・融資を行っているため、グループ傘下に多くの産業を抱えている。


イギリス分家(ロンドン)=ホテル、調度品、ファッション


イタリア分家(ミラノ)=オークションハウス、美術館


フランス分家(パリ)=オフィス・賃貸ビル


アメリカ分家(ワシントン)=ソフトウェア、投資銀行


中国分家(上海)=宇宙、衛星、ハードウェア


日本本家(東京)=ロボティクス、コモディティ(金属)

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