オーストラリア旅行

オーストラリア旅行#1

 毎年この年は、風薫ると呼び表すほどに、青々と草木萌ゆる様が見られ、暖かく柔らかい風がそよそよと顔を撫でる季節なのであるが、今年はどうしたわけか不思議と空気が冷たく、まだ冬の名残が去った気配は感じられない。ただ、流行病の脅威を人々はすでに忘れ去ったかのように、近頃は人々の往来が見られるようになり、駅や街や空港はざわざわと人の活気に満ちて熱いくらいである。

 5月初旬、ヴィアレット家の面々は毎年恒例となった海外旅行へと向け、空港の滑走路に鎮座する二機の飛行機のなかで、今か今かと離陸を待っていた。20名乗りの自家用ジェットのなかでは、屋敷の主である双子がオットマン付きの座り心地の良い席に隣り合って座り、行き先であるオーストラリアについてあれこれと調べていた。

「う~ん・・どうしたものかしら」

 ゆなは細い眉をまるでハの字にするように寄せながら、うんうんと唸っていた。手元のタブレットには青い空と海が広がり、豊かな自然を楽しむ人々の笑顔が映し出されていた。

「やっぱり基本的には海か山を楽しむものなのかしらね」

「そうだね。ほら、このツアーはパラセーリングも楽しめるみたいだし」

 ゆなの隣ではゆずるがパンフレットに書かれた細かい字を追いながら答えた。

「どれも私たちには縁の無いものばかりねぇ。雪山ではソリを引いてもらうこともできたけど、海だと浅瀬で眺めているくらいしかできないわ」

 ゆなはタブレットを兄に預けると、だらしなくシートの背もたれに寄りかかった。

 今回の旅行先はオーストラリアとなっており、ゴールドコーストにひと月、シドニーにひと月の日程で行われる。どちらもヴィアレット家の経営するホテルがあり、特にゴールドコーストはプライベートビーチも隣接していて、完全に一般客たちとは隔絶された風光明媚で静かな景色を楽しめる場所となっていた。少し早い夏休みのバカンスに執事やメイドたちは大喜びだったが、人形の身体を持つ双子にとっては、できないことも多く基本的には暇な時間を過ごすこととなる。

「僕はゆなと過ごせればどこでも楽しいよ」

 ゆずるはそう言って妹を慰めたが、続けて少し咎めるような口調で続けた。

「それにゴールドコーストへの行き先はゆなが言い出したんだよ?」

 兄の言葉に、ゆなは少し気難しい顔を見せると、ごろりとそっぽを向いてしまうとぽつりと、「だって、あの子たち・・海に行きたいって言ってたわ」と答えた。

 ゆずるはそっぽを向いた妹のシートの肘置きに席を移すと、妹の手に指を重ねながら「そうだね」と言った。

「ゆなは優しいから、みんなに楽しんでもらいたいと思ったんだよね。みんな分かってるよ」

「・・そんな大げさなことじゃないわ」

 ゆなは兄の手に指を絡ませながら答えた。

「私たちだけ楽しむのは、主として良くないと思っただけよ」

 しばらくして、前方方向からジャンが姿を見せた。

「失礼致します。当機はあと10分で離陸致します」


 双子の乗る自家用ジェットの後方には、数百名が乗れるジャンボジェットが控えていた。こちらも普通機とは違ってヴィアレット家用に改装を施されており、簡易シャワー、キッチン、バーなども備え付けられた特別製である。座席の優劣はなく、全員がふかふかでゆったりとしたシートになっており、少年少女の執事とメイド達はいつになく大はしゃぎだった。

「はい!皆さん!もう出発の時刻となりますよ!席に着いて!」

 席を離れてきゃいきゃいと喋る少年少女たちを玄武がよく通る声で一喝した。

「ちゃんと言うことを聞けない子は置いていくからね。お嬢様とお坊ちゃまも悲しむよ」

 少し離れた場所ではグスタフも、執事やメイドたちを席へと押し戻しながらそれぞれ点呼の確認などもしていた。

「やれやれ、まるで修学旅行の引率だなありゃ」

 ふたりの様子を眺めていた霧島が、ペットボトルのジュースを手に苦笑交じりに言った。

「おふたりのイメージにはよく似合ってる気はしますね」

 霧島の隣の席に座った露五も同じように寛ぎながら愉快そうに答えた。

「そういえば、霧島さんは今回はこちらの機体なんですね」

「まぁ、あんまり困らすのも良くないってね。それにこっちはこっちで快適だし、今回は好き放題やらしてもらうとすらぁ」

 霧島はそう言ってシートに備え付けられたタブレットを操作すると、足下に小さなオットマンが出てきた。霧島は履いていた靴を脱ぐと、さっそく備え付けのスリッパに履き替えていく。

「そういう露五さんこそ、今日は機体の運転しなくていいのか?」

「そうですね。今回は私ものんびりしたいと思います。オーストラリアでは射撃もできるそうなので楽しみですね」

「普段あんだけ弾撃ってるのに、まだやるのか?好きだねぇ」

 霧島は足をオットマンに載せ、腕で枕を作りながら言った。

「普段とは違う環境ですからね。空気が違うと、音も違います。それも醍醐味ですよ」

 露五はいつになくうきうきとした様子で答えた。


ヴィアレット家豆知識

ジャン=実はパイロット免許を持っている。



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