報酬 #3

 人狼と執事たちの戦闘が始まって数十分が経った。

 月はすでに頭上天高い位置へと移動していた。美しい洋風作りの建造物はすでに見る影もなく、芳しい街路樹は無惨にも倒されている。

 まるでハリケーンでも通り過ぎたのかと錯覚しそうな惨状の中心に、三mはあろうかという毛むくじゃらの巨体。そして、その周りには衛星のような間隔で、ふたりの男性が存在していた。

 霧島が蜂のように翻弄しつつ、玄武が鈍器のような重たい一撃を繰り出し、時折、ジャンと露五による後方支援によって隙を作り、さらに攻撃するという戦法を続けていたが、それも段々と身体の疲労感からキレが悪くなりつつあった。

 対して人狼の方は、ところどころにできた傷からは出血もあるが深手と言うほどではなく、息があがっているような様子も見えない。

『まずいです。人狼は月が出ている晩は、治癒力と体力が上昇するんです』

 戦いを離れたところで見守っていた瑠璃が、焦燥感を抱えながら言った。

「はぁ、はぁ。全く、敵にすると厄介な相手だ。異能という存在は」

 玄武が珍しく肩で息をしながら言った。

「全くな。そろそろ、剣の切れ味も悪いぜ」

 霧島が手にした刃こぼれしてしまった剣を忌々しげに眺めながら答えた。

『こちらも弾丸が切れました。あとは拳銃用の銀の弾しかありません』

 露五がやや焦りを含んだ声で報告した。

「私もさすがに集中が切れてきましたね」

 ジャンが扇で口元を隠しながら、それでも疲労の色を浮かべつつ言った。

『グルル・・』

 口々に語られる愚痴をあざ笑うかのように、人狼は余裕とばかりに喉を鳴らした。

『皆、大丈夫そうかい。これ以上手こずるようなら、いったん撤退も視野に入れなくてはならなくなる』

 グスタフの通信に霧島が舌打ちをして答えた。

「バカ言うな。ここで逃がしたら、ますます被害が大きくなる」

『霧島さんの言うとおりです。それにたぶん、こいつは明日にでも移動するはずです。ここで食い止めないと』

『皆分かってるわ。でもなかなか苦しいわね』

 瑠璃とシルヴィアの歯噛みが聞こえてくるような言葉が続いた。

「シルヴィア」

『何ですか?霧島さん』

 霧島の呼びかけにシルヴィアが反応を返した。その声には、いつもの飄々とした色は感じられなかった。

「アレ使えるか」

『・・大丈夫ですか?十秒も持ちませんよ』

 シルヴィアは霧島の言う「アレ」というのをすぐに理解した。吸血鬼のクォーターである霧島の力をギリギリまで引き出す注射器。だが、それは玄武と同様、後に大きな反動を引き起こす。

「やるしかねーだろ。こいつはここでやっとかねーと、マジで面倒なことになる」

「まぁ、私はヴィアレットが無事ならそれで。霧島さんがそうするのが必要というなら止めはしません」

「ありがとよ」

 数十m離れた場所にいたシルヴィアの姿がすでに霧島のすぐそばへとあった。

「いいですか!十秒ですよ!」

 シルヴィアは霧島の腕をとると、そう叫んだ。手には紅い液体の入った小さな注射器が握られている。

「分かってる」

 霧島の返事を合図に、シルヴィアは手早く霧島の静脈へと注射を打ち込んだ。ゆっくりと紅い液体が霧島の身体へと流れ込んでいく。

 玄武と違って特段には身体に変化は見られないが、瞳はソアラと同じ紅い虹彩へと徐々に変化していた。

「グオオオオオ!!!」

 霧島の異変を感じ取ったのか、それまで慎重に動向を見ていた人狼は突然、叫び声をあげて霧島と玄武を避ける反対方向へと走り出した。

「まずい!逃げます!」

 シルヴィアは瞬間移動用のナイフを取り出すが、あまりの早さに一瞬戸惑ってしまう。

「うおおおおおおお!!!!」

 そこへ人狼のものとは違う叫び声と共に、まるで重機のような勢いで露五が割って入った。人狼の巨体をまるで相撲の取り組みのようにして真正面から受け止めていた。服の下の筋肉は膨れ上がり、服がみちみちと裂けんばかりになっていた。

「霧島さん!玄武さん!今です!!」

 力を込めすぎて、額に青筋を走らせた露五が叫んだ。見れば、玄武は黒の懐中時計を手にして、霧島と同様に力を解放していた。

「おおおおお!!」

「あああああ!!」

 人狼を中心に十m程度の半径に立っていたふたりの執事が、叫び声を上げながら一足飛びに人狼の方へと飛んだ。それはまるで砲弾のような勢いで、そばのビルに付けられたガラスにヒビが入るほどの衝撃だった。

 ドッという鈍い音が聴こえた。

 ふたりの姿が交錯した瞬間、人狼の姿はあとかたもなく消えていた。どこかに逃げたかと思われたが、露五やジャンには確かに人狼を倒したことを確証していた。前後から挟まれるような形で攻撃を受けた人狼の肉体は、聖水の効果とふたりの攻撃の衝撃で文字通り消滅していたのだった。

 しばらく沈黙のあと、グスタフからの通信が届いた。

『対象は消滅だ。お疲れさま』

「やったー!!倒したー!」

 瑠璃の高く伸びる声が辺り一帯に響いた。

 ふたりの喜びの声を聴いてようやく、その場に弛緩した空気が流れた。

 だが、戦闘が終わったというのに、露五はひとり浮かない顔で呆然と立ち尽くしていた。

「どうしたんだよ露五さん。終わったんだし、帰りにラーメンでも・・」

「霧島さん・・」

 露五はぽつりと呟いた。

「ソアラさんの報酬・・」

「あ」

 霧島が慌てた様子でNightWalkerのいた場所を振り向いた。そこにはすでにしゅぅしゅぅと湯気を出しながら徐々に消えていく残骸だけが残っていた。


 NightWalkerを見事討伐した一週間後。珍しく太陽が出ており、風も穏やかな昼下がりに、ヴィアレット家の庭では小さな茶会が開かれていた。主賓はゆなとゆずる、そして双子を取り囲むようにして、シルヴィア、瑠璃が列席していた。給仕にはグスタフとジャンがついており、テーブルにはアフタヌーンティーのお茶菓子が並べられ、なんとも優雅な一時を現わしている。

「なるほど、そんなことがあったのね。ご苦労様だったわ」

 シルヴィアと瑠璃から事の顛末を聞いたゆなが、紅茶を啜りながら労いの言葉をかけた。

「はい~。何とも大変な事件でした」

 瑠璃は大盛りに盛り付けたフルーツパフェを食べながら、答えた。

「当分、お屋敷の仕事以外は勘弁願いたいと思います。私はお嬢様とお坊ちゃまのお世話の方が」

 シルヴィアはふたりのそばから離れまいと、妙に近い距離で珈琲を楽しんでいた。

「まぁ、しばらくはみんなゆっくりしてちょうだい。貴方も」

 ゆなはそう言うと、同席するもうひとりの少女にも労いの言葉をかけた。

「お嬢様、ありがとうございます」

 桃色の髪をなびかせたソアラが微笑んで答えた。

「えぇ。ところで?彼らはさっきからどうしたのかしら」

 ヴィアレット家の窮地を救った立役者を労う茶会だが、三名ほどの空席がある。その席を見やって、全員が視線を庭のある区画へと移した。

「霧島さん、その鉢が終わったら、こっちの区画をお願いします」

 農作業用の服装に着替えた露五が、同じ作業服を着て土いじりをする霧島へと言った。

「う~い」

 霧島は生返事を返しつつ、鉢植えから器用に苗を取り出しては、耕された土へと移し返していく。ふたりとも傍らには何十という鉢植えが積まれており、それをひとつひとつ丁寧に等間隔で植え替えていく。

「はぁ、何で俺まで」

 ふたりから少し離れた区画では玄武がため息交じりにぼやいた。彼のそばにも同じ鉢植えが山と積まれている。

「あれが、貴方への今回の報酬という訳だね」

 事情を察したゆずるの答えに、ソアラは笑って答えた。

「えぇ、皆さんご苦労されましたし、何よりヴィアレット家の為に働かれたのですもの。私も鬼ではありませんわ。ちょうど鉢植えの栽培所を探していたので、お手伝いして頂いてます」

「あの鉢植えはなんなの?」

 三人の農作業を見守っていたゆながソアラに聞いた。

「あれは私が育てたアルラウネの子どもですわ。別名マンドラゴラ。引き抜いた時にあげる叫び声を聴くと絶命すると言われておりますわ」

 マンドラゴラと聞いて、ソアラ以外のその場にいた全員が身を固くした。ファンタジーの代物だとは思っていたが、まさかそんな危険な物が屋敷に持ち込まれるのはさすがに頂けない。

「ご心配はいりませんわ。あれは品種改良で声は出さないようになっております。ですが、ひとつだけちょっと難儀な面がございますの」

 ソアラは少し言いにくそうにして、指を頬へと当てた。

「うお!」

 突然、玄武が叫び声を上げ、右手を反射的に挙げた。全員何事かと玄武の方を振り向くと、アルラウネの苗が植えられているが、よく見ると丸い球体の芽が半分に裂け、中からは鋭い牙が覗いていた。

「あのように、叫び声の代わりに傍に居る者に噛みつくようになっています。襲うと言うよりも意思表示ですわね」

 ソアラはなおも悩ましげな様子で、三人の行く末を見守っていた。見れば三人とも分厚い皮の手袋をしていた。

「お~い、ダイジョブか」

 玄武と背中合わせになった霧島がほとんど棒読みに言った。玄武は「なんなんだこの植物は・・」とぶつぶつと愚痴っぽく独りごちた。

「それにしても噛みついてくる植物とかパッ〇ンフラワーかよ・・」

 霧島はそう言いながらも、せっせと苗の入れ替えを行っている。

「全く・・そもそも街中であんな技を使う奴があるか」

 玄武は恨めしそうに霧島へと小言を言うと、霧島は答えた。

「しゃあねぇだろ。あのまま逃がすわけにはいかねぇんだから。だいたい、下半身の分を吹っ飛ばしたのはそっちだろう」

「俺は上半身を残すつもりだったんだよ」

「ふたりとも喋ってないで、とにかく手を動かして・・」

 露五の言葉を遮るようにして、アルラウネの子どもはガブリという擬音が似合いそうな歯を三人の指へと突き立てた。

「「「」いってぇぇぇぇ!!!!」」

 屋敷の庭園に三人の成人男性の叫び声が響き渡った。


ヴィアレット家豆知識

アルラウネ=魔女によって品種改良されており、声が出せないようになっている。その代わり、自分の意思を噛みついて表現するため、植え替えの際は注意を要する。育つと固い球根となり、魔女の薬の材料となる。

某配管工が活躍するゲームの植物に酷似している。

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