2022

雪と鳥

 新年があけてから一週間も経つと、年末年始の自堕落な生活もようやく日常のリズムを取り戻しはじめていました。例年この時期は、遠い地からひとりやってきた執事・メイド達も帰省を楽しむ時期でもあるのですが、数年続く流行病の影響と、12月の半ばから続く極寒の冬将軍は、年始には凍り付くような寒さとともに大雪をも呼び寄せており、外に出かけることもままならない日が続いたことで、日がな一日ぬくぬくと屋敷のなかで思い思いに過ごす、ある意味贅沢な時間を過ごしていたのでした。

 私やお兄様も例に漏れず、去年手を付けていなかった本やゲームといった娯楽を執事・メイド達とともに楽しんでいたのですが、さすがにそんな生活もあまり長いと変化のなさに気が滅入ってしまいそうになっていました。

 ですが、あまりの退屈に寝て過ごしてやろうかと思っていた矢先に、ようやく降り続いた雪も底を尽き、弱々しい太陽の光線と青空が見えたのを見てやれやれと安堵の声を漏らしたのでした。

「う~ん、それでもやっぱり寒いのは相変わらずねぇ」

 早速、私とお兄様は屋敷の庭先へと出て、8日ぶりに冷たくも澄んだ空気に肌をさらしましたが、やはり寒いものは寒いものです。

「道も少し凍ってそうだから気をつけないとね」

 お兄様はそういって、私の手をとると一歩一歩気をつけながら玄関から庭へと小さなステップを降りていきました。後ろでは、メイドがふたり少しはらはらと落ち着きなさそうにしていましたが、私たちは無事に庭先の石畳へと足を付けることができました。すでに屋敷から庭の一部分は雪がどけられており、秋に落ち葉が端へと集められていたように避けられ、雪だるまやかまくらへと姿を変えていました。毎日のように窓から眺めていた一面に広がっていた雪の花畑に、足跡が付けられていたのを少し残念には思ったのですが、きちんと歩きやすいように施されていたのでどうやら転んだりしたりする心配はなさそうなのを有り難く思いました。

「あのかまくらは露五たちが作ったものかな」

「そうね。あとで入れて貰えるように言ってみようかしら」

 私たちはメイドふたりを連れ立って、しばらく道沿いに屋敷の周りを散策することにしました。あちらこちらに見える木々の、裸の枝先には白く不香の花が咲き、てっぺんの方には屋敷にも飾られていたクリスマスツリーの綿毛を模したようにどっかりと雪の塊が乗っています。風は思っていたよりも吹いておらず、芯から冷えるような冷たい空気に音までも凍ってしまったようで、時折、弱々しいながらも暖かな太陽の熱に溶かされた雪の塊がどさりと音を立てる以外には、なんとも静かな世界が続いていました。

 足下に気をつけながら中庭まで歩くと、玄武や露五といった力自慢の執事たちがスコップを手に雪かきをしていました。

「お嬢様、お坊ちゃま。おはようございます」

 こちらから声をかける前に気がついた玄武が、スコップで雪を掘る手を止めて挨拶をすると、彼の声に連れてあがる威勢の良い挨拶が、囲まれた壁に反響しました。

「おはよう。精が出るのね」

 私たちは彼らの作業の邪魔にならないようにすでに雪がどけられた場所に立って、彼らを労いました。

「はい。ようやく雪がやんでほっとしました」

 玄武は寒空のなかでも額から汗を流しており、ここまで歩いてきた道を見るに、なかなかの重労働であることを物語っていました。

『お嬢様、お坊ちゃま。ご機嫌麗しゅうございます』

 声のする方を向くと、カントがいつものメイド服の姿で裾を手にカーテシ-の挨拶をしていました。銀色の髪の少女が雪景色と屋敷を背景にお辞儀する姿はなんとも絵になります。

「あら、カントもお手伝いしてるのね」

『Si。本日は朝8時よりSpalare la neve-雪かきと雪下ろしをお手伝いさせて頂いております』

 さすがに雪下ろしのために屋根まで上がるのは無理があるのじゃないかと思い、空を見上げると、ぶぅんという虫の羽ばたきのような音とともに頭上を緑色の何かが横切っていきました。

「こんな季節に蜂かな」

 同じように空を見上げていたお兄様が少し心配そうに言うと、カントが「Mi dispiace。申し訳ありません」と答えて頭を深々と下げました。

『あちらはKnight of Night Toolsでございます。防犯モードから空撮へと切り替えて、お屋敷の方々が移動する経路の確保と、外壁の点検をしております』

 カントがそう答えたと同時に、空を飛び回っていたハチドリが一定の場所で空中に留まり、しばらくしてゆっくりとこちらに向かって降りてきました。螺鈿にも似た深緑の鳥の羽が、太陽の光を受けてきらきらと輝く様子はとても美しいものでした。

 ブウゥンという独特な蜂のような羽音をさせて、私の目の前を小刻みに揺れながらホバリングすると、私の差し出す指の先へと止まりました。KNTは文鳥を手にのせるのとは違って、まるで金の指輪でもしたようなずっしりとした重みをしていました。

「可愛らしいね。雪の日にこんな鮮やかな色の鳥が見られるなんて」

 KNTはロボットとは知りながらも、羽や身体の動き、くりくりとした黒目や長いくちばしも鳥の姿そのものでなんとも美しい姿をしていました。お兄様も隣から手を差し出して、その小さな鳥の頭を優しく撫でていました。

「花の蜜を舐める鳥だもの。銀花に蜜は無いけど、相応しいデザインだったかもしれないわね」

 鳥がチュチュと鳴き、辺りをきょろきょろと見回していました。

「白居易だったかしら?雪月花の詩というのがあったと思うわ。これで月が揃えば自然の美しさ全てが揃うのに」

 私がそう言うと、お兄様は「僕たちにもあるじゃないか」と答えました。私が彼の方を向くと、お兄様はニコニコと笑いながら自分の頬の紋章を指さすのです。

「そうだったわね」

 私はくすりと笑い声を吹き出すと、それまで奉仕してくれた手に乗る働き者に語りかけました。

「ありがとう。貴方ももう仕事に戻っていいわ」

 私がそう言うと、KNTはしばらく私たちを見つめてから、羽を目にも止まらぬ早さで羽ばたかせて飛び去ってしまいました。

「それではお嬢様、お坊ちゃま。私たちも仕事に」

 我が家の働き者達もそう言って戻っていきました。


ヴィアレット家豆知識

ハチドリ型のドローン(KNT)の識別番号は素数になっており、全部で50体ほどいる。ゆなとゆずるに乗ったのは、それぞれ19番と107番である。

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