大晦日の女子トーク

 どんな乗り物も最初は遅くゆっくり亀のような早さで進み、速度があがるまではやけに長く感じるが、勢いがついてしまうとあっという間に最高速度へと達してしまう。1年のうちの10月以降の時間の流れ方はまさにそんな感じだ。

 大晦日の夜10時頃。ゆなとゆずるは、SPと側付きのメイドたちを伴って本家の方へと赴いていており、一日家族水入らずの夜を過ごしていた。そんな主不在のヴィアレットの屋敷はまだちらほらと灯りが点いており、普段休みなく稼働している屋敷の執事とメイドたちも、つかの間の仕事納めを気の置けない友人・同僚達と過ごしていた。

 ラウンジの一角に3人のメイドの姿があった。それぞれメイド服からラフな普段着へと着替えており、テーブルには小さなお菓子と飲み物が並べられ、まるで女子会のような和やかな空気が流れていた。

「いやぁ、今年もよく働いたっすねぇ。アタシにこんな勤労意欲があったとは驚きっす」

 メイド兼看護師を務めるニーナ=アリエッタが、細くしなやかな両腕を天井へと向け、大きく伸びをした。その気の抜けた姿を横目に、同僚の一花が小さくため息を吐きつつ答えた。

「ニーナ・・貴方はもう少しきちんとしても良いと思うわ。仕事はちゃんとしているのは知っているけど、その格好は浮かれすぎよ」

 一花と隣に座るアヤが、まるでこれからディナーにでも出かけられそうなシックな服装をしてるに対して、ニーナは大胆に肩と首元をさらしたカジュアルな紅いセーターを着ていた。

「アタシからすれば一花ちゃんは固すぎるっす。もっと肩の力を抜いてリラックスしないと疲れちゃうっすよ。例えばほら・・」

 ニーナがそう言って、一花の背中を軽く撫でた。

「ひゃんっ!!?」

 一花は嬌声とともに身体を跳ね上がらせてしまい、危うく手元の紅茶をこぼしそうになるのをアヤが横から押さえた。

「やっぱりめちゃくちゃこってるっすね~。特に首のとこなんかガチガチっすよ」

「急に背中を触るなんて酷いじゃない!」

 一花は顔を赤くして身体を抱きながら答えた。

「あはは!ごめんっす!でも疲れてるのはホントだと思うから、気分転換に休暇をとるのをお薦めするっす。この前冷え性が辛いって言ってたし」

「それはまぁ・・う~ん・・」

 膨らんだ風船が時間と共にしぼんでいくように、一花の感情のボルテージが下降していき、困ったような、そんな表情へと変わっていく。一花はニーナの緩急混ぜ合わせた言動にいつも振り回されていた。

「うちのお屋敷の子たちはワーカーホリックな気があるっすからねー。肩こり・腰痛の相談は医務室の悩みの種っす」

「うぅ・・」

 ニーナの言い返せないとどめの一撃の言葉に一花はしゅんと俯いてしまうと、アヤが少し慌てて話題を切り出した。

「そういえば、部署のチーフ方も出られてて少し寂しいですね。棗さんや瑠璃さんもいないし」

「そうね。できれば私も姉様に付いていきたかったけど、あまり大人数はご迷惑になるし」

 闇に一筋の光を掴むばかりに、一花は再びしゃんと背筋を伸ばした。

「一花さんはお姉様がおられたのですか?」

「あれ?知らないっすか?なっちゃん・・棗ちゃんは一花ちゃんのお姉様なんすよ」

 アヤの疑問にニーナが茶菓子のマカロンを頬張りながら答えた。

「初めて伺いました」

「といっても、血のつながりとか戸籍は関係ないっす。いわば魂の姉妹っすよね。でも確かなっちゃんの方がひとつ年下なんすよね」

 アヤは少し驚いたように目を丸くしていると、一花は慌ててニーナの言葉にかぶせた。

「ちょっと、ニーナ。妙な言い方は止めてちょうだい」

 一花はそう言って再び小さくため息を吐くと、テーブルの紅茶を一口含んで答えた。

「姉様とはふたつ違いよ。でも歳なんて関係ないわ。私の目指す姿を体現されている尊敬する人だし、それに可愛らしいところもあるのよ。姉様と出会えたのは運命にも感じるわ」

「百合百合っすねぇ。退廃的でぞくぞくするっす」

 ニーナは不思議の国のアリスのチェシャ猫のような含みのあるニヤニヤとした笑顔で一花を見つめた。その舐めるような視線に一花は、若干だが身体をアヤの方へと傾けている。

「年下なのにお姉さん・・興味深いですね」

 だが、こちらはこちらで、また違った関心を持たれてしまったようだった。

『お嬢様、お坊ちゃま・・早く帰ってきて・・』

 一花はまた小さくため息をついてぼんやりとそう願った。


ヴィアレット家豆知識

ニーナ→シルヴィアの部下で看護師。面倒見がよく、砕けた口調から慕う者が多い。反面サディストの気があり、人の苦しむ姿や痛みにもだえる顔を眺めるのが好き。霧島とシルヴィアのとある仕事を手伝っているとされている。


一花→玄武の師匠である桜子の孫。元は非常に気位が高く、人を見下す癖があったが、棗と出会ってからは真面目で礼儀正しい性格になった。棗のことは「姉様」と呼び慕っている。


アヤ→ヴィアレット家通訳兼メイド。ヨーロッパ圏の担当。


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