クリスマス準備の夜
12月も終盤へと差し掛かってくると、年末に向けてバタバタと慌ただしかった屋敷にもしばしの休息と言わんばかりにのんびりとした雰囲気が流れるようになった。今年は例年に比べて寒波が押し寄せており、珍しく窓の外には雪がちらちらと降るのが見え、すっかり寂しい枯れ野となった庭園に白い薄化粧を施している。かたや、屋敷のラウンジは空調が効いて暖かく、美しいゆっくりとした音楽が流れており、たった一枚の窓ガラスだけが、別世界を隔てていた。
クリスマスを数日後に控えた夜。ラウンジにはパーティ用の樅の木が搬入され、スカートのように広がった枝葉には、煌めくオーナメントや小さな人形たちが飾られ、主役の時を大人しく待っていた。その木を正面に、暖炉の傍の席で、露五が陶器の猪口を傾けながら、昼間に無事終えた仕事に達成感を噛みしめていた。
(綺麗な木が残ってて良かった。今年は特に寒暖差が激しかったから、あまり成長が芳しくないと思っていたけど)
青々とした芳しい香りを放つ樅の木は、露五の管理する山に自生するものを伐採し搬送したものだった。それだけでなく、屋敷で美しく飾られた花々の大部分は、露五と部下達が丹精込めて育てたものであり、彼らにとってこの木を用意することは一年の仕事を締めくくる重要なものといえた。
(でも、苦労した甲斐はあったな)
露五は昼間、館の主人である双子が、木をラウンジに運び入れた際に見せた驚きの顔と、メイド達とともに楽しそうに飾り付けをしていた姿を思い出しては、自然と持ち上がる口角を隠すように猪口を傾け、つまみに手を伸ばすのだった。
「露五さん」
ふいに声をかけられた露五は、口元に運んでいた箸の手を止めて、声の主へと振り返った。
「おや、ミントさん。これは珍しい」
露五の視界の先には、青緑色の服と耳に開けた無数のピアスの目立つ執事の少年が、夏の空を思わせるような色のカクテルが注がれたグラスを持って立っていた。
「おひとりですか?あの木、見事ですねぇ」
ミントはそう言って微笑んで見せると、露五が先ほどまで見ていた樅の木へと視線を移した。
「えぇ、立派な木が手に入って安心しました」
「ふふ、ご自分の作品を見ながら杯を傾けるなんて職人らしいですね。その気持ち分かりますよ」
露五の感慨深げな言葉に同調を見せながら、ミントは露五の陣取る一人がけの隣にあるソファ席へと腰を降ろした。広々としたテーブルにグラスを置くと、中に入ったカクテルジュースが暖炉から届く炎の光を曲げて、薄暗いカンバスに紫がかった揺らめきの華が描かれていた。
「お嬢様方と一緒に楽しんでおられたと思っていましたが」
「お嬢様とお坊ちゃまはもうお休みになられましたよぉ。さっきまでメイドの方々とゲームをしたりお菓子食べたりしてました」
露五がそう言って杯を傾けると、ミントは後ろ手に手を組んで、ベルベット張りのソファにもたれかかった。しなやかに曲がる身体がソファの曲線に吸い付くようだった。
「ミントさんもおふたりにお付き合いを?」
「えぇ、僕はほとんど見ているだけでしたけどね。まだ眠くなるには早いので降りてきてしまいました」
ミントはそう言って机に置いたグラスを取り上げると、一口二口と飲み下していく。淡い紫の光がラウンジのなかを万華鏡のように踊っている。
「はぁ、やれやれ」
寒い夜に温かさと光を求めてか、ミントに次いで執事服を着た猫が肉球の手を擦りながら暖炉へと近づいてくる。
「おや、執事長。お疲れのようですね」
「米国の方の事業が好調なようで人員を欲していましてな。こちらはパーティとお屋敷のことで手がいっぱいなのに、困ったものです」
にゃん太郎はそう言って、ガラス越しに燃えさかる暖炉の炎に身を寄せた。安全上ほとんど飾りの役割しかなくとも、傍に寄って炎の揺らめきを見ているだけでなんとも癒やされる気分にさせてくれるのだった。
「まさに猫の手も借りたいってやつですね執事長」
ミントはそういってにゃん太郎の傍に寄って屈むと、だらんと垂れた手を軽く支えてぷらぷらと揺さぶった。
「時には餅君のように猫らしくしていたいと思うようになりましたな」
にゃん太郎はそう言ってしおしおととした渋い顔を作って、小さくため息を吐いた。
「ね、執事長も今日はもう仕事は終わりにされては?」
「お気遣いを、ミント君。しかし、私はこれから屋敷の警備の方達と連絡が残っておりましてな」
露五とミントは目配せをすると、ミントはにゃん太郎の小さな身体を抱え上げた。突然のことに、にゃん太郎はびっくり尻尾と脚をぴんと上げた。
「屋敷の警備はカントがいれば安心ですよ。今日くらいはお休み下さい」
「ほらほら、執事長も一緒に飲みましょう」
じたばたと魚のように暴れ回るにゃん太郎を抱えながら、ミントと露五は奥のバーカウンターへと移動していった。
ヴィアレット家豆知識
ミント=最近、屋敷内にスタジオを作った。
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