Dress up , Make up , Raise up.

 11月も初旬を過ぎると、いよいよ冬の到来を感じる冷たい風の吹きすさぶ、ひゅうひゅうという壊れた笛のような音が窓の外から聴こえるようになりました。

 数週間前までは、まだ葉緑の名残を残していた木々の葉は、すでに浅黄色や褐色へと移り変わり、根元や周囲にはらはらと落ちては、甲斐甲斐しく働く庭師達を困らせるようになっていました。

 だけど、私はというと朝起きると同時に、庭に広がるこの黄色の絨毯を眺めるのを密かな楽しみとしていました。毎年この時期となると、年末に向けて屋敷の者達が少し慌ただしくなります。私やお兄様もその例には漏れないのですが、ふと気がついたときに窓の外を眺めては、ゆったりと流れる自然の時間に身を浸すことでこんがらがった思考が解けていくような感覚があるのです。

 さて、私の朝の習慣は意外に思われるかも知れませんが規則正しいものです。

 朝は8時を過ぎた頃ににゃん太郎が起こしにくるか、お兄様とともに目が覚めることがほとんどです。時折は二度三度と惰眠を貪ることもありますが、意外にもその機会はほとんどありません。

 お兄様や食事の当番をしてくれる執事・メイドたちと歓談をしながら1時間ほどかけて朝食や珈琲を済ませた後に、別室にて湯浴みをしてから-この時はメイドが髪を洗うこともあります-各分野の担当のメイド達がさらに1時間以上の時間をかけて朝の身支度を済ませてくれるのです。

 実際のところ、私はそこまで化粧には時間がかかることはありません。

 人間の身体と違って代謝機能が無いために、下地やコンシーラーをパテのように塗りつける必要はなく、もっぱら目元周りにシャドウやブローをひき、頬紅や口紅を薄くひく程度にすんでいるのです。

 どちらといえば時間がかかるのは、髪の手入れと着替えのほうでしょうか。

「ゆなちゃん、今日は久々にお着替えしようか」

 湯浴みから戻り、自室へと戻ると開口一番に衣装係の薫が言いました。傍らには部屋を出るときには無かったはずの布地に隠れた衣装立てが鎮座していました。

「先日とても質の良い生地が手に入ってね。新しく作ってみたんだよ」

 薫はそう言って、衣装立てに隠されていた自身の作品を覆っていたサテンの布地を取り払いました。

 「わぁ」と声を漏らし、私は思わず口元に手を当てて驚いてしまいました。

 衣装立てにかけられたドレスは、私が少し前によく好んで着ていたものによく似ていました。

「どうかな?ゆなちゃんの好みに合わせてみたんだけど」としばらくそのドレスに見とれてぼんやりとしていた私に、薫が少しそわそわとしながら聞きました。私はその言葉ではっと我に返って答えました。

「凄い!とっても可愛いわ!素敵ね、嬉しいわ!」

 私は朝だというのに、その思いがけないサプライズのプレゼントに声をうわずらせ、跳んで、跳ねて、叫んでしまいました。

 その様子を見て、薫はようやくほっと一息少し安心したように胸をなで下ろしたのです。

 私は普段は淑女たらんと楚々とした態度で過ごすようにしていますが、こと美しいものや感動するものに出会ったとき、爆発するような感情の昂ぶりに踊らされ、自分を抑えきれなくなってしまいます。

 それはロココ文化を彷彿とさせるような優美で絢爛ながらも、アール・デコを感じるシンプルで動きやすくゆったりとした近代的なデザインをしていました。あえて必要以上に宝石やらを飾り立てるのはあまり好まないために、装飾は割と控えめと言っていいかもしれません。しかし、コルセットによって締め付けられた腰から、ゆったりと膨らんだスカートには、まるでキャンディーを包む包装紙のような、紫に金糸の縞が走る大きなリボンが飾られており、これが何とも可愛らしいものでした。

 また、極めつけは私の深緑の髪の頭をすっぽりと覆うボンネットでした。ドレスと同じ紫の布地をくしゅくしゅとした感触に加工していて、肌さわりがとても気持ちの良いものでした。少し子どもっぽいかもしれませんが、私はボンネットを付けるまさにお人形のような衣装が好みなために、このプレゼントは欣喜雀躍する嬉しさでした。

 早速にドレスに身を包んだ後に、鏡を見ながらですが、ボンネットを付けようとして違和感に気がつきました。顎で結ぶための紐がスカートに使われるリボンと同じくくらいに太く、ほとんどスカーフに近いものでした。私はその布を持って、しばらく考えながらもたもたと格闘していたのですが、

「これはね、こういう風に結んでしまうんだよ」

 薫はそう言って私からボンネットをとると、私の背後から器用にボンネットから伸びる布地をリボン状に結んでくれました。

「珍しいデザインねぇ。可愛らしいわ」と私が答えると、薫は満足そうに鏡越しに照れ笑いを見せてくれるのでした。

「お嬢様。この装いでしたら、こちらの髪飾りはいかがでしょう」

 そう言ってアクセサリーの管理をしてくれている柚月がひとつの髪飾りを手に私の座る椅子のそばに屈みました。見ればそれは紅から碧へとグラデーションを重ねるように薔薇が4つ並んだデザインをしており、なんとも優雅で気品のあるものでした。

「薔薇のコサージュね。とても良く合いそうね」

 私がそう答えると、柚月は薫に手渡して、付ける位置を色々と微調整しながら飾り付けてくれました。

「とっても素敵だね!良く似合ってるよ!」

 薫がそう言って鏡から少し離れると、私はまだ化粧も済まないうちに、その袖を通したドレスを部屋の姿見へと映してみるのでした。

 ドレスが素敵なのはさることながら、付けてくれた髪飾りの薔薇もまた魅力的なものでした。また白いストッキングに包まれた脚に、紫色の靴から延びたベルトが足下から這い上がるツタのようにして絡みつき、さらにいくつも散りばめられた薔薇のコサージュも相まって、まるで私自身が薔薇をその身体で育てているような、はたまた薔薇に絡め取られているような不思議な感覚を覚えるのでした。

「相変わらず素晴らしいわ。あなたは最高の魔法使いね」

 私は薫の手を取って惜しみない賞賛を浴びせました。それを見ていた他の側仕えのメイド達もうんうんと頷き合っていました。

「喜んでもらえたなら嬉しいよ」と再び照れ笑いを見せた薫は、

「さて、それじゃあ次は化粧と髪のセットだね」と答え、満足そうに次の担当のメイドに私を任せるのでした。


ヴィアレット家豆知識

ゆなの習慣=朝食、湯浴み、着替え、髪のセット、化粧と続くが、これらのために常に7人以上のメイド達を必要としている。夜も同じ工程を辿る。

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