訓練
11月も終盤となり、秋の色鮮やかに広がる景色も、遂に冬の訪れを迎えたことで寂しい枝ばかりの風景が広がるばかりになってしまった。だが、それと対比するかのようにヴィアレット家の屋敷に生きる人々の足はせかせかと忙しいもので、窓辺から見える冬の景色を眺めながら、のんびりノスタルジックに過ごすというような余裕のある時間はなかなかとることができない日々が続いていた。
そして、ゆなやゆずる、屋敷で働く執事・メイド達とは別に、Marciaに所属するSPの執事とメイド達は気が気でない日々を送っていた。
ヴィアレット家の屋敷から西の方角にある訓練施設。数年に一度行われる「選抜試験」に向けて、SPとして辣腕を振るってきた執事とメイド達は、ここ数ヶ月空き時間を使って訓練に励んでいた。今後もMarciaに名を連ねることができるかがかかっているだけあって、各々が背負うプレッシャーも相当に大きいものとなっている。
訓練場内部にある道場。
そこでは動きやすい道着を身に纏った執事のジャンと玄武が、各々構えをとって数メートルの距離で対峙していた。
「ジャンさんとの手合わせはいつぶりでしょうか」
玄武が普段と変わらない何気ない口調でジャンに話しかけた。だが、その柔らかな言葉とは裏腹に、ふたりの間には何か剣呑とした張り詰めた空気が流れていた。
「去年と今年は機会を逃してしまいましたから、もう随分と久しぶりになるかもしれませんね。採用試験で胸をお借りした時以来でしょうか?」
ジャンが半歩踏み出すと、玄武も同じように歩を進める。
「あの時は驚きましたよ。あそこまで手こずった受験者を見たのは初めてだったかもしれません」
「光栄です。一生懸命鍛えたかいがあると言うものですね」
ふたりはなおもじりじりと歩を進めていく。
すでにもう一足踏み込めば相手の間合いへと完全に交わる位置へと進めていた。
一瞬ふたりの間に静寂が流れると、ふたりは小さく息を整えた。
「「参ります」」
ふたりの言葉と間合いが同時に交わった時、ぱぁんという空気を切り裂く破裂音が道場に響いた。
ジャンと玄武の息もつかせない稽古が行われていた道場とは別の部屋。先のふたりのいた道場とはうって変わって、まるで四角形の箱のなかに閉じ込められたようなだだっ広い空間には4人の姿があった。それぞれ2人1組となっており、ひとつは霧島とシルヴィア、もうひとつは露五とグラジミルのペアが向かい合って対峙していた。
「ふふふ・・露五さん。今日という日を待っていましたよ・・」
愛用しているダガーを数本手にしたシルヴィアが、普段隈をこさえた瞳をまるで肉食獣のようにギラつかせていた。
「え、な、何ですか・・」
露五はシルヴィアのただならぬ様子を見て、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。露五はいつでも対処できるよう、レッグホルスターの愛銃に手をかけている。
「忘れたとは言わせませんよ。あれは4日前のお昼のこと・・貴方は庭で作業をしていた。そこで貴方はあろうことか、お嬢様とお坊ちゃまからある物を受け取っていましたね」
シルヴィアの言葉に記憶を思い起こしてみると、確かにゆなとゆずるが庭の散歩中に挨拶をした際に、庭で摘んだダリアの花を貰ったのだった。時間にして数分程度のやりとりだったが、シルヴィアにはばっちりと見られていたらしい。
「くっ・・いつもお側でお仕えしているこの私でさえ、簡単には手に入れられないプレゼントをそんな易々と・・」
シルヴィアは雷雲がたちこめそうなどんよりとした空気を背中に纏いながら、苦々しげに唇を噛みしめていた。
「いえ、あれはたまたま・・」
「問答無用!!!」
露五の弁明もむなしく、シルヴィアの投擲が露五へと向かって襲いかかった。
「うおぉぉぉぉおお!!???」
とても訓練ではあり得ないような数の投擲に、露五は俊敏な動きで回避行動をとった。
「教えなさい!どうすればおふたりからお花を貰えるのです!」
「知りませんよ!!!一生懸命仕事をすることじゃ無いですか!?」
露五は飛んでくる無数のナイフを避け、打ち落とし、時には掴むといった人間離れした動きで対処していく。
シルヴィアのナイフと露五の銃弾を避けるために、専用の強化ガラスの盾の後ろに避難したグラジミルが呆然と二人の猛攻を見つめながら、同じく避難していた霧島に話しかけた。
「あの、私たちの訓練は・・」
グラジミルの言葉に霧島は「知らね」とだけ答え、いつの間にかどこからか持ち込んだハンモックに寝転がりながら、アイマスクをいそいそと装着していた。
「まぁ、終わったら教えてくんな」
霧島の言葉にグラジミルは無表情に盾の向こうの戦闘を眺めた。
「さぁ!これで終わりですよ!」
「終わってたまるかー!!!」
ふたりの周囲には金属片と薬莢が大量に転がり、照明に照らされてきらきらと輝いていた。
ヴィアレット家豆知識
グラヂミル=ヴィアレット家執事。屋敷の建築や保守管理を担当。
元はキラリの執事だが、双子によってスカウト。
棗と同じ処理部隊。担当は痕跡の化学処理。
Marcia=ヴィアレット家のSPたちで構成されたチーム。
ヴィアレット家に関する暗部や荒事を担当する。
メンバーは普段屋敷の執事・メイドとして働いているが、選ばれるためには試験を突破する必要がある。
名前の由来は音楽用語の「Alla Marcia」から。
部隊名は「なんかかっこいいから」という理由で付けた。
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