逆さHalloween

 世界中で猖獗を極めた流行病もようやくナリを潜め、それとともに街にも活気が戻りつつあった。老若男女問わず、昼にはせかせかと歩く姿が見られ、夜は暗闇を嫌うかのような明るい照明と人々の浮かれた声が響いていた。

 ハロウィン。去年今年と抑えつけられた鬱憤を晴らすかのように、街はお化けの顔にくりぬいたカボチャやコウモリのイルミネーションや、アニメやアイドルなどのサブカルチャーの映像によって彩られていた。

 そしてそれはヴィアレット家でも例外ではなく、元来お祭りやイベント毎が好きな少女たちが数日前から屋敷のあちこちに垂れ幕やらオーナメントを飾り付けをしており、朝から屋敷中にはマリアンヌやお菓子作りの好きなメイドたちがキッチンにこもって、ケーキやクッキーなどをこしらえている姿が見受けられていた。


「「棗さん!ハッピーハロウィン!!」」

 陽も高くなった頃、瑠璃のもとで仕事に励む少女たちが、普段のメイド服をアクセサリーやリボンなどで可愛らしくデコレーションした姿で棗の元へと訪れていた。

「ええ。トリックオアトリート」

 少女たちの言葉に棗が返すと、少女たちは棗の持つバスケットにお菓子を次々と詰め込んでいく。黄色のカボチャの絵が描かれたブラウニーや、色とりどりのゼリーの入ったクッキーなど、目にも楽しい可愛らしいお菓子がバスケットに山盛りになっていた。

 通常なら、「Trick or Treat」の言葉に「Happy Halloween」と返すのだが、ヴィアレット家では普段お世話になっている上司や友人にお菓子を配ろうという話になり、朝から思い思いに仮装を施した執事とメイドたちが仕事を交代しながら、屋敷の中や庭を歩き回っていた。

「そのお帽子素敵ですぅ」「よくお似合いです!すっごい魔女っぽい!」

 棗はメイド服に部下が用意してくれた魔女の帽子を被っており、装飾こそ派手ではないが、眼鏡ときちんとまとめられた夜会巻きが不思議と雰囲気にマッチしていた。

「ええ、ありがとう」

 瑠璃のもとで育った少女たちのスパンコールが輝くような明るく陽気な雰囲気に少し戸惑いながらも、褒めそやす言葉に棗は少し顔が緩んだ。その顔を見た少女たちの黄色い喜色の声が響いた。


 執事やメイドたちがお菓子を配り歩くなか、棗を含むチーフ職たちは彼ら彼女たちの相手をするために半ば強制的に休日をとることとなっていた。そのため、シルヴィアや『アプリオリ』たちも部下たちが見つけやすいようロビーや庭などで寛いでおり、すでに机や手元にはお菓子や贈り物が山と積まれていた。

「このブラウニー、なかなかいけるわね」

 銀色の髪をポニーテールにまとめ、普段のメイド服からナース服に着替えたシルヴィアがラウンジの窓際の席に陣取って貰ったお菓子などを楽しんでいた。

「こっちのモンブランも美味しいですね。確かマリアンヌさんが監修されたとか。でもさすがにお腹がいっぱいになってしまいした」

 シルヴィアとともに同席していた『アプリオリ』も貰ったケーキと紅茶を楽しんでいたが、さすがにそろそろ視界に入るのもキツくなってきていた。

「まぁ、せっかくの厚意を無碍にできないわよ。カントちゃんも仲良くやってるみたいじゃない」

「えぇ、おかげさまで」

 『アプリオリ』をマイスターと仰ぐアンドロイドの少女も最近ではすっかりとメイドの少女たちの仲間入りを果たしており、先ほどお菓子を配りに来たときも、文字通り着せ替え人形のような扱いで可愛らしい衣装に身を包んでいた。

「『アプリオリ』さんはそれ、ペスト医師の仮面よね」

 シルヴィアは『アプリオリ』の首にぶら下がったカラスのくちばしのような形状のマスクを指さした。

「以前オークションで手に入れた物でして。イタリアのパヴァーマの街で使われていた年代物です」

 『アプリオリ』は珍しく目を輝かせながら、ペストマスクを手に取って見せた。

「さすがに被るのは勇気がいるわね」

 シルヴィアは柳眉をひそませて答えた。


「お嬢様、お坊ちゃま!ハッピーハロウィン!!」

「「ハッピーハロウィン!」」

 所変わって、ゆなとゆずるの部屋には瑠璃とマリアンヌ、雪が悪魔や狼を模した衣装に着替えて訪れていた。

「「トリックオアトリート!」」

 ゆなとゆずるも彼女たちほど派手ではないが、黒のドレス生地を基調としたゴシックに着替えており、紅と碧の瞳と緑の髪、そして双子の持つ神秘的な雰囲気が際立っていた。

「こちらマリアンヌ特製ジャックオーランタンケーキですの。どうぞご賞味くださいませ」

 双子の座るテーブルの前にカボチャを象ったケーキが並べられていた。小皿には彩り豊かなマカロンと、ダージリンの紅茶の注がれたウェッジウッドの花のカップが、アクセントとなっており、テーブルはまるでひとつの花畑のようにも見える。

「おー、こりゃ美味そうだな」

 双子と雪や瑠璃がその絢爛豪華な茶会の装いに目を奪われていると、その様子をさらにのぞき込むようにして男性がひとり立っていた。

「相変わらず神出鬼没な方ですねぇ」

 瑠璃は椅子に座ったまま振り向くと、霧島の方を見て呆れた顔で呟いた。

「霧島。最近見てなかったけど、さっき帰ったの?」

「昨日のうちに戻ってたんだけど、速攻部屋に戻って寝てたわ」

 ゆなの言葉に霧島はそう答えると、雪が差し出してくれた椅子に腰掛けた。

「霧島さんは何もお着替えはされないのですの?」

 マリアンヌは霧島の普段と変わらない装いを見て言った。

「ん?いや、俺もしてるぜ。ちゃーんと」

 そう言って、にやりと口角を上げると犬歯にあたる部分が異様にとがっているのに気がついた。

「吸血鬼の牙ですのね」

 マリアンヌが見てそう答えると、霧島は含みのある笑みを浮かべた。

「ところで、そのケーキ。俺もご相伴に預からせていただいても?」

 霧島がそう言うが早いか、すでに彼の前のテーブルには小さなケーキのセットが用意されていた。


ヴィアレット家豆知識

玄武は鬼、露五は傭兵の格好で庭に。メイド達にまるで本物みたいと言われた。

青雪はジーンズとパーカー姿で「プログラマーのコスプレ」と答えた。

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