第8話 魔法生活のすゝめ その1

 はじめて魔法を使ったあの日、家に戻った俺はノア達に言われた通りありのままを両親に話した。それを聞いた両親は最初はどういうことだ?と理解できない様子だったが、俺が証明を兼ねて庭先で『水弾アクアショット』を使って見せるとこれまた信じられないものを見た様子で呆然としていた。

 そしてマイナからは三度目の神童発言が飛び出し、ジューダスからも「これからお前がどれだけのことを成し遂げるのか想像もできんな」と言われ誉められてしまった。


 ……それはそれとして、勝手に魔法を作ったことといきなり庭先で魔法を使ったことについては後ほどノア達と共にきっちり叱られてしまったのであった。



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 そんな日から早一年。

 俺も気づけば八歳となり、肉体は日に日に男らしさを身に着け始めていた。最近は学院入学を視野に入れ、両親の提案で講師を雇いながら勉学に励みつつ、休みの時間を使って個人的に魔法の練習をするのが日課となっていた。

 そしてその中で俺は改めて魔法に関する情報を整理しながら、次に取り掛かるべきものについて思案していたのだった。


 今俺が使える魔法は四つ。

 そう四つである。

 はじめて魔法を使ったあの日から一年、俺は四元魔法を全て扱えるようになっていた。この歳で四属性全ての魔法をマスターするような人間はそうそういないらしい。とはいえゼロではないし、そもそもこの四元魔法を扱えるようになることは魔術師としての始まりに過ぎないらしいので周囲の反応とは裏腹にそこまで喜べない自分がいた。


(まぁ、この眼の力のおかげも多分にあるのだろうしな……)


 魔法を使う上で、その魔法をして使えるかどうかが、成功の鍵であるらしいことは教本にも書かれていた。本来であればこの理解とやらのために魔術師の雛たちは時間を費やすのだろうが、俺はその過程を無視している。


 閑話休題。


 ともかく俺は今四元魔法を扱え、そしてその魔法式に刻まれた魔紋を習得している。魔紋という名前は、あの後他の資料を根こそぎ漁った際に、所謂魔法史のようなものがのっている歴史書の一節で使われていた単語である。


 ともかく、今俺が習得している魔紋は七つ。

 地/水/火/風のベースとなる属性の魔紋と、

 深化/拡散/収束/直進の魔法のいわば動き・処理を司る魔紋だ。

 魔法は突き詰めるところプログラミングに似ている。

 ベースとなる属性に対して、直進しろ、拡散しろといった命令を与えることでその内容が変化することはあの日からの魔法の練習や法則の調査から明らかになったことだった。

 そしてこうした情報を知っていく中で己の中で新しい期待のようなものも芽生え始めた。これから先もし他の魔術師に出逢い、その者達の持つ独自の魔法が見られたなら。もしかしたら今よりもっと多くの魔紋を目にすることができるかもしれない、と。

 まぁ、魔術師にとっての四元魔法以外の魔法はいわば秘蔵の研究成果なのだから、そう簡単に見せてはもらえないような気もするが……。


 そうして魔法についての理解を深めていった俺は、先ほど述べたように次やるべきことについて思案を巡らせていた、というわけである。


「ぼっちゃまー、お目覚めですかー?」

「ん……あぁ、起きてるよノア」


 扉越しに掛けられた声にそう返すと、やや少ししてドアが開き、ノアがひょっこりと顔を出してきた。


「おはようございます、坊ちゃま」

「おはよう、ノア」

「むぅ、最近は私が起こす前にいつも起きられているので少し残念です」

「何でだよ……」


 俺が呆れながらそう言うと、ノアはさめざめと泣く素振りを見せながら「だって寝顔が見られないじゃないですか!」と言ってきた。

 正直、見た目通りの年齢なら気にしないだろうが俺の精神年齢からすると妙齢の女性に寝顔を見られるのは気恥ずかしさが大きいので避けたかった。


(まぁ、ノアはエルフだし実はお父様よりはるかに年上という可能性も……なくはないのか)


 流石にデリカシーがないと思いエルフの姉妹の年齢は聞いてないが、エルフという種族が長命であることは知っていたので、何となく想像してしまった俺であった。


 ノアとそんなやりとりをしつつリビングに行くと、そこには何やら悩まし気な顔をしたマイナとレーナの姿があった。


「おはようございます二人とも。どうかしたの?」

「あら、おはようカイル」

「おはようございます坊ちゃん」


 とりあえず何の気なしに聞いてみた。


「いやねぇ……実は裏庭の井戸が壊れてしまったのよ」


 聞いたところ、どうやら普段うちが生活水の確保のために利用していた井戸が壊れてしまったとのことだった。まぁ直るまでの間は領民から融通してもらえばいいらしいが、とはいえ家と家の間の距離を考えればかなりの重労働であることは間違いない。

 この仕事自体は使用人たちが行うことではあるが、母のマイナは根が優しい性格なので申し訳なさそうに頭を悩ませていたという。


「奥様がお気になさる必要はありません。これも使用人の仕事のうちですから」


 そういってマイナに気にしないよう告げるレーナ。

 そんな二人の様子を見て俺はふっと思考が晴れる感覚を覚える。


(そうだな……まずはこの地域の生活基盤の安定化を目標にしてみるか)


 正直順番の問題ではあった。魔法をもっと学び、より多くの知識を積んでからこの課題に取り組むか、それともこの課題に取り組みながら……あるいは取り組んだ後改めて魔法を学ぶか。


(案ずるより産むが易しだ。悩むより思いついたことからやってみよう)


 そう結論付けた俺は、その足で書斎で執務を行っている父の元へと向かった。



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 俺は先ほどのマイナとレーナのやりとりから、この町の生活に対して何か自分なりにできることはないかというところに焦点を当てて行動することを決めた。

 俺が住むこのパルマ領コスターは辺境の田舎町だ。

 そしてこの町に上下水道の概念はない。王都などはまた違うのかもしれないが、さすがにそこと比べるのは酷だろう。

 総じて生活様式としては俺の知る中世以前あたりのイメージが近しかった。


 人々は井戸から生活用水を確保するし、厠とて取っ手をひねって水が流れることもない。

 俺も建築や治水の知識等を持ち合わせているわけではなかったが、少なくとも『水』が人々の生活と切っても切れない関係であることくらいは分かる。

 ならば、自分のできる範囲で生活レベルを向上させられるようなことはないかと考えた時に、真っ先に思いついたのが『魔法』だった。



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「なに? 魔法を使った道具はないのかとな?」

「はい、父上。ないのでしょうか?」


 書斎で目をこすりながら書類仕事に打ち込む父ジューダスに会いに行った俺は、さっそく質問した。


「うーむ……」


 俺の質問に対して何やら悩むような素振りを見せるジューダス。答えはYESかNOかわからないしかないと思うのだが、何故そこまで悩んでいるのだろうか。


「父上……?」

「いやな、そうだなぁ……。結論からいえば、ある」

「本当ですか!」

「ただし、間違いなくお前の想像しているようなものではないということは確かだな」

「と、いうと……?」


 分からないか? といった表情を俺に向けながら、ジューダスは一息入れて続けた。


「まぁ、そうだな。よし、ちょっと出かけるとするか。ノア、カイルの支度を頼む」

「かしこまりました」


 困惑する俺を他所に、ジューダスは出かける支度を始めた。

 俺は、ノアに手を引かれながらその言葉の意味を考えつつ執務室を出るのだった──。

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