第7話 『魔法』を知る その2
(俺の番と言われてもな……)
たしかに魔法を習得したいというのは事実だが、いきなりアレをやれというのは些か無茶じゃないか?
習うより慣れろなんていうのはよく聞く話だが、あのバカげた光景を生み出すほどの力を扱って、もし制御に失敗して自分が爆発四散しましたなんてなった日には俺は毎晩お前の枕元立つぞ、と心の中で思ってしまった。
「ノア、流石に今のをいきなりやるのは難しいんじゃないかな……?それに失敗した時のリスクはないの?」
俺は素直に告げた。
「あれ~? 坊ちゃまもしかして怖いんですか~?」
ほほぅ、言うようになったなノアめ。正直主人(の息子)と従者という関係ではあるが、こういう風に軽口を叩いてくれる間柄でいられるのは俺としても心地良いので今回は不問としてやろう。
「まぁ、そうだよ。もし失敗したら身体が爆発しますなんて言われたら誰だって怖いさ」
俺は気にする素振りもなくそう言った。
「あ~、確かにそういうこともありますね~」
「あるのか!?」
ちょっとしたジョークのつもりだったのにまさかの肯定が返ってきてしまい、俺は思わずそう叫んだ。
「なんて、冗談ですよ~!」
そう言ったノアは舌をペロッと出した。横を見ればレーナも心なしかほっこりした顔でこちらを見ている。
「こいつらめ……」
「坊ちゃん、言葉遣いが悪くなっているよ」
「そうさせたのは誰だよまったく……」
「冗談はさておき、です! 少なくともこの魔法に関してはそういった心配はしないで大丈夫ですよ坊ちゃま。もし失敗しても消費した魔力が戻ってこないくらいですから」
それくらいならまぁ、リスクとは言えないか。
そう思った俺は、ノアに従うまま先ほどの彼女と同じように湖面の縁に立った。すると、彼女から一冊の薄い本を差し出された。
「この中にはさっき私が使った水の聖位魔法の他に、地火風の術式が載っています。いわば教本ですね。駆け出しの魔術師はみんなこの四つの魔法……四元魔法を扱えるようになることを目指すんです」
「なるほど、加えてさっきのレーナの話で言えばこの世界に知られている魔法はその四つしかないからこの教本もこんなにぺらぺらなのか」
「あはは……そういうことです。他の頁にのっているのは、魔術師としての心構えとか、魔力の通し方とか、まぁそう言った感じのことです」
それなら先にそっちを見るべきでは? と少し思ったが、まぁ何か思惑があって実践から始めることとしたのだろうと俺は勝手に納得することにした。だがいつのまにか後ろに下がってのほほんと応援しているノアを見ていると、やはりコイツは何も考えてないんじゃないかと不安になった。
「とりあえず、やるか」
俺はそう独り零すと、左手で本を持ち、水の聖位魔法式が記されたページを開いた。そのまま右手は湖面へと突き出す。
「おっけーです! そのまま、本に書かれた魔法式を右手の先にイメージしてみてください!」
「してみてくださいって言われてもな……」
まぁやってみるしかないか。ひとまず俺は左手にある術式を見ながらそのまま右手の先に同じようにイメージを思い浮かべ始めた。するとまるで俺の意思に呼応するかのようにそこに術式の一端が浮かび上がってくる。
俺は焦らず、そのままイメージを描き続けた。まずは円、そして記号……。一つずつ、丁寧に描いていく。
そして。
「おぉー! すごいです! はじめての魔法で魔法式を構築しきるなんて!」
「たしかに、大抵は途中で集中力が切れて消えるものだけど。さすが坊ちゃん」
「それほどでもないさ」
「「おぉ~」」
いや現在進行形で結構大変だった。さっきの発言は男のちっぽけな見栄だった。このイメージを思い浮かべ続けるのは意外と骨が折れる。少しでも集中を切らすとたちまちこの術式が消えるのが感覚的に理解できた。
(さて、あとは魔力を流し込むだ……ん……?)
俺は自分のつくった魔法式をまじまじと見つめる。すると、先ほどノアが魔法を使ったときと同じように目の奥が少し熱くなる。そして。
(また、見えるな。この記号……いや文字の意味が)
同じだ。『強化』、それに今度は『拡散』や『水』といった文字まで見て取れた。
(水は、まぁこの魔法が水だから刻まれているのは分かるが、それ以外については何故刻まれているのか疑問が残るな)
この魔法式は、行ってしまえば原典だ。他の魔法は、この原典となる四つの魔法式の上に成り立っているらしいというのが先ほどのレーナの言だった。
ならばこの魔法式は普通まっさら……つまり今のように、強化や拡散などというチューンが既に施されているのは少々違和感がある。
(まるで、この魔法式を授けたとかいうカミサマが、魔法を戦い以外の用途で使うなと言っているみたいだな)
だが俺はここで一つ思いついた。
(なら、この有難い魔法式を
何故だかは分からない。
だが俺は、この眼の力があればそれが可能だと直感的に確信することができた。そして、その直感に従うようにそれを試すことにするのだった。
(以前の俺ならもう少しリスクを考慮したり、細かい仮説検証を積み立てたりしていたんだがな)
この世界にきて俺の精神構造に変化があったのか、肉体の年齢に精神が引きずられているのかはわからないが、俺はこの実験を止める気になれなかった。
(そうと決まれば、やってみよう)
「ノア! レーナ! 念のためもう少し離れていてくれないかな!」
「? この辺りであれば大丈夫だと思いますが!」
「姉さん、ちょっと離れよう」
「?? 分かった」
流石レーナ、俺が何かやらかそうとしてることを察してくれたようだ。
俺は改めて目の前に集中する。そして、先ほど組み立てた魔法式の『再構築』に取り掛かる。
---
「レーナ、あれ……」
「うん……あれは、間違いないよ。師匠がやっていたのと同じ、『構築』だ」
私達はいま、坊ちゃんに言われるままに距離を取ってその光景を眺めていた。
光景──。
私達には坊ちゃんが、四元魔法式を元に新しい魔法を生み出そうとしているのが分かった。何故なら私達の師匠もまた、彼と同じように新しい魔法を生み出したことがあり、私達はそれを間近で見ていたからだ。
師匠はそれを、「術式の『構築』である」と言っていた。
だけど──。
「レーナ、坊ちゃまのアレ、師匠のと少し違うよ……」
姉さんが不安げにそう私に言う。
そう。坊ちゃんが今やっていることは、師匠がやっていた構築とは根本的に違うところがある。
「坊ちゃんは、四元魔法式そのものを書き換えている」
かつて、今坊ちゃんがやっているように四元魔法式の中に描かれた記号を削って新しい魔法を生み出そうと試みた者がいたことは聞いたことがある。だがその誰もが、そうして生み出した術式を行使しようとして失敗してしまったことも伝え聞いている。
この話は割とありふれた、いってしまえば魔術師誰もが知っている話であり、この教訓から四元魔法式というものは『侵されざる魔法』……つまり弄っても無駄だというのが共通認識だった。
私の知る限り、新しい魔法というのは基本的に四元魔法式に加える形で作り出されるというのが常識だった。例えば文字を加えたり、円を加えたり……などだ。
だからこそ、今坊ちゃんが目の前でやろうとしていることは私たちの常識ではありえないことだった。
「坊ちゃん……」
いつの間にか両手を胸の前に合わせて、祈るような気持ちで彼を見つめている自分がいた。隣を見れば、姉さんも不安そうな表情のまま、祈るような視線を向けている。
(本来ならこんな危ないことは止めたほうがいい。だけど)
私も姉さんも直感的に察してしまったのだ。これは邪魔してはいけない瞬間であると。それに、途中で声をかけてしまったことで魔法が失敗するリスクがあることもまた事実だった。
(どうか、何事も無いように……)
私達は、そのまま坊ちゃんを見守り続けていた。
---
(できた、な)
どれくらい時間をかけただろう。いつの間にか目の前には、先ほどとは全く違う魔法式が出来上がっていた。
術式の中に刻まれた記号は、『水』のみ。当初の想定通り、水の魔法としての役割を維持したまま、限界まで強化に関係しそうな記号を削ったのだ。
(心配かけてしまってるな)
後ろから心配そうに見守る視線を感じながら、心の中で謝罪した。
「よし」
声に出して気合を入れなおす。想定通りであれば問題ないが、さて──。
もし成功したならば、おそらくここが俺のこれからの未来の分岐点になる。そんな予感が微かにした。
手に力がこもり、魔法式に魔力が流し込まれ、徐々にその輪郭を輝かせていく。
(これがはじまり。俺の人生のようやく第一歩だ)
限界まで注ぎ込んだ魔力で今まさに魔法が行使される。
俺がこの世界に転生して使う、俺と同じく新たに生まれる魔法の名前は。
(名前は──)
「──『
口にした瞬間、魔法式の先からノアの時と同じように水玉が現れる。しかしその大きさはさきほどよりも大きく、サッカーボール並みだった。
たった一つの違いは。
「──ッ!」
俺が力を込めると、押し出されるようにして水弾が飛んでいく。
空を切るようにして放たれたソレは、少し先の湖面にそのまま突っ込み、そして、控えめな水しぶきを上げながら、湖へと沈んでいった。
「……成功か」
俺は思わず力が抜けてどさりと座り込んでしまった。自分の中に意識を向けるとほとんど魔力を消費していないことが分かったが、どちらかといえば精神的疲労が大きいようだ。
「坊ちゃま~~~~!!」
そんな俺の方に、ノアとレーナが駆け寄ってきた。
「坊ちゃま、今のは何なんですか! というかいきなり構築なんて危ないことして! 何かあったらどうするつもりだったんですか! というか私はすごい心配しました!」
「姉さん、どうどう」
荒ぶるノアをレーナが宥める。
「ただ、今回ばかりは私も姉さんと同じ気持ち。せめて一言相談してほしかった」
「ごめんなさい……」
俺は素直に二人に謝った。これは全面的に俺が悪い。
「もう……、坊ちゃまったら。次やったらしばらくお口聞いてあげませんから!」
「どれくらい?」
「う……い、半日くらい……」
「あははっ」
「もうっ!!」
ぷんぷんと怒るノアに暖かな気持ちと申し訳なさとが入り混じった感情を持ちながら、俺達はしばらく湖面の方を見つめていた。
「今日は、帰りましょっか!」
「そうね。なんだか私も疲れた」
「うん、僕も賛成」
そう言って俺達は立ち上がり、ゆっくりと家路へとついたのだった。
いつの間にか辺りはすっかり日が暮れていた。
「あ、でも今回のこと。きちんとご主人様たちに報告しましょうね! もし怒られるときは私達も一緒に怒られますから!」
「うへぇ……」
やっぱり帰りたくなくなってきたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます