第6話 『魔法』を知る その1
「まずは、魔法とは何かというところから始めましょうか」
ノアはそう話し始めた。
「ん? でもそのあたりは以前父上から話を聞いているけど……」
「それは、魔法とは何かというより、魔法は何のためにあるかみたいなお話だったんじゃないですか? それこそ政治とか、役割とか」
「あー、正にそれだった」
「そうですよね。まぁそれも魔法の一側面ではありますが、先ほども言ったようにそれは、魔法とは何かという問いへの答えではありません。なので魔法を覚えるにあたり坊ちゃまにはまずそこから覚えて頂きます」
俺はその言葉にこくりと頷く。すると満足そうにノアは続けた。
「まず、魔法とは何かについて。魔法とはそのものずばり事象の改変、無から有、あり得べからざるを成す力のことを指します。といっても、先生の受け売りですが……」
「いや、何となく言いたいことは分かるよ」
「分かるんですか! 坊ちゃまはさすがですね! えへへ」
ノアは俺はレーナが何かするたびに自分のことのように嬉しそうにするので、そういう朗らかさが俺にとっての癒しポイントでもあった。
「姉さん」
「お、おほん! 坊ちゃまは魔法等級についてはどこまで知ってるんでしたっけ」
「えーっと……、魔法のランクとして、神位・超位・そしてそれ以外に大別されるってことくらいかな」
「はい、その通りです。魔法には大きく分けて三つの等級があります。では、何故この三つに分けられるのかは分かりますか?」
理由……、威力とかだろうか。だがそれだと魔力量の多い人間が使った魔法はどうなるんだとかいう話にもなるか……。ひとまず思いついた無難な回答を口にする。
「威力?」
「正解! といいたいところですが、厳密にはちょっと違うんですよね。正解は、種類です」
「種類? 水とか風とかそういう属性みたいなもののこと?」
「うーん、たしかに魔法にも属性があります。地水火風の四大元素と呼ばれるものが。ただこれは、実は先ほどの三等級で言えば、『超位か、それ以外』に含まれています」
なるほど、ということは神位はまさしく別格というわけか。
「正解はこうです」
そういって、ノアはその違いについて説明してくれた。
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神位:
世界の制約や概念・法則にすら影響を及ぼす魔法であり、この魔法を扱えた者は金等級の魔術師だけと言われている。ただ神位も金等級も最早伝説上の人物……御伽噺のレベルだという。
超位:
最低でも一国、あるいは大陸レベルにまで物理的影響を及ぼすことすら可能な魔法。これは白等級以上の魔術師が扱えるとされ、その情報は国家機密レベルらしい。
それ以外:
魔術師の間でこれらは『聖位』と言われるらしい。曰く、神との聖約を交わした者たちの始まりの位階であるという意味らしいが……ノアもよくわからないらしい。
物理的影響を与える点では超位と同じ。しかし、その威力や範囲においては劣るらしく、例えば辺り一面……程度では聖位の範疇でしかないらしい
最も、一般的に魔術師の間で広く認識されているのはこの位階の魔法であり、ノア達が扱えるのもこの位階であるとのことだった。
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「なるほどね……」
一通りの説明を聞いた俺は、魔法に対する認識を改めて再確認することとなった。
やはり魔法というのはこの世界においては兵器でしかないのだ。平民には過ぎた力。故にこの力を日々の暮らしに活かそうという発想に行きつかない。
もしかしたら、そうした考えを持つ魔術師もいるのかもしれないが、現実こうして人々の暮らしに目に見える成果がないところを見るに上手くいっていないのだろう。
「ふぅ~」
一通り話し終えたノアは一息つくと、納得した様子の俺を見てにこりと笑って言った。
「まぁ、そういうことなんです。魔法っていうのはとってもすごいけど、とーっても危険だっていうことさえ分かってもらえればいいです」
「良くわかったよ。それで、さ」
俺は、ここで少し彼女たちに自らの疑問を聞いてみることにした。
「この魔法を、例えば生活のために改良したりとかっていうことはしなかったの?」
「んー?」
俺の問いにノアは首を傾げ隣のレーナを見るが、レーナも何のことだろうと言った様子で俺たちのことを見ていた。
「例えば、水属性の魔法もあるんでしょ?」
「はい、ありますよ」
「じゃあ、例えばそれを蛇口……今みたいに井戸から水を引いて使うんじゃなくて、魔法で水を出すようにするとかってことには使ったりしないの?」
「そんなことしたらお屋敷が吹っ飛んじゃいますねぇ」
くすくすと笑うノア。
(やはり、か)
俺は続けた。
「確かに今ある魔法をそのまま使ったそうだろうけど、例えば威力を落とすとか、範囲を狭めるとか……」
「うーん……坊ちゃまの言いたいことは何となくわかるんですが、こればっかりは見てもらった方が早そうですね」
そう言ったノアは俺に背を向け、とてとてと歩き出し、湖の際に立った。
そして、ゆっくりと俯き、両手のひらを前に突き出した。
「坊ちゃん。今から姉さんが水の魔法を使う。危ないから少し離れて」
いつの間にか寄り添うように俺のとなりに立っていたレーナと共に、俺は少し距離を取る。
「魔法は、頭の中で魔法式…円とその中に内在する記号のようなものをイメージして、そこに自分の魔力を通すことで発動する。見て」
レーナの言葉につられてノアの方を見れば、ノアの手のひらにはいつの間にか彼女の上半身ほどの大きさの円状の光輪と無数に連なる文字のようなものが浮かんでいた。
微かにノアの表情も緊張しているように見える。そして、俺はじっとその円を見て……
「ぐっ!?」
「ぼっちゃん?」
「だ、だいじょうぶ……!何でもないよ」
今、魔法式とよばれるものを見た瞬間、両目の奥が焼けるように熱くなった。まるで俺がこの世界に来た時に自称カミサマから何かを与えられた時と同じように。
俺は違和感を覚えながらも再びそのノアの方に目を向ける。すると。
(なんだこれは……)
先ほどまでは理解不能な記号の羅列でしかなかったソレら一つ一つが、今は意味を持つことを感覚的に理解できるようになっていた。知識として知っているわけではないのに、記号の一つ一つがどんな役割を持つのかを。
(あの記号は、『水』……。アレは、術の威力を高める……『強化』か……?)
まさか。
(ここにきて贈り物とご対面というわけか)
この世界に来て数年。正直与えられた力のことは思考の奥底に仕舞い込んだままだった。どれだけ試行錯誤しても使い方が分からず仕舞いだったコレを当てにして生きるより、使えないことを前提に動いたほうが建設的だと思ったからだ。
それがまさかこのタイミングで現れるとは。
(今ある情報から分かるのは、少なくともこの眼は魔法……厳密に言えば魔法式に反応することくらいか)
あとは、コレの使い道だ。あの記号の意味が理解できるということはつまり……
「──っちゃん。坊ちゃん」
「ん……?」
声の方向を見れば、心配そうにレーナがこちらを見ていた。
「どうしたの? 体調がすぐれない?」
「あ……」
どうやら思考の海に呑まれてしまっていたらしい。今まさにノアが魔法の実演をしてくれているというのに。俺は反省しつつレーナに大丈夫だと告げた。
するとレーナも少しホッとした様子で、口を開いた。
「これから使うのは、水の聖位。そして、広く普及する魔法の書物……教材に記された聖位の魔法は四つしかない」
「え?」
「魔法というのは地水火風の四属から成るという話はさっき姉さんがしていたよね」
俺はこくりと頷いた。
「そして、この世界に初めて魔法が生まれた時、神様は四つの魔法式を人に授けたんだ。それが地・水・火・風の聖位魔法式。……ちなみにこの基本となる四つの魔法でもとても多くの魔力を使う。同じ魔力等級の中でも幅はあるけど、青等級くらいの人が使うとしたら精々一発が限度」
そして、と続けた。
「今魔術師たちが扱う魔法は全てその四属の魔法式を原型として生み出されている。だからこの四つの術式は誰もが知っているけど、個々の魔術師が生み出した魔法は、一般に公開されないんだ。それこそ家系・血筋によって脈々と受け継がれていくことが多い」
「なんてこった……」
「ん?」
俺はレーナが不思議そうに見ていることも忘れ、想像以上……いや想像以下の事態に益々頭を悩ませていた。
(この世界の魔法体系は一体どうなっているんだ。つまり世界に広く知られている魔法はたった四つしかないってことか!?)
今まで魔法というのは何だかんだメジャーな存在だと思っていた。しかしそんな考えすら甘かったようだ。
広く人々に、生活を豊かにする術として魔法を用いるつもりだった俺にとってコレは衝撃的すぎる情報であった。
云々と頭を悩ませる俺に、レーナが声をかけた。
「坊ちゃん、来るよ」
「ん?」
レーナが指さした先、ノアの方を見れば、光輪は最早限界と言えるほどに輝きを増し、今まさに爆発するんじゃないかといほどのエネルギーのようなものを感じた。
「あ、あれは大丈夫なの?」
思わず聞いた俺に、レーナは落ち着かせるように答えた。
「大丈夫。でもしっかりと見ていて。あれが……魔法というもの」
そして。
「……すぅ」
小さく、そして深く吸い込んだノア。そして大きく吐き出しながら叫んだ。
「──『アルケアクアッ』!!!」
すると、光輪の先から小さく輝く水玉のようなものが現れ、足元へと落ちていった。
そしてその玉が湖面に落ちる。
瞬間
「ぐうううっ!?」
爆音と衝撃と共に湖面の水が絶壁のように立ち上がり、そのまま全てを飲み込む高波のように突き進んでいく。
そして、湖面の先まで届いたかというところで再びの衝撃音。
ドバァン! という音と共に、叩きつけられた水から舞い上がった水しぶきが、雨のように周囲一帯に降り注いでいった。
「な、な……」
「どう? これが魔法というもの。ご主人様方が心配された理由も分かった?」
「あぁ……よく理解した……」
「? なんか口調が変になっていない?」
「あっ……、ごめん、ちょっとびっくりして」
そう、とレーナは言ってノアの方に向かって歩いて行った。そして、へなへなと座り込むノアの背中をさすっていた。
「ふぇ~……づがれだ~」
「よしよし……お疲れ姉さん」
「お疲れノア、ありがとう。凄いものを見せてもらったよ」
「坊ちゃま……。えへへ、そう言ってもらえたら見せた甲斐があったというものです」
にへらと笑うノアにつられてこちらも微笑みつつ、改めて湖面に目を向けた。
「それにしても凄いね……正直ある程度期待値は大きめに想像していたけど、その想像すら超えて来た」
「そうですか? 私達からすると魔法ってこんなもんだーっていう認識があったので、むしろこれくらいなんだなぁって納得しちゃった記憶があります」
「そうね、私も姉さんもエルフという種族柄、よく聞く御伽噺や逸話からも魔法はもっとすごいものだという感覚を持っていた気がする。そういう意味では坊ちゃんは不思議な感覚を持ってるね」
(不思議、か……)
元の世界における創作上の魔法ってやつは、俺の知る限り今の魔法でもかなりすごいレベルだと言われることが多かったんだけどな。
「これが、魔法。そして当然だけどとてつもない魔力を消費するから並みの人では姉さんのように消耗してしまう」
レーナがそう補足した。
「なるほど、本来は規定の魔力量を消費して、規定の威力の魔法が発動するのが原則なんだね」
「その通り」
「ごめんねノア。無理をさせてしまったみたいだ」
「いえいえ! 坊ちゃまに魔法を教えると言ったのは私ですから! それに少し休めば回復しますしね」
「そっか。とはいえ、ありがとうございました」
俺は二人に向かって深々と頭を下げた。
「わわっ!? ぼ、坊ちゃま! 頭を上げてください!」
「そ、そうだよ。私たちは使用人、頭を下げる必要なんて」
「立場に関係なく、人に教えを受けた時にきちんと礼節を尽くすのが正しい人の在り方だと僕は思うんだ、だから素直に受け取ってくれると嬉しい」
今回の魔法の修練も、こうして魔法を実際に見たことも、この眼のことも。この二人がいなければあり得なかった経験だ。俺はこの経験を経てまた一つ成長することができた。ならば、その機会を与えてくれたことには素直に感謝する。
俺は、昔そう教わった。××から──。
(なんだ、俺は誰から教わった?)
この感覚は、あれだ。初めてカミサマとやらとあった時、俺の名前を思い出そうとした時と同じだった。
(どういうわけか記憶に霞がかかったような感覚だな……)
不思議と怒りは沸かなかった。それはこの記憶の人物が俺とどういう関係だったのかすら思い出せないからだろうか。ともかく今手持ちの情報だけではその理由、答えは出ないだろう。
俺はひとまず記憶の件については保留とすることにした。
「ともかくですね!」
俺の思考を打ち切るようにノアが口を開いた。
「今度は坊ちゃまの番ですよ!」
「え?」
唐突に振られた俺は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。
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