第5話 魔法と父と説得と

 そんな決意をして次の日。

 さっそく俺は壁にぶち当たっていた。


「お願いします!」

「ダメだ!!」


 もう何度このやりとりをしただろう。未だに俺はジューダスから魔法の修練許可を貰っていなかった。しかも今回ばかりは俺に甘い母のマイナも


「流石にその歳で魔法の練習をするのは危なすぎるわ……」


 とジューダス側に立っていた。勿論、両親がここまで反対する理由も分からないではなかった。


 この世界の常識として、魔法とは破壊兵器であり、その練習ともなれば一歩間違えれば自分を、あるいは周りの人間に被害が及ぶ可能性すらある。ただこれは、適切な人物に師事すればある程度は解決できる話ではある。

 一番の懸念は、やはり俺が魔法に深く関わりすぎることなのだろう。

 学院の研究の一環として魔法を学ぶのはいい。しかし、もしも本格的に魔術師としての道を歩むこととなれば、国の抑止力としての役割……場合によっては戦いに赴く可能性すらある。

 両親からすれば、領主の跡継ぎとして安定・安全な生活を送って欲しいというのが本音のところなのであろうことは、普段の二人を知っている俺からしても当然察することが出来た。


 とはいえ、だ。


「父上、私は強くなるために魔法を学びたいのではありません。私は、我が領地に住む領民達が、引いてはこの国、世界に住む人々の生活が幸せになる方法を探るために魔法を学びたいのです」


 少々高尚に取り繕いすぎた言い回しではあるが、割と心から出た言葉だった。


「お前の魔法に対する考え方も、その想いも、これまでの話からちゃんとわかっているつもりだ。だが、魔法というのはお前が思っている以上に難解で、政治的で、はっきりいって子供のお前が戯れに触れて良い領分ではないのだ」

「戯れで話しているつもりはないのです!!」

「むぅ……」


 さて困った、といわんばかりに顔を曇らせる両親。そして決して譲ろうとしない俺。悪戯に両親との関係を悪くしたいわけではないが、この先の俺の目標のためにも、ここはどうしても譲ることのできないラインだった。


 今回も話は平行線かと、そう思いかけた瞬間──


「あの!」


 突如後ろから掛けられる声。

 振りかえればそこにはノアとレーナが立っていた。

 ノアは続けた。


「ご主人様、奥様。失礼を承知でお願いしたく存じます、どうかカイル坊ちゃまに魔法の修練を許可してはいただけないでしょうか!」

「私からも、どうかお願いいたします」


 ノアに続けてレーナもそう言いながら頭を下げた。


「む、むぅ……二人まで」

「まぁ……」


 まさかこの二人から頼まれるとは流石の両親も想定外だったのだろう。面を喰らった表情をしていた。


「私たちは決して魔法の才があるわけではありませんが、それでも昔故郷で最低限魔法の修練は積んできました。魔法の危険性、扱い方、向き合い方。そういったことであれば坊ちゃんにもお教えできると思うのです。ですからどうか、そういったことからでも魔法に触れさせてあげては頂けないでしょうか」


 レーナはそんな両親に向かってダメ押しとばかりに続けた。


「し、しかしなぁ……」


 なおも渋るジューダスに対して、横にいたマイナが口を開いた。


「貴方、私達の負けのようです。これ以上渋るのは、私達にとっても、何よりカイルのためにも良くないわ。ノアとレーナが信頼に足る人物であることは貴方もよくわかっているでしょう? その二人がここまで言うのです。ここは信じてみませんか?」

「む、むぅ……」

「貴方!!」

「わ、わかったわかった! 許可する!」


 ピシャリ、とマイナに言われたジューダスは、思わず背筋をピンと正しながらそう答えた。やはりどこの世界も、一番強いのは母親なのだろうかと内心そんなことを考えた俺だった。


「とはいえ、だ。魔法の修練を開始するならまずは場所の選定と、住民達への周知から始める必要がある。そのあたりはどうするのだ」


 そう質問したジューダスにノアが答えた。


「町の南にある湖で行おうと考えています。あの辺りは魔物もいないですし、用事でもない限り人もいないと思うので! 住民の皆さんへは明日私達の方から連絡を回しておきます!」

「当日も、私の方で人がいないかは確認しながら魔法を使うつもりですので、ご安心下さい」


 そうレーナが補足した。


(連絡……? さすがに魔法の練習でそんなことをするのはやりすぎじゃないか? 軍事演習でもあるまいし)


 内心そう思っていた俺だったが、それこそが甘い考えだったと思い知ることになるのは、実際に当日を迎えた時だった。



 



 両親を説得した日から二日後、俺はノアとレーナに連れられて町の外れにある大きな湖を訪れていてた。

 周囲は開けており、湖面は太陽の光に照らされて爛々と煌いている。用事が用事なら絶好のピクニック日和だった。普段であればこのあたりも、時たま釣りや休暇で訪れる人を見かけることがある。

 だが、今日ここにいるのは俺達三人だけだった。


「さて、坊ちゃま。まず魔法を始める前に大切なことを教えます」

「ん? 何?」


 ノアはすぅ、と息を吸い込むと、ゆっくりと口を開いた。


「まず、私とレーナの魔力等級は青。お世辞にも魔術師と呼べるほどの魔力は有していません。ですから、これから坊ちゃまに教えるのはほんとーに基礎の基礎になります」


 ちょっと意外だった。というのも、こう言ってはなんだが俺の中でエルフというと魔法が得意みたいなイメージがあったからだ。

 そんな俺の様子を察してか、ノアは言葉をつづけた。


「まぁ、私は故郷でも落ちこぼれでしたから……あはは。エルフの民は基本的に紫等級以上の魔力を持って生まれてくることが多いんです。とはいえ、エルフには弓術もあります。レーナなんて、弓術では敵なしだったんですよ! むふん!」


 そう言って慎ましやかな胸をずん、と張るノア。


「ちなみにノアは何が得意だったの?」

「え゛? そ、そうですねぇ……、お、お料理とか……」

「……」

「うぅ……」


 思わず黙ってしまった俺を見てしょぼんとするノア。俺もこの反応はちょっと失礼だったと思い訂正しようとすると


「姉さんは、魔法が得意なの」

「え、そうなの?」


 そうフォローしたのはレーナだった。


「確かに姉さんと私の魔力等級は低かったけど、姉さんには魔法の才能があった」

「えぇー、でもそんなの何の役にも立たないからなぁ……」

「そんなことないよ。だって魔法式の構築も魔法の行使も、それに魔力の使い方も。どれもすごい上手だったから、一発魔法を撃つだけなら姉さんより早く魔法を撃てる人なんていなかった」

「うぅ…、れーなぁ……」


 感激といった様子でレーナを見つめるノア。なるほど確かに、レーナの言っていることは至極正論だった。魔力等級など所詮は目安でしかない。


「ともかく、姉さんの魔法は丁寧だから、坊ちゃんも安心して指導してもらうといい」

「うん、わかった!」

「うん」


 俺の言葉に満足したのか、レーナは頷いてそのまま黙ってしまった。


「よーし、やるぞー!」


 気を取り直してそう叫んだノアとともに、俺たちは魔法の修練を始めることになったのであった。

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