第4話 決意の一幕
屋敷を上げてのお祭り騒ぎから一夜明けて。
俺はさっそく、待ちに待った魔法について学ぶべくジューダスの書斎を訪れた。
「なるほど、魔法を学びたいのか」
「はい、父上」
俺の心は、早くも魔法そのものではなく、魔法を使ってどのように暮らしが豊かに、そして便利になっているのか。そして更に便利にするためにはどういうアクションがとれるかという部分にシフトしていた。
しかし、そんな俺の思いとは裏腹にジューダスは困ったような顔をしながらこう告げた。
「カイル。魔法を学びたいという情熱は理解できるし、幸いなことにその素質がお前にはある。しかし、魔法というのは一つ扱いを間違えれば大きな被害を与えかねない強力な力なのだ」
だから、とジューダスは続けた。
「魔法についての勉強は、お前が十歳になって王都の学院への入学資格を得てからにしなさい。そこから魔法について正しく勉強し、精進するのだ」
「な……」
俺は思わず声を出して驚いてしまった。まさかこの期に及んでまだ魔法を教えることを渋られるとはさすがの俺でも想定外の展開だった。
動揺しながらも、俺は聞いた。
「父上の仰ることもよく理解できます。その危険性についても。ただ、それはそれとして低レベルな……例えば火の玉を出すとかそういった誰でもできる簡単な魔法などなら今から覚えても問題ないのではないでしょうか? むしろそうした下地があるほうが先々学院? というところでの評価にも繋がると思うのですが」
「む……?」
俺の言葉にジューダスは首を傾げるようなしぐさを見せ、直後ハッとした顔をしながら俺に告げた。
「そうか……お前にはまだ魔法というものがどういうものなのか、根本的な部分を教えていなかったな……」
失敗したといった表情でそう言ったジューダスに俺は思わず質問した。
「魔法がどういうものか……ですか? 程度の差こそあれ、魔法は魔法……つまりこの世ならざる事象を具現化する力のようなものだと思っていたのですが。たとえばそれこそ何もないところから火を生み出すとか」
「いや、お前の理解については概ね正しい」
概ね、というと何かが違うのか。
「いいか、カイル。先ほどのお前の言葉に例えていうなら、そもそも火の玉を出す魔法などというものは存在しない」
「……?」
「だが、大地を焼き尽くす業火を生み出す魔法は存在する。私の言っていることの意味が分かるか?」
「まさか……」
「そういうことだ」
ジューダスはふう、と息を吐き出しながら俺の言葉を肯定した。
つまりこういうことだ。この世界には簡単な魔法などというモノは存在しないと言っているのだ。
信じられないといった顔をしている俺を見て、ジューダスは言葉をつづけた。
「何故お前が魔法というものにそのようなイメージを持っていたのかは分からない。というより私自身、魔法を
そういったジューダスは少し神妙な面持ちで俺に、この世界における魔法というものについて説明を始めた。
***
曰く。
この世界に魔法は存在する。しかし、ここでいう魔法とは俺が元居た世界でいうならばまさに『戦略兵器』に位置付けられる存在を指していた。魔法には幾つかの位階、つまりはランクがある。それは大別して強力な順に以下のように分けられる。
神位
超位
それ以外
そう、たったの三つである。そして、それ以外として括られた中の魔法でも簡単とされる魔法ですら、辺り一面を焦土と化してしまうほどの威力を持つというのだからいよいよ笑えない。
「この世界で魔術師を志す者は皆、神位の魔法を行使できるようになることを至上の目標としている。あるいは、それ以外に括られる魔法を改良することで神位と同等の力を発現させることを、だ」
俺はそこでようやく、この世界における魔法の役割を正確に理解したのだった。そして、頭の中で思い描いた答えをそのままジューダスに伝えた。
「つまり、この世界における魔法の役割とは、抑止力であることですか」
「その通りだ、流石に理解が早いな」
抑止力。
それは軍事的役割である。簡単に言ってしまえば、「もし手を出したらお前もただでは済まないぞ(だから手を出すな)」ということを暗黙的に相手に伝え、行動を抑制する力のことだ(最も、別の意味もあるらしいが)。
元居た世界で言えばそれがミサイル・爆弾といったものだったのだろうが、この世界においてはその役割は魔法が担っているということだ。
そして、抑止力とは個人が……例えば一介の平民が持っていい力では、当然ない。だがこの世界においては、魔力量というもって生まれた資質によって、望む望まざるにかかわらずその抑止力を手に入れる権利を与えられてしまうわけだ。
「随神の儀。あれは、単に個人の魔力量を測るだけでなく、もし力を持った者が現れた場合は国がその身柄を引き受けることで、個人ではなく国の力として管理するための、いわば検査のようなものだったということでしょうか」
「そうだな……そういう側面がないわけではないだろう。ただ、この国においては決して自由を制限されることと同等ではない。あくまでその力を行使するために学ぶ権利を与えられるだけに過ぎない」
「なるほど……」
俺が納得した様子を見せると、ジューダスもホッとした様子になった。そして、そのままこう続けた。
「なにはともあれ、お前にはウェストラッド家の長男として家督を継ぎながら、同時に学院で学び魔術師として大成する道もあるということだ。それは決して悪いことではないはずさ」
「そうですね、選択肢は多いに越したことはないと思います」
「だろう?」
カカッと笑うジューダスとは裏腹に、俺は全く別のことに頭を悩ませていた。
(想定外だ、俺の想像では、冒険者なら暗い洞窟で灯り代わりに使うとか、魔法っていうのはそういうものからそれこそ戦略級のものまで幅広くあるものだと勘違いしていた……先入観・固定観念、言い訳はいくらでもできるが、問題はそこじゃないな)
そう。
俺が欲しかったのは、人々が豊かに・便利に生活できる基盤となれる魔法だった。だがこの世界の魔法体系は、兵器としての性質を強く帯びたものとして扱われている。だからこそ、もし仮に俺が目指す魔法の在り方を追求するにしても、慎重に進めなければいけない。
例えば俺が何かのきっかけで魔力をほとんど持たないものでも相手を一人燃やしつくせる魔法を開発したとしたら?それはこの世界の抑止力の、あるいは戦における魔法の存在理由の一角を崩しかねない。
(慎重に、俺が望む未来に向けての最善の道を、最悪を想定しながら進まなければいけない)
そして同時に、この世界の魔術師と呼ばれる人間に対しての怒りがふつふつと湧いてきた。
(魔法という力がありながら、力だけを誇示し、それのみを追い続ける姿勢に誰も疑問を持たないのか? この力をきちんと扱えば、人々の暮らしはもっと豊かになる可能性だってあるのに)
価値観・固定観念、魔法とはそういうモノだと生まれた時から教わっていれば仕方がないともいえる。むしろこの世界からすれば俺の感覚こそが異端なのだろう。
だがしかし。
それでもなお、俺はこの力は広く人々の役に立つ力であるという確信があった。だからこそ。
(魔力の素質がある者としてのノブレスオブリージュ……などというつもりはない。これはもしかしたらただの身勝手なのかもしれない。ただ俺は、俺の信じる道に基づいて)
この世界での己の歩む道を再定義する。
この世界の、魔法の在り方を、人々の暮らしを、変えるために。
「改革を、断行する」
俺の決意は、夜の闇に静かに消えていった。
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