第3話 運命の回り始める音

 それから数年。

 あれから俺は両親やノアとレーナに相手をしてもらいながらこの世界のことや家のことについて知っていった。


 まず俺とウェストラッド家についてだ。

 俺の家はダリア王国はパルマ領の領主にあたり、王国においては男爵位を授けられており、領内にあるコスターという町に居を構えている。


 その中でカイル……つまり俺はウェストラッド家の長男であるから、何もなければ必然的に俺がこの家と領地を継ぐこととなるのだろうか。

 血のつながった家族は両親のみで、俺は一人っ子だ。とはいえ、ノアとレーナのような使用人も一つ屋根の下で暮らしているのもあって家族同然といった感じではある。


 また、コスターという町は王国の真南に位置している、身も蓋もない言い方をしてしまえば辺境の田舎町である。


 主要な産業は畜産農業。外を見やればとても牧歌的な風景が広がっている。最も幸いだったことは、領民からのウェストラッド家に対する印象がかなり良かったことだ。


 転生したら反乱寸前でした、なんて洒落にもならない。

 どうやら我が父ジューダスはとても上手く領地運営を行っているらしい。王国側から時折来る使者も基本顔なじみらしく、今後のことや王国の内情について話し合いながら笑顔を見せていた。これが本心からの笑顔だとするなら、王国側が無茶苦茶な統治をしているということもない……のだろうか、確信はもてないので断言はできないが。


 総じて、極めて平和だった。そんな中では色々と遠回りなことも多かったが、俺の頭の中はともかく身体はまだ子供であり、独り立ちもできていない状態で転生前のように立ち回ることは要らぬ問題を引き起こしかねないと判断し、この世界に来た新参らしく振舞っていた。


 そんな中、俺はとうとう待ちにまった日を迎えることとなる。


 ──『随神の儀』


 それは五歳の節目に行われる祭事で、この世界における最大宗教であるカーナ教の儀式だ。子供たちはこの儀式を通して自らの持つ資質について知ることとなる。


 ここでいう資質とは、端的に言えばその者の持つ魔力量のことである。


 この世界の人々は、みな生まれながらにして魔力を宿している。魔力量の少ない者もいれば、多い者もいる。そして、この世界において魔力の多い者とはそれだけ神に愛された存在……そうされていた。

 とはいえ、魔力量が少なければ迫害されるのかと言えばそんなことはない。ただ、選択肢が少なくなるだけだ。魔力が多い者は魔法を用いることができ、王宮に召し抱えられることもある。稀に農民の出からそういった地位に上り詰めたものもいたらしい。


 ともかくだ。この儀式が行われるということはつまり、これから本格的に魔法の修練を積むことができるということだ。


 この世界に来て、今までずっと魔法に触れることは両親から固く禁じられてきた。それは魔法というものはやはり危ないということもあるだろうし、この儀式で万が一才能がないことが分かった時に悲しい思いをしないようにとの配慮もあったのだろう。だがこれでようやく魔法に触れることが出来る。それが俺は何よりうれしかった。


(結局今まで誰も、俺に魔法を見せてはくれなかったからな……早く見たい)


 俺がどれだけ両親やノア、レーナに頼んでも、皆一様に苦笑いしながらお茶を濁すばかりだった。


(それに、結局今まで『コイツ』がどういった力なのかも分からずじまいだったな……)


 そう、自称カミサマとやらから渡された魔眼の力は、結局この歳になっても使うことが叶わなかった。

 そもそも魔眼とはどう使えばいいのか?その使い方を調べるために人目を盗んで父の書斎を漁ったこともあったが、魔眼のことはおろか関係のありそうな魔法の書物も見つけることが出来なかった。


 あのカミサマとやらが嘘をついた可能性も否定はできないが、そんなことをする理由も分からない。現状の情報だけでアレコレ理由を考えても仕方がないと結論づけた俺は、ひとまず魔眼の問題は置いておくこととしたのだ。


「次の者、こちらへ」

「カイル、司祭様に呼ばれたぞ」


 これまでのことを思い返していると、唐突に声をかけられた。

 どうやら他の子供たちの儀式が終わり、とうとう俺の番となったようだ。

 周りを見れば、結果に喜ぶ者、落胆する者……悲喜こもごもといった様子だった。


「カイル」


 司祭に名前を呼ばれ、俺は司祭の前にある分厚い本の前に立った。


「左手を、この本の表紙にのせなさい」

「はい」


 俺は素直に従い手を本の上にのせる。すると徐々に本が光始め、一瞬掌が熱くなったかと思うと、徐々に光は収まっていった。


「お疲れ様でした。もう手を放していいですよ」

「はい」


 俺はゆっくりと手を放し、先ほどの本を見た。

 すると、本の表紙にくっきりと俺の手形が現れていた。色は、黒。


「ほほぅ……!」

「おぉ……!」


 それを見た司祭とジューダスは、ひどく驚いたような顔をした。


……久しく見ていなかったが、まさかこの町で見ることになるとは」

「カイル! おめでとう! 本当に良かったなぁ……!」


 司祭は感慨深げに本を眺め、ジューダスは俺の肩を揺すりながら大喜びしている。


 等級。

 それはこの世界における魔力量を色によって表したものである。

 最上を金色として、白・黒・紫・青・緑と分けられる。一般に多くの人々は青や緑となることが多く、紫以上になると魔法使いを目指すことが、黒以上になれば宮仕えの魔術師となる素養があることを意味していた。


 ちなみに、白の等級を持つ者は世界でも名を馳せる者達ばかりで、金に至っては過去の歴史を紐解いてもほとんど存在しない……いたとしてそれが実在したのかすら定かではないほどの存在らしい。


 つまり俺は現時点では魔法を扱う素質ありと判断されたわけだ。おかげで魔法を習得する機会を逃さないで済みそうだ。

 喜ぶ父を後目に、俺はそのことで安堵するばかりであった。


 儀式を終え、家に帰宅した俺達を迎えたのはマイナ・ノア・レーナを始めとした屋敷の面々だった。皆緊張した面持ちで俺たちを見ている。


「あなた……?」


 そう口火を切って名を呼ぶマイナに対し、ジューダスは一瞬キリとした顔をしたかと思うと、次の瞬間破顔しながら大声で叫んだ。


「……黒だ!!!」

「うそ……」


 いや、なんだかそこだけ聞くとまるで俺が犯人みたいなので正直やめてほしい。

 マイナのとなりを見るとノアは口元を抑えながら涙目になっており、レーナもいつものクールな表情を崩して驚いてる。


「やっぱりこの子は、神童よーーーッ!!!」


 人生二度目のマイナの絶叫は、その夜の屋敷を盛大に盛り上げることとなった。

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