第2話 カイルという少年

 自称カミサマとの対話のあと、次に俺が目を開けた時にまず感じたのは暖かい日の光、そして上手く動かない自分の身体だった。


「あぅ」


 言葉もうまく出せない。なんとか視線を己の身体に見やれば、成程俺は赤ん坊となっていた。手足の自由もきかず、言葉も出せず。転生したら何をしようかと若干わくわくしていた俺だったが、そんなことよりも先に解決しなければいけない課題があるようだった。まずはすくすくと育たなければいけないわけだ……。


「――! ……――」

「……―― ――……」

「――!」


 何か言葉のようなものが聞こえるなと視線を動かせば、俺に向かって話かけてくる二人の男女がいた。多分、俺の両親にあたる人物だろうか?

 表情を見ればとても優しげで、微笑み合いながら会話をしている。好意的な解釈をすれば俺の存在を喜びあってくれているというところだろうか……そう信じたい。


 ともあれ、そういった人物が両親であるという状況は素直に喜ぶべきだろう。転生したらとてつもなく悲惨な家庭環境……もしくは家庭というものすらない状況だったら地獄だったはずだ。その点についてはカミサマとやらに感謝しておくことにした。


 俺がそんなことをひとしきり考えていると、不意に猛烈な眠気に襲われる。いくら思考は一端でも肉体は赤子のソレのようだし、寝足りないのだろうか。ひとまず自分が置かれている状況については今後じっくりと理解していこう。

 そう思案しながら俺の意識は再び暗闇に落ちていった―……。



 ---



 あれからどれくらいの時間が経っただろう。この部屋にはカレンダーがあるわけでもなかった。子細に数えてるわけではないが、少なくとも八か月くらいは経っただろうか。


 俺はというと、大分この世界を受け入れ始めることができていた。

 いくら事前に告げられていたとはいえ、転生などという尋常ならざる状況・見知らぬ土地・見知らぬ人々。新しい環境どころか新しい世界だ。気づけば赤子ながらに気を張っていたし、この日常を俺にとって当たり前であると受け入れられるのに多少時間がかかったのも無理からぬことだろう……と言い訳をしてみる。


 それから、毎日こうして顔を見せに来る両親の言葉も多少わかるようになってきた。とはいえ、俺に話しかける内容など大したものではない。ただ大切なのは、この会話の中で俺の名前と、両親の名前が判明したことだ。


 俺の名前はカイル……カイル=ウェストラッドというらしい。父はジューダス=ウェストラッド、母がマイナ=ウェストラッドという。姓を知れた理由は、以前部屋に訪れた父に、


「カイル……お前はいずれ我がウェストラッド家を継ぐ男になるのだ。がんばるんだぞ」


 と、マイナに聞かれないところでこっそり言われたからだ。ちなみに何故マイナに聞かれないところでかというと、曰くまだ赤子の俺にそんなことを言って不安がらせるな、というお達しがきていたかららしいことを後で知った。


 このあたりの会話からも、どうやら俺の家……ウェストラッド家というのはそこそこの地位にあるのだろうかと俺は考えていた。さすがに一介の農民のような存在がそんなことを言うとも考えづらい。


 ともかく、俺は自身にとって大切な家族と己の名前を知れたのだからよしとする。また、この家にはどうやら使用人が何人かいるらしく、俺の世話役だろう二人の顔と名前も覚えることが出来た。


 なかでも俺が興味を引いたのは、その二人の容貌だった。


 二人の世話役……少女たちは、この世界で〝エルフ〟とよばれる種族のようだった。しかも双子の。


 耳は横に長く伸びており、顔立ちもよく似ている。

 ただ唯一違ったのはその髪色だ。片方は金色のロングストレートを綺麗になびかせており、もう片方は白金……どちらかというと白銀に近い髪を後ろに結っていた。


 名を、ノアとレーナと言った。ノアが金色の髪の少女で、レーナが白銀の髪の少女だ。二人は母であるマイナが忙しくて俺に時間を割けないときに代わって世話をしてくれていた。

 

 ノアは優しく……というより俺を徹底的に可愛がるタイプで、よく


「あぁ……、本当にカイルお坊ちゃまはかわいいですねも~っ!」


 といわれて頭をずっと撫でられたり頬をつつかれたりしていた。


 一方のレーナは対照的に、どちらかといえば無愛想に俺の世話をするタイプだった。だが、優しさや愛情がないというわけではなく、俺がなかなか寝付けなかった時は、ずっと俺のそばで何も言わずに頭を撫でながら子守唄を歌ってくれた。その時見えた優しげな表情もまた、彼女が心の優しい少女であることを示したものだったと思う。


 とはいえ、エルフであることや二人の名前、双子であることなどはこの二人や父と母の会話から把握することができたが、何故この家で働いているのか、何故双子なのに髪色が違うのか、そういった事情のようなものはさすがに分からなかった。

 まぁそれは仕方がないことなので、俺はおとなしく二人の世話を受ける日々を送っていたのだった。


 そうした使用人の存在や、時折マイナに連れられて出る部屋の外の様子を見ても、この家……いや屋敷は俺が想像していたより大きく、そして俺自身の家柄も同様であるようだった。まだこの小さな一室から独力で出ることの叶わない身としては、一刻も早く外の世界を見たいものだ。



 ---



 あれから更にひと月ほどの時間が経った。


 俺は同じように日常(といっても寝ていただけだが)を過ごしていた。変わったことといえば、俺は最近やっと自分の力で移動することができるようになったのだ。といっても活動範囲はこの小さな部屋から変わりはない。

 ただ、一つちょっとした騒動があった。


「ぱぱ、まま」

「……あなた、今のは私の聞き間違えかしら」

「いや、マイナ。おそらく俺もおなじものを聞いたよ」


 俺はその日、はじめて両親のことを呼んだ。するとどうだろう


「きゃーー! 天才! この子は天才よあなた!」

「いやいやマイナ、たしかに赤ん坊にしては早い方だが……カイルくらいの歳で話す子ももういるのではないかな……?」


 そう言って喜ぶマイナと困惑するジューダス。俺としてはジューダスくらいの反応が有難かったのだが……。なんといっても俺は一刻も早くこの世界のことを知りたかった。だが今のままではあと半年から一年ほどそれは叶わないだろう。ならば俺は、まず自分が言葉を理解し、話せること……つまりは早熟であることを両親に印象付けたかった。そのための「ぱぱ、まま」だったのだが……


「カイルちゃん~、ママですよ~もう一回呼んでみて!」

「まま……ママ…」

「きゃー!!!」


 ただ一単語呟いただけでこの騒ぎようである。予想以上に効果てきめんだった。元の世界ではこれくらいで単語くらいは話す子も割といたらしいのだが……あまりよくは知らない。

 いや、このままだとやはり当初の想定通りの時間がかかってしまう。俺はもう少し喋れることをアピールした。


「まま……おなかすいた」

「――!! ッ……!――!」

「なんと……」


 これにはさすがのジューダスも驚いたらしい。マイナに至っては最早何を言っているのかわからなかった。


「この子は、天才よーーーッ!!!」


 その日、俺は多少の羞恥心と引き換えに、ほんの少し会話が成立する(大体)一歳児という立場を手に入れたのだった。

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