合理主義者の異世界魔法改革論 ~『解析』から始まる新世界史~
きぬき
第1章 転生編
第1話 ある男の転生
―─俺は絶望していた。
どんな理由だったかは思い出すことが適わないが、病気か、事故か、はたまた別の何かか。何であれ死に、そして俗に言う『転生』というやつを果たしていた。
転生したこと自体に文句はない。しかし、その世界は俺の想像していた世界とはかけ離れていたのだ。どうしてそうなったか。その最初の記憶は、真っ白な空間に自分が佇んでいた場面まで遡る。
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「ここはどこだ?」
俺は、自身の目の前に広がる真っ白な空間に向かってそう呟いた。
何故ここにいるのか、これは夢の中なのか。混乱する俺の背後から声がかかる。
「やぁ、×××。お目覚めかな?」
「……お前は誰だ?」
気安く話しかけてくる声に向かって俺は振り向かずに言った。
俺は、おそらく名前を呼ばれたことは分かったが、何故だかその名前の部分だけが理解できなかった。
「警戒しているね。まぁそれも仕方がないか、こんな状況普通は混乱するものね」
「あぁ、だからまず今のこの状況と、声をかけて来たお前について聞かせてくれ」
「せっかちだね」
そう言って笑う声。
「無駄は嫌いなんだ」
俺はぶっきらぼうにそう返す。
「そうかそうか! まぁいいさ、じゃあ端的に言おう。まずこの状況について、君は死に、この空間に来た。そしてこれからとある世界に『転生』してもらう」
ちなみに、記憶も引き継いでおいてあげるつもりだよ。と続ける謎の存在に俺は答えた。
「なるほど、理解した」
「やけに素直だね? それとも最近は向こうの世界もそういうのがブームだったからかな?」
「それもあるし、正直自分が死んだことの実感が湧かないからというのもある。まだ俺にとってこの状況は、夢か現実かすらわからない。だからとりあえずは話を進めたいだけだ」
「なるほど、合理的だね。じゃあ次、ボクの正体について。これも簡単、ボクはカミサマだよ。君たちの世界で言うところのね」
あっけらかんというカミサマらしい声。
最早ここに来てそんなことでは驚くまい。そんな状況すらコイツに言わせるところのブームってやつだからな。
「正体の真偽についてはこの際置いておく。次は、何故俺はここに呼ばれたかということだ。それとも死んだ人間はみんなここに来るのか?」
「信じてくれないのかぁ、まぁそれもいいさ。で、その質問に関してもサクッと答えよう。まず、死んだ全ての人間がここに呼ばれることは『ない』。というか普通は呼ばれない。次に、じゃあ何故ボクは君を呼んだか」
今、自称カミサマのコイツは、自分が呼んだとそう言った。
「これも簡単。君には、転生先の世界を精一杯生きてほしい。本当にただそれだけだよ」
「……なに?」
俺はその言葉に思わず聞き返してしまった。
「ふふ、びっくりした? そう。特に使命とかそういったものはないんだ。本当に唯、精一杯生きてほしいだけ。向こうの世界の住人としてね」
「何故、そんなことのためだけに呼んだ?」
俺は当然の疑問を口にする。
「何でって、そりゃあ『気まぐれ』だよ。古今東西カミサマっていうのはそういうものだろう? 本来ボクたちみたいな存在は君たち生物の尺度で測れるような存在じゃあないんだ。下手に裏を勘繰るより、そういうものだと受け止めた方が建設的だよ」
なるほど、コイツは俺のことをよく分かっている。
そして、今までに話してきた内容と今の状況から、今このカミサマの言葉を疑って何かが解決するようなことはないだろう。もう少し情報を絞ってもいいかもしれないが。
ちなみにコイツは、今、『ボクたち』と言った。つまり他にもカミサマがいるのだろう。だがこれは今使える情報ではない。
ともかく話を進めようと、俺は口を開いた。
「わかった。ここでお前の言葉を疑ってもこの状況が変わるわけではない。それに、そもそも俺が何か言ったところでその『転生』とやらが起こる結果は変わらないんだろ?」
「ご明察。そっ、結局君がどれだけボクを疑ったところで、これから君が転生することに変わりはないよ。敢えていうならボクからの好感度が少し下がるくらいさ」
「不必要に嫌われるつもりもない。ただもう少しだけ話はしたい」
「うん、そういうスタンス良いね。好感度がすごい上がったよ」
……別にこの疑わしいカミサマからの好感度が上がっても嬉しくないのだが。
「さて、どんな話をしたいんだい? それくらいの時間はあるよ」
俺は意識を切り替えて質問を始めた。
「聞きたいのは二つだ。俺がこれから転生する世界がどんなところか。そして、転生するにあたって何か支援は受けられるのかということだ」
これは重要だ。お約束的な意味でも、俺にこれから起こる出来事に対して少しでも有利に対処するためにも。
「うん、答えよう。まず君が転生するのは数多ある世界のひとつ。剣と魔法、多数の種族が混在する世界だ。ちなみに名前はないよ、君たちだって自分たちの世界に名前なんてつけてないだろう? カミサマもたくさんある世界にいちいち名前はつけてないんだ」
「なるほど、剣と魔法ね……。いよいよお約束じみてきたな」
そう俺が言うとカミサマは楽しそうに笑って言った。
「そうだろうそうだろう! 君たちにとってはとても魅力的な世界だろうさ! といっても、死の危険という意味で言えば君の元居た世界より格段に高いだろうけどね」
「死ぬのは御免だが、わくわくするのは認めるさ。それで、次の質問については?」
俺は、素直にそう言いつつ次の質問への答えを求めた。
「うん、実は言われるまでそういうのは特に考えていなかったんだけど、確かに助けはあったほうが盛り上がるだろうね。といっても、ボクも簡単に世界に干渉できるわけじゃないから、支援のようなことが出来るのは今この場にいる限りだよ。だから何か欲しいものがあるなら、今言ってね」
ボクはあくまで観測者だから、と声は呟いた。
「……分かった。少しまってくれ」
俺は考える。これから先、自身が生きることになる世界において重要なものは何か。俺が何を為したいのか。俺は自身の中にある譲れないものについて考えた。
(合理的に……。そう、『合理性』だ。それが俺にとっての本質──)
俺は無駄が嫌いだった。意味のない議論、生産性のない物事。そう言ったものを俺は何より嫌っていた。だからそれらを排し合理的に、どうすれば最短・最高効率でやるべきことを完遂させられるかを常に考えて動いてきた。
勿論、無駄というのにも『意味のある無駄』と『無意味な無駄』があることを俺はよくわかっているつもりだった。
人間関係一つとっても、ある程度のゆとりや無駄は、むしろ今後の関係を円滑にするために必要なことであることも。だが逆に、そうでない無駄もある。俺はそういった無駄が嫌いだった。
(なら俺が欲しいものはなんだ―)
それはすぐに閃いた。
俺は本質を見極める力が欲しい。その対象にとって最善となる選択肢は何か、何かその対象の最善を妨げているかを見極める力が。ならば答えは一つだった。
少しの間悩んでいた俺は、顔を上げてカミサマに向かって告げた。
「俺に、『見た対象について理解する力』をくれ」
俺は別に無駄をなくす過程の試行錯誤が好きなわけではない。自分や周りの人間がより良い生活を送り、幸せになるという『結果』自体が好きなのだ。だから俺は、最短でその結果へとたどり着くための力……。そのモノの本質が何で、どんな問題があるのか。隠されたソレらを見ただけで理解できる力を望んだ。
それはまさしく対象を解析すると言い換えてもいいだろう。もっと他にも直接的な、あるいはそれこそ暴力という名の力そのものを望むこともできたのかもしれないが、あらゆる場面で柔軟に効果を発揮できるものを考えた時に、俺はこの要望しか思い浮かばなかった。
暴力が足りなくとも、あるいはそれ以外の何かが足りなくとも、その時は知恵で補えばよいのだ。
「へぇ……」
カミサマは興味深そうな声を出す。
「無茶な要求だったか?」
俺はわざと少し残念そうな声色でそう言った。
するとカミサマはすぐに笑って言った。
「ははっ、それくらい簡単だよ。何て言ってもカミサマだからね。ただ、余りにキミらしい要求だと、そう感心しただけさ」
「なるほどね。ご期待に添えたようで何よりだ」
「まったく淡々としているねぇ……。まぁいいや、それじゃあキミには力を授けよう。物事の本質を見通す『魔眼』だ」
カミサマがそう言うと、急に俺の両目がまるで高熱を帯びたかのように熱くなった。
「ぐぅっ!?」
「はは、安心しなよ。それはまさに今強力な力を君に授けた反動さ。後遺症はないから」
「ぐっ―─。こういうことになるなら最初にそう言っておいてくれッ!」
俺は痛みに
「ごめんごめん! それじゃあその力について説明しておこう。その魔眼は視た対象の本質を見通す力を持っている。とはいっても、相手のちょっとした嘘が分かるとか、自分のことが好きか分かるとかそういう表層的な話じゃないと思うよ。もっと具体的で根源的なモノに限られるハズ……。まぁとはいえ使い方次第ではそういう表層的なものも見破れるようになるかもしれないし、実際どんなものかは使って確かめてみることだね」
ボクも詳しくはわからないから、と相変わらず笑いながら言うカミサマ。
成程、『視た対象について理解する力』をくれといえばそのまま、正に
「なるほどな……。有難く使わせてもらう」
徐々に痛みが治まってきた俺は、なんとかそう答えた。
このカミサマとやらの言った力というやつが本物だとすれば、とんでもない力だ。だというのに、それをゴミでも渡すかのように俺に授けたのは、誰に何を渡したかなんて興味がないのか、はたまたそんな力じゃ自分に害が与えられることはないと考えているからなのか……。どちらにしても、今渡された力について何の執着も持っていないことは確かだった。
「うんうん、人間素直が一番さ。これでキミが向こうの世界を面白くしてくれるなら投資した甲斐があるというものだよ」
そう言ってカミサマは おっ、と驚いて続けた。
「そろそろ時間みたいだね。じゃあ元気でね、もう会うこともないだろうけど」
そんな声に続いて俺の身体は淡く発光し始めた。手足を見ればその輪郭が光の粒子となって空間に舞っていく様子が見える。
「もう会うことはないのか? 次は死んだときとか」
「ないね。さっきも言ったけど、本当にこれはただの気まぐれ。だからこの先キミがどう生きているかを細かく観察するつもりはないんだ。ボクが興味を持っているのは個人がどうなるかじゃなくて、世界がどうなるかだからね」
「なるほど、実にカミサマらしい視点……とでも言えばいいのか?」
「はは、嫌味っぽいなぁ。まぁ、そういうことさ。だからキミもボクのことは気にせず生きなよ」
そう言ったカミサマの言葉に声をかけようとすると、俺は口が動かなくなっていることに気づいた。
いつの間にか、俺の身体はほとんど光の粒子となって散っていったらしい。そんな俺の思考を遮るようにカミサマは続けた。
「さあ、時間だ人間よ。精一杯生き給えよ。そして世界を、ボクを楽しませてくれ」
(最後に……聞きたいことがある)
俺は声のでない中、相手に聞こえるかどうかもわからず心の中であることを聞こうとした。
(俺の、名前。そして、俺の死因はなんだ―?)
そう、俺はこの空間に来て今まで全く気に掛けていなかった。
それは、元の世界での名前。そして俺がここに来ることになった大本の原因について。
(何故だ―)
そう(心の中で)聞いた俺の言葉に対して、カミサマとやらは確かに反応したと感じた。そして、
「ふふ……。さて、なんでだろうね?」
そうにやりと笑って言った。
(あぁ―)
俺はこの瞬間確信した。
コイツは確かに気まぐれに俺を呼んで、転生させようとしているのだろう。そこは信じることができた。ただし、まだ答えていないことはあるらしい。
つまりコイツはまだ敵ではないが、味方でもないということだ。
ならば―。
もし、コイツが将来俺や周りの人間を脅かす存在になったその時は―。
(お前は、〝不要な存在〟だ―)
そうして俺の意識は闇へとに飲まれていった―。
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