第9話 魔法生活のすゝめ その2
ジューダスに連れられてやってきたのは、町の中心……この町における主要施設が並ぶ区画にひっそりと佇む鍛冶屋だった。
「お邪魔するよ」
そう言ってジューダスが鍛冶屋に入りながら声をかけた方向には、何やら背丈が低く、丸みを帯びた……というより筋肉の塊のような存在がこちらに気づいたように顔を上げた。
「おぉ? 領主様じゃねぇか。どうしたんだいこんな小汚いところにわざわざ直接出向いてくるなんて」
珍しいこともあるもんだぜ、とそう言った男の顔を見ると、胸のあたりまで伸びた無精とも整えられたとも判断のつかない豊かな髭が口周りを覆う何とも異質な風貌だった。だがこの見た目や雰囲気はそのまま……
(絶対ドワーフだろ、いやそうに違いない)
見た目はまさにファンタジーにおける俺のイメージ上のドワーフそのものだった。
「そう言わないでくれ、こんな田舎町の領主といえどもそうそう自由な時間があるものでもないのだ」
どうやら二人は気安い関係のようだ。ここまでの短いやり取りの中でも、何やら信頼感のようなものが窺えた。
「カイル、紹介しよう。こちらは我がコスターで鍛冶職を営むドワーフ族のゴーダン殿だ。ゴーダン殿、こちらが私の息子で今年八歳になるカイルです」
いつの間にかジューダスの領主然とした言葉遣いが、敬語になっている。
「ジューダスの息子、カイル=ウェストラッドといいます。以後お見知りおきを」
「がはは! そう畏まるこたぁない、俺はこの地の領民で、俺にとっちゃ二人はお偉いさんだ。気軽に話してもらっていい」
そういって豪快に笑うゴーダンと、反対にやれやれといった様子のジューダス。
「ゴーダン殿は、私の父……先代と旧知の間柄でな。かくいう私も子供の頃からの付き合いなのだ」
「僕のおじい様の代から……ですか。失礼ですがおいくつなのですか?」
「んー……もう数えるのも面倒になって正確には覚えとらんが、百歳くらいだった気がするな」
「ドワーフの方は長命でらっしゃるのですか?」
「ん? まぁそうさな、人族よりかは幾分長生きなんじゃねぇか? ドワーフの長生きっていやぁざっと二百年ってところだろうからな」
「へぇ~」
ドワーフが長生きというイメージがなかった俺には少し驚きの事実だった。つまりこのゴーダンという人物は(人間と比べるのも意味があるかは不明だが)人でいえば五十台くらいということか。
「それにしても、初めて俺みたいな荒くれドワーフに会ったろうに全然びびらねぇんだな。お前の若い頃より度胸があるんじゃねぇか? 領主様」
「はは、親馬鹿を承知で言うなら、カイルはとてつもない天才ですよ。私の子供の頃など及ぶべくもない」
「言い過ぎです、父上」
「がはは! その歳で謙遜もできりゃぁ上等だわな」
そう言ってごつごつとした手でわしわしと頭を撫でられる。屋敷の人たちに時折されるのとは違って荒々しかったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
そんな感じで世間話を少しした後、ゴーダンがよっこらしょと言いながら改めて俺達に向かい直しつつ言った。
「んで、要件をきこうじゃねぇか」
「はい、実は……」
その質問にジューダスは、ここに来た経緯について話し始めるのだった──。
---
「なるほど、魔法の道具ねぇ……」
「はい、なので専門家のゴーダン殿に魔兵器について教えて頂ければと思いまして」
「まず俺は魔兵器の専門家じゃねぇし、もう随分と触っちゃいねぇから最近の事情は知らねぇ。ただそうだな……坊主、いやカイル、おめぇに聞きたいことがある」
その豪胆そうな表情に少しばかり真剣な雰囲気を纏わせて、不意にゴーダンが問いかけてくる。
「はい、なんでしょう」
「おめぇはその、魔法の道具ってやつを何のために使いてぇんだ?」
「何のために……ですか?」
「応よ、何かをしたいからそんなもんに興味を持ったんだろ?」
そう言って、真剣な目で俺を見つめてくるゴーダン。ジューダスも、ここは口を挟む場面ではないといった様子で見守っていた。
そんな中俺は、少しばかり言葉を整理してから、言った。
「僕にとって道具とは、人々の生活を豊かにするものです」
「ほぅ」
ゴーダンは、続けろと言外に告げてくる。
「そして僕は、魔法にその可能性を感じています」
「もう知ってるとは思うがよ、魔法ってのは言っちまえば殺戮兵器だぜ。そしてそれを扱う魔術師ってやつは大量殺戮者で、国の兵器だ」
「ご、ゴーダン殿……」
ジューダスが慌ててゴーダンを止めようとする。魔法を使え、将来魔術師となるかもしれない俺が、ゴーダンのその言葉に傷つかないかを心配してくれているのだろう。
しかし俺はここだけはきっぱりと言い切る。
「いいえ、それは違います」
「なに?」
「カイル……?」
俺の言葉に二人は怪訝そうな顔を向けるが、かまわず続ける。
「僕は魔法という力が、殺戮や国同士の抑止力だけのためにあるとは思いません。僕にとっての魔法とは、人々の生活を豊かにしてくれる力です」
「おめぇが『黒』等級だってことは俺も聞いてる。だから当然魔法についても既に知ってるはずだ。ならわかるはずだぜ、魔法ってのがどれだけやべぇものかも」
「はい」
俺とゴーダンの問答は続く。
「その上で、おめぇは魔法が人の生活を良くするもんだと、そう言いてえわけだな?」
「はい」
「そう言い切れる、その根拠は何だ?」
ゴーダンが問いかける。これに答えられなければ恐らくゴーダンは魔法の道具や魔兵器とやらについて教えてくれないだろう。
(論より証拠。これが俺の答えの根拠だ)
「何か、的になるものはありますか?」
「ん?あぁ……試し切り用のなら、裏庭にあるけどよ……」
「ついてきてください」
「なんだなんだ……」
俺の言葉を訝しみながらゴーダンがついてくる。その後ろからジューダスもやれやれといった表情でついてきた。
「これが、俺のこれまでの発言の根拠です」
裏庭についた俺は、そう言いながら手をそっと的へと向ける。そして、魔法式を展開する。
「おいおいおい! まてまてカイル! 何しようとしてやがる!!!」
困惑とも怒りともつかぬ表情で、大声で俺を止めようとするゴーダン。しかし、隣にいたジューダスがそれを制止する。
「なにしやがるジューダス! このままだとこのあたり一帯が……!」
「ゴーダン殿、どうか私とカイルを信じて見ていてください」
「何だってんだ!? たくどうなってもしらねぇぞ!」
そう言って不満気な表情を隠そうともせず腕を組むゴーダン。
俺はもう一度意識を集中し、魔法を発動する。
「ゴーダン殿、先ほど私が言った言葉を覚えておいでですか?」
「あ?」
「カイルは、天才だとそう言いました」
「あぁ、ある意味今の行動を見てりゃお前が相当の親馬鹿なのはわかるよ!」
「いえ」
そう言って苦笑するジューダス。
「親馬鹿だと、私はそう言いましたが」
「なんだよ」
「私はたとえあの子が息子でなかったとしても間違いなく」
──世界最高の天才だと、そう言うでしょうね
そんなジューダスの言葉は、集中しているカイルには届かない。
そして、発動された『水弾』は静かに目の前の的に命中したのだった。
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