第72話 誘拐

 帝国といつ開戦するかわからない状況となったために、オレ達はそれぞれ自宅に一度帰り、家族と過ごした後帝国に向かう予定だ。


 リリーもいつものように自宅に戻った。屋敷の鍵は開いていたが、そこには誰もいなかった。



「お母さん。お母さん。どこにいるの?」



 リリーが屋敷内を見て回ったが、やはり誰もいない。最初は、買い物にでも行ったのかと思っていたが、魔王国からの追手かもしれないと思い始め、心配になってきた。


 お母様の部屋をのぞくと、机の上に手紙があった。



「お前の母親は預かった。大事な人質だ。命は取らない。ただし、このことを誰かに告げれば、その時点でお前の母親は死ぬ。深淵の森の西側にある帝国の街デリーまで一人で来い。早く来いよ。さもなければ、女である母親がどうなっても知らないぞ。」



 リリーの目から涙が零れた。



「お母さん。助けに行くから待ってて。」



 リリーが子どもの頃、マジョリーヌ王国は滅亡した。命からがらこのステイル王国に逃げ延び、細々と親子2人で暮らしてきたのだ。食べるものが少ない時は、母親が自分の分までくれた。人族にいじめられた時は、母親が盾になって守ってくれた。なぜか、母親のことが頭の中に浮かんできて、涙が止まらない。


 リリーは誰にも相談せず、一人で母親の救出に向かうのだった。


 みんなが自宅に帰ってから2日後、レイは待ち合わせ場所の『フォラン』に来た。そこには、エリーとミクがいた。



「久しぶり。リリーはまだ来てないの?」


「そうなんだよね。いつもは一番最初に来て待っているのに珍しいね。」


「レイがいじめたんじゃないかにゃ?」


「リリーはお母さん子だから、まだ甘えているんじゃない?」


「ミクは、人聞き悪いな。リリーのことを愛しているオレがいじめるわけがないだろう。」


「それもそうだにゃ。」


「もう少し待ちましょうか?」



 約束に時間から1時間過ぎてもリリーは来ない。さすがにレイは、リリーの自宅に行くことにした。そして、リリーの自宅に着くと、屋敷の鍵は開いているが人の気配がしない。リリーだけでなく、マジョリカさんの気配もない。すると、2Fからミクが駆け下りてきた。



「レイ。大変にゃ。こんな手紙が落ちてたにゃ。」



 それを読んで、オレは慌てた。



「エリー、ミク。オレに捕まって。ラエルまで一気に転移するから。」



 3人は、ラエルの街まで来た。そこで、エリーとミクに補助魔法で翼を出し、3人で飛翔してデリーに向かおうとしていた。



 一方その頃、ステイル王国の西海岸には、ビクティア帝国の軍艦が20隻来ていて、臨戦態勢を取っていた。ライル国王はレイ達を探したがどこにもいない。そこで、『愛の絆』のベガを呼びだし、『通信』でレイに連絡を取った。だが、レイもすぐに戻ることができないため、古代竜ギドラに連絡を入れた。



「ギドラさん。レイですが、緊急事態です。」


「レイさん。何かありましたか。」


「はい。いよいよ帝国が動き出しました。現在、帝国の軍艦が20隻、ステイル王国の西海岸にいます。救援お願いできますか?」


「承知した。竜人族のリザールにも声をかけ、全員で救援に向かう。」


「ギドラさん。軍艦にはあの量子破壊砲が装備されているから気を付けて。ギドラさんでも直撃したら死ぬよ。ステイル王国の西海岸には、オレが『バリア』で結界を張ったけど、長くはもたないと思う。気を付けてね。」


「わかった。」



 ギドラさんとの交信を切るとすぐにフェアリー連邦国の精霊王アポロさんから『通信』が入った。



「レイさん。世界樹の森に帝国の戦車部隊が2,000台で攻めてきました。量子破壊砲も5門あります。救援をお願いできますか?」 

 


 オレは悩んだ。リリーを助けに行きたい。でも、さすがにフェアリー連邦国を見捨てることはできない。


 そんなオレの苦悩する姿を見て、エリーが言った。



「リリーは私とミクで助けるよ。レイ君は、アポロさんのところに行ってあげて。」



 ミクも言う。



「私達も強くなったにゃ。大丈夫にゃ。心配なら、バビロンさんを援護につけてくれればいいにゃ。」


「ナイスだ!ミク。そうだ。バビロンさんに手伝ってもらおう。」



 オレはバビロンを呼び出した。



「レイさん。いよいよですか?」


「リリーの母親が誘拐されて人質になっているんだ。救助を頼んでいいかな。」


「承知しました。」



 オレは、転移で世界樹の森の宮殿前の広場に転移した。広場には、ドワーフ族、エルフ族、獣人族、元帝国軍人達が集まっていた。



「アポロさん状況を教えてください。」


「レイさん。来てくれたんですね。ありがとうございます。現在、帝国軍の戦車が2,000台と量子破壊砲が10門こちらに向かっています。軍人は25万人以上いると思います。後1時間で、私の結界までくるでしょう。」


「状況はかなり厳しそうですね。実は、ステイル王国にも軍艦20隻が攻めてきたんですよ。20隻の軍艦にはすべて量子破壊砲は装備されているんですよ。現在、古代竜ギドラさんを中心に竜人族の皆さんと地竜のアースさん、炎竜のフレイムさん、雷竜のライジンさんの皆で交戦しています。」


「ステイル王国も大変ですね。」


「それに、リリーの母親が誘拐されて人質になっているんだ。リリーがその救出に一人で乗り込んじゃったから、エリーとミクとバビロンさんで救出に向かっているんですよ。」



 オレが、アポロさんと話をしていると後ろから体格のいい2人の男が話しかけてきた。



「『使徒様』。オレ達も、この戦いに参加するぞ。この国を守るんだ。なぁ、みんな。」



 元軍人達は、皆声を大きくして言っている。


 元軍人の1人が泣きながら言っている。



「そうだ。皇帝は世界の敵だ。この国はいい国だ。敵のオレ達を憎いはずなのに、みんな優しんだ。優しすぎるんだ。オレ達は、この国を、この人達を守りたいんだ。頼むよ。『使徒様』、俺達も参加させてくれ。」



 オレは皆に告げた。



「オレは戦争はしないよ。人は殺さない。ソフィア様が悲しむからね。君達には相手を殺さないで降伏させる力はないよね?オレは、あなた方を人殺しにしたくないんだ。もし、人殺しの罰を受けのなら、罰を受けるのはオレだけでいいよ。」



 サウスもノースも他の軍人達も、みんな平伏して泣いている。それを、ドワーフ族、エルフ族、獣人族の皆が肩を抱いて立たせている。その瞬間、軍人達につけられていた『罪の輪』が外れた。そこにいた人々は、お互いに感激している。



「『使徒』様~。」

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