第3話 依頼
「これはいったい何事かしら。」
すべてを飲み込むような漆黒の髪。すらりと伸びた足。端正なんてレベルではなく美しい顔。『美少女』なんて職業があればこの人以外にはありえないだろう。思わず置かれている状況も忘れて見惚れてしまった。
「この屋敷に人間が侵入してきたため、それを排除するところです。」
何を言っているのかさっぱりわからない。あんただって人間じゃないか。
「剣をおろしなさい。これは命令です。」
凛とした声が響き渡る。
「少し私とこの人とで二人で話をします。少しの間パトリックとルージュは下がっていなさい。」
そう言い放つと勢いに気圧されたのか執事は渋々部屋から出て行った。
「妹を救ってくれてありがとうございます。そして執事の無礼、申しわけない。当主として謝らせてください。そのうえでお話があります。」
深々と頭を下げられる。
「まず私たちは魔族です。」
驚きで体が固まる。王立学校では魔族は魔王の手下で狂暴な見た目をしていると教わったが。目の前の人は、いや魔族か、それとは大きく異なっている。そもそもなんで魔族が王国にいるんだ?
「ここは、別荘かそれに近いなにかですか?」
焦って些細なことを聞いてしまう。すぐに落ち着きをなくしてしまうのが悪い癖だ。
「ここは魔族領ですが?」
なんとなく想像はしていたが、やはり辺境の村から10kmの移動はまずかったか。強いモンスターを探して、気づかぬうちに魔族領に入るなんてなかなかに愚かだな。
「そしてお願いがあるんだけど、私たちに力を貸してくれないかしら。」
思いつめたようなまなざしで見つめられる。なにやら真剣であるのは伝わってくる。
「私たちは魔族の中でも『妖魔族』と呼ばれています。魔族は人間からは『魔族』としてひとくくりにされることが多いようですが実は『竜人族』『獣人族』『エルフ族』『吸血鬼族』『オーガ族』、そして私たち『妖魔族』の6種族からなっています。種族間でいつも小さな争いは起きていました。それが現在の魔王が病床に臥せってから激化の一途をたどっています。次代の魔王を自分の種族から出そうという動きが強まっているのです。妖魔族は他の種族と違い戦闘に適した能力を持っているわけではありません。そこであなたの力を貸してほしいのです。」
「でも……俺にそんな力はないですよ……」
嘘ではない。神によるとこの能力でも魔王に勝てるか怪しいと言っていた。
「いえ、そんなことはありません。実は帰り道に大量のゴブリンの死体を見つけました。それも魔石による実験で強化させられていました。あれだけの数を瞬時に倒すことができるのは魔王様くらいのものでしょう。」
そう。あくまで神は『単身で魔族領にいき魔族たちの援護がある状態の魔王を倒す』ことを指していた。単体としての戦力なら魔王にも引けを取らない。ただそんなことはアランは知る由もない。
「今回のゴブリンもオーガ族がけしかけてきたものでしょう。そう遠くないうちに魔王様が亡くなり、魔族領は内戦がおこります。その時にあなたの助けが必要なんです。一族の滅亡をただ見過ごすことはできません。おねがいします。できる範囲のお礼はさせてもらいます。望みはなんですか?」
「望み……田舎でのスローライフですかね……」
ふと本音がこぼれる。目の前の人は一瞬驚いた顔をして吹き出す。重々しい雰囲気が吹き飛ぶ。
「その歳でその望みは変わっているわね。わかりました。魔王の代替わりまで付き合ってもらったらこの屋敷を上げるわ。それでどう?」
この広さの屋敷をもらえるのは魅力的だ。それに初めから魔族領にいれば魔族の侵攻に怯えることもない。俺がいないと人間は魔族に滅ぼされるらしいがそれもいいだろう。
「わかりました。その話受けさせてもらいます。」
「ありがとう!!自己紹介が遅れたけど私はルチア。一応妖魔族の族長を務めているわ。これからよろしく!」
「俺はアランです。よろしくお願いします。」
こうして気づいたときには魔族の一員として過ごすことになっていた。
アランがルージュに連れられ食堂に行った後に、ルチアは一人部屋に残される。その顔はどこか満足そうだが、どことなく疲れを隠しきれていない。
「これで、これで、今回は、今回こそは。」
窓から空に浮かぶ月を眺めながらつぶやく。当然そのつぶやきは誰にも届くことはなかった。
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