運び屋の夢

三題噺トレーニング

運び屋の夢

 宇宙の片隅で赤帽業を営む高梨カミトは、合法の物品でも違法なブツでもなんでも時間きっかりに指定された場所に必ず届ける運び屋だった。

 カミトは必要以上に人と口をきくことはない。それは自分が情に流されやすいことを知っていて、仕事の勘が鈍るのを嫌がったからだ。カミトは宇宙船の中で独りきりで過ごす時間を誰よりも大切にしていた。

 そんなある時、カミトは月面でしか採掘できない高濃度の水素を含んだ天然資源の鉱石を運べ、という依頼を受けた。そしてそれを火星まで運んでいるときに嫌な胸騒ぎがした。

 こういう時の直感は信じた方がいいだろう。天然資源から水素が漏れ出せば、カミトもろとも宇宙船はおじゃんだ。注意を払って然るべきだ。そう自分に言い聞かせながらコンテナを確認してみると、中から音が聞こえた。

 魔がさしたとしか言いようがなかった。

 普段のカミトならば、絶対に積荷を開くような真似はしない。そんな余計な関わりを持つことなど命に関わるからだ。

 コンテナの中には天然資源は入っていなかった。女が1人いただけだった。歳の頃はカミトよりすこし若いくらいだろうか。

 カミトは面食らった。最悪だ。天然資源輸送の依頼はフェイクだったのだ。

 女はカミトに気づくと「あら、あんたは誰じゃ?」と地球の方言混じりの言語で話した。さらには硬直するカミトに「ちょうどええ、あんた、わしを火星まで連れてっとくれ」と言った。


 女はユサといった。記憶喪失で、ここにいる理由もなぜ連れてこられたかもわからないのだと言う。ただ、彼女は火星まで行かなければいけないということだけは覚えていた。

 カミトは仕方なしにユサを火星まで連れていくいくことにした。

 道中、暗礁地帯に潜む追っ手に追いかけられたり、宇宙連合軍がカミトたちの進路を阻んだりしたがカミトは持ち前の赤帽運送としての勘と宇宙船の操縦センスで乗り切った。

 ユサはユサでカミトの荒みきった食生活を正したり、いつも孤独だったカミトの話し相手になってあげたりした。

 そうしてどうにか火星についたとき、カミトは待ち伏せしていた宇宙連合軍に完全に包囲されてしまった。

 内線が入る。

「その女をこちらへ渡せ。そうすれば、命だけは助けてやる」

 騙そうとする連中が話すお決まりのセリフにカミトはフンと鼻を鳴らす。

「カミトさん、どうするだよ?」

 ガタガタ震えるユサの手を握って、カミトは「大丈夫だ、オレに考えがある」と言った。

 そして、全てのエネルギーを消費して火星の裏側までワープして、そこから一気に火星へ不時着し、陸路からユサの言う目的地へと行こうという作戦を行おうとしたまさにその時。

 ユサは突然カミトに抱きついて「合格で〜す」と言った。

「へ?」

 ぽかんとするカミト。真相はこうだった。

 ユサは火星のお姫様で、元々は火星人の父と地球人の母のハーフだった。

 ユサは母の少女漫画を読むのが好きで、地球産の古い漫画をアーカイブとして読んでいた。そしてその中で、古い少女漫画のような恋愛に憧れていた。

 昔、王家に出入りして物資を届けていたカミトに一目惚れしていたユサは、カミトにバレないように話し方を変えて地球の方言を駆使してカミトに近づこうとしていたのだった。

 追手も宇宙連合軍もすべて仕込み。火星の王家がカミトがユサの旦那にふさわしいかを全てチェックしていただけだったのだ。

 カミトもカミトでユサに惚れていたから2人の行く手を阻むものなど、実は誰もいなかったのだ。

 それから、大宇宙をまたにかけた茶番劇を行ったカミトとユサは宇宙一のバカップルとして仲良く楽しくハッピーに暮らしました、というのが火星に住む子どもなら誰でも知っている王家にまつわる逸話だったとさ。

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