第924話 藪蛇ってやつですか?

「ガイエスは……どうにも、そういうやつらを引き付ける魔力においでも出しているのか?」

「その説、ありそうでなんか嫌ですね」


 ビィクティアムさんにカルラス市場の画像の説明をし、プリントした不思議な行動をしているやつらの『写画しゃが』を渡した時に、そんなことを言いながらふたりで苦笑いをする。

 映像が写真……写画フォトグラフとして切り抜けることは既に説明済みなのだが、どうも皆さんは俺が描いた精密画だと思っていそうである。


 これが俺の描いたものでないと信用(?)してくれているのは、俺の絵を描く実力を知っている人達だけだ。

 嬉しいのか空しいのか、よく解らん。


「この件は、早急にセラフィラント衛兵隊に伝える。助かったよ」

「成婚祭でこの人達が変な行動を起こすとは思いにくいですけど、指南書関連に警戒しておくのは必要ですよね」

「ああ……こいつらというより、こいつらに接触した者がいたら……そっちの方が、危険かもしれんな。まぁ、実は何かをしでかしてくれる方が俺達としては解りやすくていいんだが、領民にまでことが及ぶのは避けたいからなぁ」


 自分達の防衛には、絶対の自信があるということですか。

 おそらくビィクティアムさん自身の魔法だけでなく、陸衛隊のことも信頼しているからこその自信だろう。

 となると……セラフィラント隊の中では、不穏分子と関わりがありそうな人達がある程度絞り込めているか、排除できているということだな。


「この人達があの指南書に関わりがあるかもしれないとしても、どうしてカルラスなんだろう……?」

「リバレーラに逃げ込みやすいから、だろうな。リバレーラの方が移民達も多いから、紛れ込みやすいと考えたのだろう」

「……この人達、皇国人じゃないってことが確定……ですか?」


 ビィクティアムさんは、確信があるのか頷く。

 そんな要素、あったかな?


「外套の長さだ」

「……外套、ですか?」


 ガイエスと同じくらいの長さの外套だし、どう違うのか……あっ!


「そうか……皇国の外套はもっと長いか、必ず腰帯があるんだ……」

「そうだな。この長さも少ないがないという訳ではない。だが、膝が隠れないものだとしたら前が重めに作られているし、膝を越えるものだとすると必ず『風が中へ入らないように』腰帯で留める」


 皇国人は外套に方陣を使って『体温調整』をするから、下手に風を通したりしない。

 こういうポンチョタイプの外套は、雨具か子供以外は殆どない。

 その上、皇国の人は『フロントの裾が舞い上がること』を嫌う。

 長目の上着もスカートと同じように前が捲れ上がるのはもの凄く嫌うんだが、後ろ側はふわりとしているものを好む。


 勿論、足が見えることは絶対にないような作りなのだが、後ろ側は歩く度にふわっとする軽いパレオのような『外衣布』を付けたりもするのだ。

 うん……確かに、カルラスの市場にいる他の人達を見ていると、この不審な彼らの外套と同じものは全くといっていいほど見当たらない。


「皇国人ならば日常的に『洗浄の方陣』などでの清掃を行う。ならば、風を起こす魔法を毎日使うのだから『舞い上がる服』は好まない。それにこの時期のセラフィラントで、あんな厚手の外套を着ているのは、衛兵隊くらいだ」

「……そっか、まだセラフィラントのリバレーラに近い南側は、厚手の外套が必要なほどじゃないんですね」


 市場の人達は確かに、秋口に着るような軽そうな素材の短めの外套うわぎを羽織っている。

 ガイエスですら、軽めの外套だし……あ、いや、あいつは割といつも同じ外套着ているな。

 あいつは外套にちゃんと方陣描いて対策しているから、薄手でも寒くないんだろうな。


「まぁ、こいつらのことはなんとかする。それより……実は言いにくいんだが……」


 珍しく口ごもるビィクティアムさんに、首を傾げる。


「父上とレティが、どうしてもおまえに……祝って欲しいと言っててなぁ」

「お祝い……あ、ご成婚のお祝いならしますけど?」

「うん、タクトは祝ってくれていると何度も言っているんだが……婚姻の儀に出て欲しいと……煩くってなー……」


 困っているんだよーという風を装いつつ、ちらちらと俺の出方を伺うビィクティアムさんに『嫌がってるの知っているから言えないけどー』的な雰囲気が漂っているのが解る。

 お式に招待したいんだけど、俺が引きこもりで出たがっていないことをいっち番知っているのもビィクティアムさんだからねー。


「……いいですよ」

「え?」

「美味しいご飯とほわほわの寝床を用意してくださるなら、お祭りの期間くらいならいいです。成婚祭、俺も見たいですし。あ、越領方陣門の使用で、すぐに行き来できるのが絶対条件ですけどね?」


 がしっ、と両手で手を握られて、感謝する、と思いっきりお礼を言われてしまった。

 よっぽどふたりに詰められていたのだろうか……


「俺もおまえに来て欲しかったんだが、言い出しにくくて……」

「だけど俺が行ったところで、何ができるということでもないですしねぇ」

「直接おまえに礼が言いたいんだよ、レティも父も」


 お礼……とは?

 あっ、翻訳が結構進んだからかな?

 セラフィラントの本は面白いものが多いからねぇ、どうしても早めに読みたくなっちゃうんだよねー。


「それもだが、おまえの作ってくれたものや解明してくれたことは、セラフィラントで随分と助けになっているからな。特に、あの簡易調理魔具と料理本は大きな衝撃だったようだ」

「食事事情の変化ですか?」


「魔力属性ごとの属性分類とか、食事や食べ物がどのように身体と魔力に関わっているかを、広く知らしめられたからな。それに、神務士達の使用できるものであれば、他国からの帰化民でも使えることが解った。なにせ……今まで皇国の魔道具が他国に流れると、使えないと騒ぐ者や具合が悪くなる者達が続出したらしいからなぁ」


 それはそうだろうなぁ。

 魔道具や魔法技術を皇国が頑として他国に渡さない原因は、全ての基準が『皇国人の魔力量に合わせてある』からだ。


 だから、魔法付与の『付与魔道具』も方陣で使う『方陣魔道具』も、他国に出した途端に役にたたないか凶器になってしまう。

 魔法を使うこと前提の技術についても同様で、同じ名前の魔法を持っていたとしても皇国人と他国人では魔力量とか加護の関係でどうしても質も精度も違う。


 同じようには絶対にできず、魔毒使用での薬の精製などを生半可にやろうものなら大変なことになる。

 他国人の誰もが皆、ガイエス程の魔力がある訳ではないんだから。


 つまり、魔道具を使わせないと言うことは、できる方ができない者を気遣ってるというだけなのだが、それらを皇国が独占するのは国力が下がることを恐れているからだと疑わない他国人もいるだろう。


 だったらできるように指導しろとか、魔力のある者を派遣しろなんて言い出すのは、お門違いで甘ったれた搾取する気満々のぐうたら達の戯言だ。


 ま、他国にどう思われようと、皇国は気にもしていないだろうけど。

 それにさ、魔法が皇国の根幹であり価値なんだから国家機密扱いにするものがあったとしても当然だよね。


 皇国は他国にまで魔法を普及させたい訳ではないし、他国を助ける義理も必要もないし。

 それに皇国が優しさで手を差しのべたとしても、今度は自分達を懐柔して国を乗っ取るためだとでも言い出しかねないし。


 自分達には、それだけの価値があるとでも思っているのだろうか……

 おっと、いかん、いかん。

 これは差別的な考えかな。


 だけど……簡易調理魔具が国家機密というのは、ないだろうけどなぁ。

 どっちにしても、俺も他国や他国人は申し訳ないがどーでもいいので、今後も皇国の外で使わせる気は全然ないんだけどね。


 俺としては、セラフィラントの皆さんが健康で素晴らしい魔法でこれからも美味しい作物を作ってくださればOKなのですよ。

 そうなったら、俺の所に送られてくるセラフィラント便がどんどんグレードアップしますからなぁ。

 ふほほほほ。


「で、そんな完璧な食事の指南をしてくれたおまえが、こうもガリガリになっているというのは……どうしたものかと思っていてなぁ?」


 あ、いつもの『怖い笑顔』……っ!


「医師達や教会の皆だけでなく、子供達からもガイエスからも『タクトに、ちゃんと食べるように言ってくれ』と頼まれたんでな」

「俺、ちゃんと食べていますってーー!」

「……これ、着てみろ」


 渡されたのは、礼装用の上着……?

 着丈とか袖丈とかはぴったりなんだけど、がばがばだなー。


「おまえの身長はたいして変化していなかったから、以前作った礼装と同じ大きさで新しく作ったものだ。なのに、そんなにも身体に合わなくなっている。あの頃より痩せているとちゃんと自覚できているか?」


 がーーん……

 何、俺、ぺらっぺらじゃんっ?

 二人羽織ができちゃいそうだよ?

 ビィクティアムさんが少しは自覚したか、と溜息を吐きつつ笑顔で俺の方に両手を置く。


「折角だから、食べ過ぎのファイラス、ディレイルと同じような食事にしてみたらどうか……なんて案まで出ているくらいなんだぞ?」

「そ、それは流石に無理ですぅ」

「栄養的には確かにおまえの食事は完璧なのだろうが、絶対的に量が少ない。食べる量を増やす訓練、していこうな?」


 ……痩せるより太る方がつらいって、むかーし聞いた気がするけど……何をされてしまうのだろうか……?



*******

次話の更新は11/11(月)8:00の予定です

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