第922話 今に伝わる物語

「アルシュールさん、ウェルテクスさん……いつもより来るのが早いですね」


 いつも月の中旬過ぎに来るふたりが、前半に来るのは珍しい。

 どうやら仕事が今月の中頃から忙しくなりそうで、早めに診察に来たのだそうだ。

 しまった、今月分のガイエスの方陣をまだ預かっていないぞ。


 ふたりが食事をしているうちにガイエスに通信しようとしたが、方陣GPSがヘストレスティアを示す。

 うーむ……すぐには連絡しない方がいいかもしれん。


 今回は、ガイエスが描いたものをコピーさせてもらっちゃおうか。

 コピーにはガイエスの魔力が入らないから、俺のものを入れておけばいいかな。

 そんで、ガイエスには俺が複製したものを渡しちゃったからね、とメモだけ入れておこう。


「今月の中頃から忙しいって、いつくらいまで続くんでしょうね?」

「うーん、なんだか冬の前までに、紙の生産量を増やすんだってさ。なんでも、来年の『暦帳』を多めに作るらしいよ?」


 あ、それって俺のオーダーかも……

 ごめん、何種類も頼んじゃったから、カラーペーパーの作製量が増えちゃったのかもしれない。


 まだロンデェエストの直木紙すぐきがみより、樅樹紙もみきがみの方が人気があるんだよね。

 カラーも淡いパステルで可愛いしねー。


「そうそう、君に頼まれていたもの、取り敢えず思い出せるものを書いておいたよ」


 アルシュールさんが、そう言って差し出してくれたノートは二冊。

 お願いしていたタルフ語記載の『神典』と『神話』そして聞きかじったことのある『伝承』だ!


「ありがとうございます!」

「君は、面白いものを読みたがるんだなぁ。あんな国の『間違った神典』なんて」

「昔のことを、調べたり考えたりするのが好きなんですよ」


 その神典や神話が国の根幹になっているなら、考え方の基本もそのはずだ。

 それがある程度解れば、どのような理屈で行動するかも考察できるかなーって。

 まぁ、考えたところで俺としては、あまり関わりはないんだろうけどね。


 ガイエスがタルフの教会から持って来た古いものと、現在まで伝わっているものの間にどれほどの違いがあるかっていうのも興味深いしねー。

 じっくり読ませていただきますよ、ありがとうっ!



 夕食後に読ませてもらったタルフの神典は、やはりアーメルサスのものとよく似た構造。

 こちらは、聖神一位をこき下ろし聖神三位を崇める内容になっている。


 古代マウヤーエートから分かれた国々で共通しているのは、聖神三位至上主義。

 これは加護魔法が赤属性で、マウヤーエートの人々に一番顕現していたと思われるのがこの属性だから敬われているんだろうな。

 赤属性は魔力が少なくても使える魔法が多いし、生活に必要なのは赤属性と青属性の一部だ。


 そして、ごく一部の人にしか出ないが医療系や育成系である緑属性も尊敬を集めるようだが、獲得者が少な過ぎる上に使用魔力量が多いから皇国人ほど使いこなせないのだろう。

 そのせいで『イマイチな加護』という扱いのようだ。


 神話や伝承は、ガイエスがゲットしてきた歴史書の焼き直しのようなものばかりで、どちらかというとガウリエスタのものに近いみたいだ。

 そうか、マウヤーエートの中でもマイウリアに反発して飛び出した王族や貴族派がタルフで、市民サイドはガウリエスタとして独立したのかもしれないね。


 神典や神話については、如何に自分達を正当化させようと必死だというだけで特に目新しさはない。

 人というのは、実力を伴わない自己アピールにはどうしても他者を貶めるという手段を使いがちだ……という、悲しい習性が明らかになるだけな気がするよ。


 それよりも面白いのは、伝承話の方である。

 御伽噺として残っていたようなものだが、幾つかの話の中に『紅い星』が『大地に降りた』とか、『海に注がれた』なんてものがある。


 だが紅い星は『昼間』に現れているような感じで、アーメルサスの時と同じような違和感がある。

 しかし、こちらには『月』も『槻』も全く関わっていない。


 これってさ、赤い瞳の魔竜とかが降りてきたっていう比喩だったりしないかな?

 星が降りてきた後には、なぜか『恵み』がもたらされたり、大地が『甦る』という表現が使われているから魔竜だけじゃなかったかもしれないけど。


 これらの伝承は、タルフで発祥した話ではなく、遙か昔の……それこそ古代マウヤーエートであっても『伝説』だったものが残っているんじゃないかと思うんだよ。


 なんせ、人が全く出てこないからね。

 皇国の神典の『元』となったものの欠片から生まれた御伽噺な気がするんだよなー。


 人が出て来る話だと、地下から湧いてくる虫とそれを育てて地上を奪おうとする魔族との攻防の話もある。

 そう……地下には『魔族と呼ばれてしまった人』がいたのだ。


 いや、地下に生活圏があったから、魔獣と同じ扱いをされていただけかもしれない。

 実際に害があったかどうかは、これらの伝承には語られていないのだからただ単に『気味悪がられていただけ』ということかもしれないよな。


 おや、地中の人と地上の人を仲介していたのが『海の人』……?

 海の上に現れ魔法で海の上に立つ……これって、海中人が陸へも……?


 あ、もしかして、あの『中和の方陣』!

 あれの立体方陣バージョンがあったら……いや、駄目か……あれは『除去して調整する』魔法だ。


 空気から何かを除去したからって、海中人が空中で何も弊害がなく存在はできまい。

 そしてもしも『海水を纏う』魔法があったとしても、残念ながら『地上の人々に聞き取れる音』を発しての会話は難しいだろう。


 この伝承をどう拡大解釈しても、残念ながらテレパシー的なものでもなさそうだ。

 考えられるとすれば……飛んでいた、ということか。

 ならばそれは『天空人ニファレント』?

 態々海の上で彼らと会話をする意味が解らないよな、それだと……


 おおっと、またしても結論を急ぎ過ぎているな。

 まだまだ資料集めの段階なんだから、無理矢理仮説を立てることはないのだ。

 自分の先入観にミスリードされるのは、最も愚かなことだぞ。


 まずは、在るがままに受け止めて、皇国語訳をしていこう。

 うーん……やっぱり皇国語を当て嵌めるとイメージが変わったり、ニュアンスが違うよなぁ。

 でも、これって俺個人の感想と言ってしまえばそうなんだよなー。


 あれれれっ?

 タルフ語の『海の上に立つ人』という言葉に、皇国語だと『天見てんけんの賢者』が当てられたぞ?


 この『天見の賢者』というのは、皇国では素晴らしい鑑定技能を持つ人のことをこのように表す。

 もしくは、多岐に渡る知識を有している人……という意味になる。


 ということは……海の上に立って仲介していたのは皇国人?

 えええー?

 ますます混乱して来ちゃったよぉーーっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る