第921話 試作は大切

 あの後、亜麻の祠にも行って、ちょっと冷静になりました。

 ……俺が解読しなければ、資料は見つかりにくい……ということですよ。

 つまり、ある程度ならば俺の手元でタイミング操作が可能だということで、少しだけ落ち着きを取り戻した。


 自分である程度のコントロールができることが解るだけで、人の気持ちというものは安定するものなのだろう。

 ふぅ……慌てたところで事態は好転しないのだ。

 落ち着け、落ち着け。



 さて、弦月つるつきに入りましてイベント目白押しでございます。

 十日は母さんの、二十日は父さんの、そして二十二日はファロアーナちゃんの生誕日。

 ケーキ担当の俺としては、張り切って新作を……と思っていたのだが、父さんと母さんからはリクエストをいただいたのでそれを作ることに。


 父さんはクレマたっぷりのミルクレープ、母さんはショコラのかかったフルーツケーキ。

 ミルクレープにはナッツのトッピングも頼まれたので、父さんの好きな勾漆カシューナッツと胡桃を多めに使おう。

 ふたり用のケーキの目途が立ったところで、お次はファロアーナちゃんのケーキだね。


 ファロちゃん一歳の生誕日は『ケーキデビュー』でもある。

 ここで素敵なケーキでスイーツ好きになってもらえれば、毎年楽しみにしてくれるようになると思うのだ。


 しかし、まだカカオやナッツ類などはよろしくないだろうし、蜂蜜ももう少し様子見をしてからにしたい。

 砂糖を大量に使うあんこも、止めておいた方がいいだろう。


 ……なかなかケーキとしてはハードルが高いなっ?

 えーと、えーと……カルチャースクールに来ていた奥さんの中に、確か一歳児の時に子どもにケーキを作った話をしていた人がいたな。


 一歳児でも噛み切れるものだけにするのに、ちょっと大変だったって言っていた気がする。

 スポンジを米粉と小麦粉の半々で作って、牛乳にアレルギーがあったから豆乳で作った……とも聞いたな。

 そうだ、寒天だったら離乳食が終わっていれば大丈夫だったはずだ。


 砂糖を使う量を減らしても、果汁の寒天があったら甘さのカバーはできるよな。

 クリームもヨーグルト半分のクリームにして、トッピングしよう。

 うん、大人用は同じ装飾でも、砂糖の量を増やせばいいかなっ!


 ……これ、スポンジが難しいなー。

 んー……【烹爨ほうさん魔法】で仕上げちゃって、俺の加護色が抜けるのを待つ方がいいかもしれない。

 米粉を使うから、上手くやれば黄色が戻るかもしれないし。


 無糖にすれば、ヨーグルトは全属性だけど砂糖を入れると赤に傾く。

 スポンジから赤と青を抑えめにしておけば、寒天の藍色もあるしバランスが良くなるはずだ。

 よしよし、試作は成功、準備完了っと!


 そうだ、ちょっとどうしようか迷っていた燕麦……オーツ麦でもお菓子を作ってみようか。

 食物繊維が多くていいのだが、消化されにくくて食べ過ぎはよくない。

 なので、一個だけで満足するお菓子に仕上げて、食べ過ぎを防止しましょうかね。


 一個で満腹、栄養ばっちりな素敵スイーツ。

 チョコとドライフルーツのチャンクが混ざるオーツ麦入り生地を焼き上げた、いつもより少し大きめのカップケーキ。


 しっかりとしてずっしり感のあるカップケーキに中を少々刳り抜きまして、卵たっぷりカスタードクリーム。

 その上から生クリームも絞っちゃうよ。


 かなりのボリュームだから、お昼にこれだけでもいいんじゃないだろうか。

 いいや、俺がお腹いっぱいだとしても、ガイエスのようにガッツリ食べる人だと足りないか?


 もう少し大きくして……いや、ドライフルーツバージョンもいいが、甘薯や柬埔寨瓜かんほさいかのチャンクを入れるバージョンもいいかも?

 じゃあ、クリームだけよりアイシングも……


 ……結果、子どもひとりでは食べきれず、家族でシェアするケーキができあがりました。

 いろいろなものを詰め込んだ、まるでシュトーレンのようなずっしりケーキ……

 これを一個食べきれるかというチャレンジまでする猛者(?)達が現れ、大食いメニューとして人気に。


 違う、そうじゃない……俺が目指していたのは、これじゃない……!

 反動で作った燕麦クッキーは、サクサク軽くてこちらも人気にはなりましたが。


 自分の基準が信じられなくなってしまって『ひとり分』がどれくらいなのか、適量が解らなくなった……

 あぅぅ……

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