第914話 まずは美味しいものから

 その後、周りに幾つかの方陣があることは伝えたが、その方陣の行き先については確約ができないというか……動ける場所であるかどうかが解らないということも、言っておいた。


 場所の名前らしきものが書かれているのだが、その名前の場所がこの近くに『ない』からだ。

 多分、昔の地名か祠につけられた名前だと思う。


「あの紅花の祠に行くのは、この方陣か?」

「そうですね。あの祠に書かれていた『紅緋こうひ』という神約文字が、呪文じゅぶんの中にあります。その他のものにも同じ場所に『色の名前』と思われるものが書かれているのですが、きっとそれぞれの場所につけられた『位置を示すための名前』を色名で指定したのだと思います。ですから、これだけでは何処に繋がっているかが全く解らないです」


「…… 『コウヒ』なんて名前の色は、聞いたことがないな」

「『古色』というものじゃないかと思います。昔の人達が定めていた色分けが、今よりずっと細かかったのかもしれません」


 そして、この方陣からあの紅花の祠に戻れるかと聞かれたが……残念ながら、方陣の描かれている岩壁が随分と侵食されてしまっているのでこちら側からだと無理かもしれない。

 魔力が上手く方陣に行き渡らないと、方陣は働かない。


 しかもこんなに壁が濡れていては、いくら真水だとはいえ方陣の発動はできないだろう。

 昔はもっと滝が遠かったか、全然水が入ってこないような場所だったのに侵食が進んだんだと思うんだよね。


「こちらからの移動だと、全てに魔力を入れる必要があるからか。別の場所に描いたら?」

「それをやると多分、繋がりが切れると思いますから、場所を変えるならば『両方を結び直す』必要がありそうです。俺の魔法でなんとかなるかもしれませんけど……今は、止めておいた方が無難だと思います」


 この壁を補修して、全く同じ場所に同じ大きさで描ければ使える。

 だから……今すぐにでもできると思うけど、できるって言ったらビィクティアムさんは絶対に全部に行ってみたがるだろう。

 俺だって行きたい。

 だが、着いた途端に崩れるような場所かもしれないのだ。


 今だって相当危険なことをしてしまっているのだから、これ以上あちこちに行ったりしたら、紅花畑で待っててくれている三人が泣くだけじゃ済まなくなってしまうだろう。

 ビィクティアムさんとセットしておいた目標鋼目指して、移動の方陣鋼で紅花の祠に戻った途端に……本当に泣かれた。


 ……ごめん、皆さん……

 ビィクティアムさんも流石に、みんなに謝っていたよ。

 めっちゃくちゃ心配していたからねー、三人とも……


 祠への階段は一時封鎖して、簡単には入れないように『錠の方陣』を施させていただきました。

 そして中に置いてあったビィクティアムさんの分の『目標鋼』は……そっと持ち出しておきました。

 ビィクティアムさんがひとりで来たら、衛兵さん達が大パニックになっちゃうからね。

 俺は転移用の目印書いたから、入れますけどねー。



 今回の大冒険(?)は、後日ビィクティアムさんともう一度話し合いながら報告書にまとめることにして一旦帰宅致しました。

 いやぁ、予想外にルビー部屋への前室が『方陣ステーション』だったということが解ったのは焦ったよねぇ。


 他の移動先はきっと、俺が特異日の時にメモした場所だと思うんだけどね。

 下調べしてからじゃないと、衛兵さんの案内はできないかなー。

 その辺りは追々調べていくとして……


 さぁて、折角採取してきた紅花の種子ですからね!

 紅花サフラワーオイルを作りますよー。

 謎も歴史もみんな後回し!

 美味しく身体にいいものを作って、未来を担う子供達と俺の日々の生活に楽しみと潤いを!


 お、この紅花はオレイン酸が多いタイプだねっ!

 品種改良もされていないのに、ハイオレックとは素晴らしいっ!

 これは、育成水の効果かもしれないな。

 流石にオリーブオイルには及ばないようだが、シュリィイーレで採れないオリーブよりこの紅花油がコンスタントに採れるなら、こちらの油で充分だ。


 くせがなくて食べやすくて口当たりも軽い……このままドレッシングにするのもありだな。

 だけど、揚げ油にすると絶対に美味しい気がするーー!


 加護色が米油と同じ橙色という珍しい紅花オイルは、火を通すと……おおっと、炒めものだと赤に偏るんだけど揚げものだと米油より橙色が多めに残るぞ。

 これは、油を衣が吸収するからっぽいな。

 シュリィイーレでは、橙色が藍色の次に摂りにくいから、これはかなり嬉しいね!


 そしてそして、独特のぬめっとした食感のせいか、お子様達からの評判が芳しくない滑子なめこさん……

 味噌汁に入れてもなぜか父さんも母さんも今ひとつという顔をしていたこの茸ですが、石突きを取って軽く片栗粉をまぶします。


 それを少し浅めの油で『揚げ炒め』という感じにしますと……サクサクもっちりの食べやすい素敵な茸に早変わり!

 うーん、こいつは醤油でも昆布塩でも美味しい!

 勿論、マヨネーズもいいので、大人には山葵わさびマヨでもいいかもしれない。


 滑子は全属性を吸い取る茸だが、変化させずに吸い取ったままの加護色の色になる珍しい茸だ。

 シュリィイーレ産の紅花油で揚げれば、オレンジ色のキラキラ茸になって付け合わせでもお酒のつまみでも完璧である!

 父さんと母さんに試食をしてもらいましょーっ!


「……これが、あのぬめっとした茸か?」

「食感が全然違うねぇ! 凄く美味しいわぁ!」

「うんっ、こりゃ塩もいいが、この間タクトが作った……ほれ、ロンデェエストの果物とか野菜を煮込んで黒っぽくなった……」

「エルェソースのこと?」

「そうっ、その『エルェソース』ってやつをちっとつけると旨いぞ、きっと!」


 エルェソースと名付けたのは、レイエルス侯がロンデェエストのエルェラァラで見つけてきてくれた、この町でだけ作られていた『甘味のあるウスターソース』のことである。

 俺が作ったものは香辛料が少し多めに入っているのでピリッとするが、果汁や野菜の煮汁を発酵させたさらさらでコクがある調味料であり掛けダレだ。


 エルェラァラでは古くなった果物とか野菜クズで作っていたからか、味が安定しておらず各家庭で作っていたものだったらしい。

 だから、当然商品として売られている訳じゃなかったからそれを表す名前というものもなかった。


 レシピを作って名前を付ける時に、ウスターソースにしたかったんだが『ウスター』があちらの地名だから流石にまずいと思い、エルェラァラの一部分を取って『エルェソース』と名付けたのである。

 ソースだけでもよかったんだけど似た音の単語もあったし、今後も掛けダレには『なんとかソース』って名前が使いやすいと思ったんでそれにしなかったのだ。


 そっかー……でもそっちのソースにするなら、天麩羅風とか片栗粉の揚げものじゃなくってパン粉を使ったフライがいいよね。

 串揚げにさ、ウスターソースって美味しいじゃん?

 作りたかったんだよねー、コンスタントに。

 何度かお試ししていたけど、納得いく味のものが冬前にできあがってよかったよ、エルェソース。


 そう、今は食材確保時期なのだ。

 もたもたしては、いられなかったんだった。

 ティエルロードさんに発破をかけておいて、これでは本末転倒である。


 新しい情報が出て来たからといって、焦る必要はない。

 昔のことも何も、まだまだ時間をかけて考える楽しみってのがあるのだから。

 よーっし、明日からは本格的に食材確保と栽培確認だー!


 あ、滑子揚げ、めっちゃ旨ーぁい。



 *******

 次話の更新は10/28(月)8:00の予定です

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