第912話 紅花の祠

 おふたりにはできあがり次第お届けします、ということでお泊まりの場所を聞いたらルトアルトさんの宿だった。

 どうやら今回は馬でいらしているようで、ルトアルトさんの宿は騎馬と一緒に泊まるには一番いい宿だと衛兵隊で教えてもらったんだとか。


 そうだろうなー、カバロ思いのガイエスの定宿なんだから。

 行ったら……お馬さん、見せてもらおう。


 ちょっとレイエルスのことを考えると胃が痛くなりそうだけど、俺がその場で訳さなければすぐに解ることもないはずだ。

 何か解ったら、レイエルス神司祭に相談すればいい。


 そう、俺が挙動不審なことをしなければいいだけのことだ。

 ……ヤバイ、一番自信がない……



 まだ洞窟へ行く日は決まっていないけど、本日は碧の森で紅花の種の採取です。

 さてさて、碧の森の紅花群生地まで、地下の捜索もありますので衛兵隊同行でございます。

 場所も解っているし、深さもだいたい解っているので掘り返すのは簡単なんだけど、皆さんに『違和感のある場所』の特徴を説明したいんだよね。


「……ビィクティアムさんも、いらっしゃるんですね?」

「当たり前だろうが」


 ベルファルトさんとゼオルさん、そしてイスレテスさんが苦笑いをしているので、結構無理を言って付いて来たのだろう。

 金証の自覚ってやつ、ビィクティアムさんにだけは言われたくないかもしれない……


 だが、歩き始めた途端にビィクティアムさんがぽそっと口にした『やはり西側か?』というのを、俺は聞き逃さなかった。

 なんか、感じ取っていらっしゃったということですかね。


 五人で碧の森の西側に入り、あの階段を作った所で気を付けてくださいねと声をかけつつ進んで行く。

 そして、碧の森に落葉樹である『鈴懸すずかけの木』が不自然に並んで育っていることを指摘して、確認してもらい紅花の広場に辿り着いた。

 さーて、まずは魔法を使ってがーっと収穫しますよー!

 紅花油を作るのですーー!


 ビィクティアムさん以外の隊員達にめっちゃ吃驚されてしまったが、俺には【植物魔法】の上位互換【聖生充育】さんがございますからねー。

 そのお陰で選別は簡単だし【迅速魔法】でさくさくっと済ませられるのですよー。


「それにしても……碧の森にこんな場所があったとはな。以前、見回ったことだってあったはずなんだが」

「あの大きな段差の所、昔テリウスが滑り落ちてましたから覚えてますよ。ですが、こんな鈴懸という樹にも気付きませんでしたし、群生地なんて……」

「多分、星青の境域が甦ったことで、ここら辺にも加護が行き渡るようになったから紅花が咲いたんだと思いますよ。それの証明がきっと、あの『鈴懸の境界』です」


 ベルファルトさんとゼオルさんの疑問は当然だろう。

 おそらく、プラタナスがこの夏に急成長し、葉を広げられるようになったからこの界隈の異変に気付いたのだ。

 ……元司祭であるヴァンテアンさんは。


 具体的に何を感じたのかは、解らない。

 おそらく、それと同じものをビィクティアムさんも感じている。

 だって、さっきから『祠がありそうな場所』に、ひとりでどんどん近付いているからねー。

 他の三人は何も感じていないみたいだから、センサーとなっている魔法か技能があるってことか。


 司祭様とビィクティアムさんの共通点で、他の三人にはないもの……?

 三人とも傍流だし、ゼオルさんにはリンディエンの血統魔法があるからそちらではないだろう。


 となると……探知系の技能と……聖魔法?

 んー、ヴァンテアンさんに聖魔法はあるだろうけど、技能は解らないか。

 この辺は、後日確認しようかな。


「ビィクティアムさん、見つけました?」


 俺は何もヒントを出さずに、聞いてみることにした。

 やはり、ゼオルさん達は『なんのことだ?』という表情だが、ビィクティアムさんはもう一度くるりと見回すとあるポイントを指差す。

 なんの変哲もなく目印すらない、紅花畑の際の辺り。


「ここだけ……少し『違う』気がする」

「俺もです。紅花をなるべく傷つけないように、掘ってみたいんですけど……いいですか?」


 ゼオルさんが森の中にいる獣達を、イスレテスさんもベルファルトさんも俺達の護衛をするように少し距離を取りつつ警戒してくれている。

 魔法を使うから、もしも魔虫が潜んでいたら飛び出してくると考えたのかな?


 それでは、皆さんに『錯視の方陣』を描いておきましょうか。

 勿論、俺達にも……森の中で大きな魔法を使うって、やっぱ危険なんだねー。

 俺、ぜーんぜん自覚していなかったなー……ガイエスがピリピリしていた訳だなー……


 まぁ、それは俺が『ここには魔虫と魔獣がいない』って確信しているからなんだけど、流石にそれの根拠がよく解っていないから皆さんに『信じてください』とは言えないのですよ。

 そんなことしたら、怪しい宗教になっちゃいそうだからさー。

 皆さんの配置と準備が整いましたので、掘って参りましょうか!


「この辺りの土は軟らかいので、俺の魔法でやりますね」

「……解った。無理はするなよ」

「はい。では、こちら側から下へ降りられるように、穴と階段を作っていきます」


 ビィクティアムさんの【星青魔法/剛】だと、祠とか石板があったら一緒に壊れちゃいそうですからね。

 紅花を避けて境界になっている鈴懸プラタナスの近くから少々急になってしまうが階段を造り、地下へ。


 ……お、石室みたいになっているね。

 入口っぽいものはないから、ここには特定の場所から方陣とかで移動してくるシステムだろう。


 あ、ビィクティアムさんが岩壁を壊したそうにしている。

 駄目ですよー、これは周りを崩さないように『綺麗に切り取って』再利用しますからね。


「そうか……これをもう一度使って『入口』を作るのか」

「はい、そうです。ここに入り込むための、本当の方法が使えなくなっているかもしれないですからね」


 おっと、その前に中をサーチしておかなくては。

 水が溜まっているとか、中に生物がいるとか……は、なさそうですね。

 空間があって、入り込めるみたいだ。

 安心して、ゆっくりと壁に切れ目を入れて石を外していく。


 水の流れる音が聞こえ、一瞬手が止まる。

 目の高さで開けた穴からビィクティアムさんが、中へと向かって【採光魔法】を放つ。


「泉と、祠……か?」

「そうみたいですが、泉の水はここの紅花のために循環しているみたいですね。鈴懸すずかけもかな?」


 壁の石を丁寧に外しながら穴を広げて中へと入ると……部屋の端を『小川』が横切っており、その小川の真ん中に泉のような溜池のようなものがある。

 端にある祠は、三分の一くらいが水の中。


 祠の扉に『紅緋こうひ』と日本語訳が出ている神約文字。

 だが……現代皇国語は、表示がない。

 色の名前だと思うが、この色は現代の皇国では名前がないか、認知されていない色なのだろう。


 ビィクティアムさんが泉に向かっていったので中へ入るのかと思いきや、あっという間に祠へと渡れる『橋』を作ってしまった。

 流石【星青魔法/剛】を、使いこなしていらっしゃる……

 それにしても、瞬く間にアーチ橋を造ってしまえるとは、ビィクティアムさんは他にも建設系の魔法を獲得していそうだ。


 祠は、水面から出ている部分が少し崩れかかっていたので安全のために修復と補強。

 その後に観音開きの扉を開くと……ありました。


「石板か」

「これも『育成水』の石板ですね。神約文字ですから、シュリィイーレの町ができる前……もしかしたらこの近辺に村か集落があったのかもしれませんね」

「そうだな……しかし、少数民族だったとしても、彼らにこの文字が使えたのかという疑問もあるし、何より……皇国の大地であるからこその『神約文字での方陣』だろう? だとしたら……ここには『皇国の民』が暮らしていたことになる」


 そうなんですよ。

 だけどねー……今俺が考えているのは『ここにいたのはニファレントの生き残り』だったんじゃないかなーってことなんですよねー。

 そう、ニファレントのレイエルスが皇国と結んでいるのだから、その他の『ニファレントの従者家門』とか『レイエルスとシュヴィリオンが治めていた民』が皇国にいたって不思議じゃないんだよね。


 その人達も『神約文字』を使っていたとしたら……皇国に残っている伝承の幾つかが本当はニファレントってことっていう可能性だって……あるかもしれない。

 ずっとニファレントの資料や歴史が見つからなかったのは、空の帝国だったというだけでなく『皇国の中に完全に取り込まれている』せいかもしれないって思ったんだ。

 これは……あの洞窟の採掘品、とんでもなく大きな意味のあるものかもしれないよなー。


「昔過ぎて……シュリィイーレを造る時には、誰もいなかったのかもしれないですね。ここにいた人達が、皇国の別領地に移動してしまったからこそシュリィイーレを造ったってこともあるかも」

「ああ、そうだな。どこかの家門で、そのような資料が見つかるといいのだが……人の流れに注視して探していただけるように、皇宮史書書院でも働きかけていただこう」

「この界隈の資料ってあるんですか?」

「あるとすれば、皇宮だろうな。ここら辺は、シュリィイーレができる前から直轄地だったのだから」


 そうか、シュリィイーレを造ったから直轄地にしたのではなく、直轄地だからシュリィイーレを造ったってことなんだ。

 そもそもが『重要な場所』と解っていたのは錆山があるからだとばかり思っていたけど、それだけじゃないのかもしれない。

 だから、いつまで経ってもここが『白き森の大地』に違いないという話が消えないんだろうな。


 でもなー……どこをどう見ても『白い』という要素が、雪くらいしかないんだよなー。

 だけどさー、こんな豪雪地区で真冬の大雪が積もっている時に『降りてくる』なんて、考えづらいもんなーー。

 しかもその後に移動までしているんだから、大雪の中じゃ無理だろうし。

 んーー……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る