第910話 中毒症状?

 蒼鉛ビスマスの論文をティエルロードさんに渡す時に、どうせならと教会の皆さんとティエルロードさんにも骸晶がいしょう作りをやっていただきました。

 百聞は一見にしかずと言いますしね。

 皆さんから子供達以上のオーバーリアクションをいただけて、なんかもーすっげー気分が良かった。


「す、素晴らしいです……このような『純粋な結晶』を、これほど容易に取り出せるなんて……」

「なんと神秘的で美しいのでしょう!」

「魔力がこの……骸晶、ですか? その中に『流れるように満ちていく』のが解りますね!」

「タクトさん、これはひとつとして同じ形にできあがらないのですね」


 そうなのですよー。

 全く同じものは、できあがらないのですよ。


「あれ? レトリノさんどうしました?」

「私の作ったものが、青一色になってしまったのは……これは魔力の色なのですか?」

「いえ、これは『酸化膜』というもので、膜の厚みのせいなので魔力は関係ないですよ。色の付け替えもやりましょう」


 銀一色になっちゃっているアルフアス神官と一緒に、子供達も目を輝かせた陽極酸化で酸化膜を作り直します。

 綺麗な虹色になったでしょ?


 ねー、格好いいですよねーっ!

 作った骸晶は、チャームにしましょう。

 子供達にも見せてあげてね。


「タクトさん……これ、子供達にやってもらったんですよね? 理解……できていました?」

「いえいえ、理解なんてしなくっていいんですよ、ティエルロードさん。こういうものがあるということを知って、それを自分の手で作ったっていう経験をするだけでいいんです。その後で興味が出ればもっと知りたいと思うでしょうし、すぐに行動に移さなくても『昔こんなことやったなー』ってのを思い出した時に、本を探したりするかもしれないじゃないですか。そういう『きっかけ作り』でいいんです」


 子供の頃の経験とか勉強なんて、そういう感じでいいんだよ。

 それで『面白い』って思ったことを、もう一度詳しく調べたり聞いたりすればいいんだ。


 まー、大人の皆さんには、できればある程度は理解して欲しいけど、別に興味がないならないでも構わない。

 ただ……興味を持った人と『大きく差がつく』ってだけだからね。



 さて、本日の昼食後は俺が行きたい場所に『衛兵さん達に付き添いをお願いしたい』ということなのですが……ビィクティアムさんにまず、交渉だね。

 一箇所目は、碧の森の紅花群生地での地下調査。

 祠がありそうだからねー。


 それと、ガイエスと一緒に入ったあの洞窟の再調査。

 あそこはねー、俺ひとりじゃ抱えきれないものが出てきそうだからねー。

 ニファレント関連だとしたら……ちょっとレイエルスが心配だけど、どうも個人的な記録っぽいからレイエルス家門の話は出てこない気がするんだよなー。

 してそういう記録だからこそ、公的に採掘されたものだという証明が必要だ。


 それに水を半分抜いちゃったから、魔力が漏れちゃって魔虫とかが寄って来ちゃうかもしれないからなー。

 夏場じゃなくってよかったよ。

 まぁ……あの時にガッツリかけた【清浄魔法】で、暫くは寄りつかないとは思うけど。


「……なるほど。碧の森と白森の外れ、か」

「はい。碧の森はこの間紅花の群生地を教えてもらって、ちょっとその周りが不自然で気になったんです。ガイエスと一緒に入った洞窟は、この間言った通りなのでもう一度しっかり中を確かめたくて」


「そうか……碧の森は、衛兵隊だけでいいだろうが、白森の洞はレイエルス神司祭かテルウェスト神司祭にご同行いただく」

「え、聖神司祭様に……ですか?」


 いやいや、ちょっと意外なご提案ですよ。

 来てもらった方がいいとは思いますが、まさかビィクティアムさんから言い出すとは思っていなかったんだけどな。


「ガイエスに聞いた。ニファレントに関わりがありそうだからな」


 にやっとする表情が『お見通し』感ありますね……今回は隠す気がないから、全然構いませんよ。

 てか、これ以上極秘事項を抱えたくないんだよねー。


 魔竜くんの記憶ということだけは絶対に出せないから、ニファレントが空にあったっていう証明ができれば……いや、証明までは難しくても、可能性を提示できれば充分だな。


 その後、前回大丈夫だったから回避できたかと思っていたんだけど、お説教タイムがスタートしてしまいました。

 なんで時間差で怒られるんですかーー!


「ほぅ、友達ガイエスの前で叱られた方がよかったか?」

「……いえ、お気遣いありがとうございます……」


 ガイエスの前で輔祭として自覚がないとか、隠蔽しているからといっても金証だってことを忘れるなとか言われては堪らんですからな。


「おまえはガイエスと違って『地下への危機感』が薄過ぎる。まぁ……シュリィイーレの中で、地下室を作りまくっているせいだろうが。町の外は、もう少し警戒しろ」

「はーい……」



 それでは明日、碧の森に行って、聖神司祭様の都合を確認してから白の森の洞窟に攻め込む(?)ことになりました。

 まぁ……そっすよね。

 今日すぐに行きましょう、とはならないですよね。

 それでは明日、よろしくお願いいたしますー。


 長官室の扉を閉めて、溜息をひとつ……なんか、暇になってしまった。

 いや、やることはいっぱいあるんだけど、派手な動きのものがないって感じか。

 だって、朔月さくつきに入ってから怒濤の過密スケジュールで、なんていうか『予定がないのがちょっと気持ち悪い』なんて気分になっちゃってて……

 なんなんだろう、この感じ……ビィクティアムさんのこと、ワーカホリックって言えない気がする。


 いかん、いかんですぞ、これは。

 俺のモットーは『のんびり楽しく美味しい辺境の文字魔法師カリグラファーライフ』なのだ。


 キリキリ働くのではなく、好きな時に好きに文字を書いてみんなと楽しく過ごすという生き様を目指しているというのに、世界の謎とか歴史とか首を突っ込み過ぎなのではっ?


 ……でもなー……『知りたい』と思うことを、止められるほど『枯れてない』というか図々しいというか……そーいうことなんだよなー。

 ま、いっか。

 これも『好きでやってる』だけなんだし。


 大空を見上げながら、そんなことを考えつつ青通りを南下していたらショウリョウさんに呼び止められた。

 物販スペースからトアンさんも出てきたので、自販機で何か買っていたのだろう。

 まいどありー。


「実は……君にどうしても読んでもらいたい本があって。忙しいと解っているのだけどね」

「本……ですか?」

「一応さ、俺達で訳してみたんだけど、合っているか見て欲しいなーって思ったんだ」


 喋り口調が砕けてきて、俺としても非常にありがたい上に『訳文添削』……ということは、古代文字か神約文字のご本ですねっ!

 ふほほーそいつぁ楽しみー!


「……ニファレントのこと、みたいなんで慎重になっているんだ」


 こそっと耳打ちされたトアンさんの言葉に、一瞬、固まる。

 ……これって……レイエルスがニファレントの家門であることが書かれていたり……?

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