第908話 期待?

 カバロに跨ってウァラクへと出発したガイエスを見送り、俺は自販機の所でちょっとだけリサーチ。

 量が少ないと感じたり、物足りないと思うメニューがあるかの聞き取りを少しだけしてたら、割と意見が分かれたのでアンケート用紙を置いておくことにした。


 うちの一食分は安いこともあって、そんなに大盛りではない。

 食堂で食べる時はパンのおかわりもできるし、足りなければ追加オーダーも可能だ。

 だけど、食べた後に自販機で買っていく人が多いということは、もしかしたら『一日三食』ではなく、四、五食食べたい人が買っていってるってこともある。


 そういう場合、一食分では少ないけど間食として食べたい量……ってのもあったら、組み合わせて買いやすいかなーと思った次第。


 冬場は、魔法や魔力を多く使う。

 多分……俺が思っているより、食べる量が増えるのかもしれないな。

 俺が冬場でもなんとかなっているのは、この魔力量とコレクションの中に入っている鉱石やインク達のお陰なんだろう。


 だが、最近俺の顔色に出てしまうまで『魔力不足的症状』が出るのなら……コレクションに入っている者達だけでは既にリカバリーできなくなっている……ってことなんだろうか。

 あ……忘れてた。

 俺、全然身分証開いていないや……怖くて開けたくないなー……


 ほら、変なの出てても、知らなきゃポロッと言わないで済むじゃん?

 なんつーか、最近いろいろと開示してきているから、ポロリが多い気がするんだよね。

 また『絶対言えないリスト』の更新をしておかないと駄目かもしれない。


 部屋に戻って確認でもしようかなぁ……でも、なんつーか気が重い……

 いや、期待していない訳じゃないんだよね、素敵な魔法が増えてるといいなーっていう。

 調理とか、調理とか、調理とかっ。

 物販スペースでアンケートと称してぐだぐだとしていたら、ショウリョウさんがやって来た。


「やぁ……って、まだ食事をしていないのかい?」

「ちゃんと食べたんですけど、そんなに顔色悪いままですか?」

「顔色もあまりいいとは言えないけど、なんだか動きが重そうだよ? 怠そうだな、と思って」


 自覚が全然ない……マジでヤバイのでは?

 俺の神眼さん、俺自身のことは視えないんだよなぁ。


 鏡の精度を上げるっていっても……いや、俺を『撮影』して、それを視ればいいのでは?

 自撮りか……なんだろう、すっげー恥ずかしいっ!

 なんつーか『自撮り』って、自信満々な人とか陽キャさん達のやることで、俺と一番遠いところにある行為な気がするんですけどっ!


 いやいや、違う、これは『レントゲン』と一緒なのだ。

 俺の行う『自身の撮影』というのは、身体検査のX線撮影と同義であると捉えるべきなのだ。

 よし、随分とハードルが下がったぞ。

 後でそのことを念頭において、撮影をしよう。


「タクトくんってさ、意外と思っていることが顔に出るって言われないかい?」

「……出てました?」

「うん。どうしようとか、なんか困っていた感じ?」


 ほぼ、合っていますが……まぁね、それくらいでしたら……

 気を取り直して、ショウリョウさんに自販機でお買い物ですか、と尋ねた。


「それもあるんだけど、教えてもらいたいことがあって。木工細工の蓄音器を売っている店が、市場に見当たらなくてさ」

「あ、蓄音器は市場じゃない商店で売っているんです。木工は、南西・茜通り四番の店で売っているんです。よろしければご案内しましょうか?」

「いいのかい?」

「シュリィイーレは、慣れるまで住所から場所を探すのが難しいですからね」

「……助かる……実は、既にかなり迷ってて……」


 なので、トアンさん共々宿に了承をもらって、移動用に目標の方陣鋼を置かせてもらっているらしい。

 先日、買い物に出たはいいが迷子になって宿に帰れなくなっちゃって、衛兵隊に案内を頼んでしまったと、ちょっとだけ凹んでいるようだった。



 レリータさんの店まで案内すると、お目当ての蓄音器売り場へ。

 俺はショウリョウさんを置いて、レリータさんとその息子であるオーデルスさんにご挨拶。


 売上げは今も好調のようで、最近はシュリィイーレ土産として随分と定着しているみたいだった。

 ふと、店内を見回した時に……意外な人と目が合った。


「……やぁ、タクト」

「こんにちは、タセリームさん」


 タセリームさんは、ちょっと所在なげにウロウロとしている。

 何か言いたいのかなー。

 あ、そーだ、俺の方はちょっと聞きたいことがあったんだよな。


「タセリームさん、母さんが買った『どうしても金色が定着しない金赤の刺繍糸』って、何処の領地のものなんですか?」

「えっ、あ、あれは、糸自体はコレイルのウェライト村で作っているんだけど、染めているのはエルディエラのターレ村なんだ」

「ふぅん……ターレ村って茜草が取れるんだね」


 荏胡麻えごまが確か、ターレ村のものだったよね。

 染料に使える草木も、沢山ある村なのかな。


「うん。凄いな、よく解ったね」

「植物の鑑定については、ちょっとだけ自信がありまして。金赤染め加工の工房と取引契約しているんですね、タセリームさん」


「いいや、僕が取引契約しているのは、製糸工房の方だけだよ。あの糸は元々は『銀糸』用なんだ。だけど、最近は金の方が売れ行きがいいから……最初は、タルフ赤で染めていたんだけど……」


 ああー、タルフ赤って『毒性が高くて禁止』になったあれか。

 タセリームさんが言うには、タルフ赤でも実はあまり綺麗ではなかったらしいのだが【浄化魔法】とか、特定の『浄化の方陣』で処理をすると毒性はなくなり、やたら綺麗な金赤で安定したのだという。


 あのタルフ赤は、今ではまったく皇国に入っていないから、その方法がとれなくなって茜赤にしたみたい。

 だが、今までの方法だとできあがり具合にばらつきが出るようになってしまったと言うことらしい。


 なので、この間実験した『紅花』のことを伝えて、作ってみてもらえないかと話してみた。

 俺自身が取引をするということではないけど、それで色が安定したらリシュレア婆ちゃんの所で仕入れてくれてみんなも使えるかもしれない。


「い、いいのかい? 僕が、君の突き止めたやり方を工房に伝えてしまって……」

「ええ、構いませんよ。それでいいものが入って来るようになったら、結果的には俺も助かる訳だし。それじゃ頼みますねー」


 ショウリョウさんの買い物が終わったので、後ろの方で『解ったー! 頑張るよーー!』と言うタセリームさんに軽く手を振り、俺達はトアンさんの待つ宿へと戻っていった。


 タセリームさん、きっと今はいい付き合いができている工房や商人さん達が多いんだろうね。

 綺麗なメタリックの金赤刺繍糸、楽しみだなーーっ!

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