第907話 知らなかったなー……

 朝ご飯の後、ガイエスが自販機でガコガコと丼ものを買い込んでいた。

 どこかにお出掛けか?

 ビィクティアムさんの婚姻式まではまだひと月ちょっとはあるけど、またヘストレスティアに行くのかな?


「いや、ウァラクに行こうと思って。谷底の村ってのが、まだ沢山あるって聞いたからさ。それに、俺の親父がいた村にも行ってみたいし」

「ガイエスの……あ、冒険者だったからマイウリアからこっちに来た時に滞在していたのか?」

「ああ、おまえの親父さんから、ペカリード村で滞在していた親父と会ったことがあるって……」

「……え?」


 父さんが……?

 ガイエスの親父さんと、知り合い?

 へぇ……そりゃまた、とんでもない偶然だなぁ。


 まぁ、ウァラクなら冒険者も多く行き来していただろうから、そういうこともあるとは思うけど……なんで、父さんがウァラク?

 どっちかっていうと、セラフィラントとかマントリエルでは?

 いや……王都……が一番、可能性があると思っていたんだけどな。


 ビィクティアムさんとライリクスさんが『先生』と呼び、昔はまだドミナティアの家門の当主でなかったセインさんと友人だったのなら、全員と接触できるのは王都だ。

 それとも、仕事で行っていたとか?

 だとしたら、父さんはウァラクで衛兵隊員でもしていたのか?


「……おまえ、聞いてなかったのか?」

「うん、父さんは、シュリィイーレに来る前のことは話さないからね……まぁ、その辺は俺も気になるって程でもないから、全然聞かないんだけどさ」


 本当に俺にとっては、気にするようなことじゃないしね。

 個人的な過去の話を聞いたからって、今がどうこうなる訳でもないし。

 俺は、父さんと母さんと、大好きな人達とこの町で楽しく暮らせるならそれでいいんだし。

 それに俺が知りたい昔というのは、あくまでもこの国や町の歴史なのである。


 俺達は二階に上がって、俺の部屋に入る。

 ついさっき組み上げた『立体方陣』をガイエスに見せると、何度も瞬きをして『うわ』とか『ちゃんと呪文じゅぶんなのか?』とか『こんなんどうやって……?』と矯めつ眇めつくるくると回し見ている。


「あの硝子玉みたいなものから、こんな風になるなんて思ってもいなかった……」

「俺も吃驚した。これ、きっと『海の中の方陣』だろうからね」

「……!」


「あ、俺達は使えないから、期待するなよ」

「……やっぱりか」

「使えるのは『海の中で何不自由なく生きられる海底人』だけだろうな」

「今度は海底人か」


「そりゃー、天に人がいて、地中にも地上にもいるんだから、海の中にいない方が不自然でしょ」

「……そういう、ものなのか?」


「俺はそう思うけどね。陸で生きる人の見ている世界や範囲にいないからと言って、否定はできないからなー」

「そうか、知らないからといって『ない』とは限らない……か」


 ガイエスの言葉に何度も頷き、この硝子玉パズルが何処の迷宮から出たものか、もし冒険者組合に聞けたら今度確認しておいて欲しいと頼んでおいた。

 詳しく解らなくてもいいんだけど、できればどの辺りだったかくらいは教えてもらえると嬉しいなー。


「解った。トールエスのこともあるから、婚姻式の前に一度行こうとは思っている。その時に聞いておく」

「急がなくてもいいけど?」


「冬になると、ガストレーゼ山脈の国境は閉じるんだ。ヘストレスティア行きの魔導船も、ロカエの漁船が多くなるからほぼなくなる。俺は方陣の『門』で出入りできるけど、ヘストレスティア内にいるのは……どうもなー」


 そう言った後で、ぼそっと『冬場は絶対旨いものがなさそう……』なんて呟く。

 そーだよなぁ、旅に行って食べものがイマイチだと残念だよな。


 他の本のことと石板のことも伝えて、ガイエスがモヤッとした顔になったのはやっぱり『奴隷貿易船』のことだ。

 人の売り買いをするということが平然と行われるのは、そもそも売る方が売られる方を『人』だと思っていないからだ。


 あちらの世界では、割と普通に行われていた蛮行である。

 だが、こちらでは隷位と設定した者達をそのように扱うことは、神典で言っているように『神々が嘆くこと』だ。


 だが……かつてのアーメルサスの教典や、ガイエスが手に入れてきたオルフェルエル諸島の神典とされていたものでは『隷位というもの自体が『神の嘆き』であるのだから人ではない』という解釈だった。


 この『神々の嘆き』という言葉は魔獣や魔虫のように『裏』の生命達に対して使われているものなので、それと一緒という扱いにするために解釈をねじ曲げたのかもしれない。


 ……もしくは……地底にいる人々は『地上人にとって致命的となる菌かウイルス』でも保有していた?

 接触をすると毒にやられたかのような症状が出たのであれば、そのような言い方で接触を避けていたということも有り得るか。


 その辺は全然資料不足なので、現時点では『そもそも隷位でない人達を貶めてまで不当に扱っていた』という事実があるだけである。



 ガイエスは昼を食べたらそのままウァラクへ行くというので、俺の部屋で一緒に食べて本日のスイーツまで先に出した。

 今日は牛すき玉子とじで、ご飯が入っているのだがこれをパンに載せて食べる人が続出するメニューである。


 米をパンで食べる……というのは、俺としてはなんだか不思議な気分なのだがシュリィイーレでは一般的だ。

 カレーパンも、咖哩だけが入っているものより『ご飯を混ぜた咖哩』が一緒に入っているものの方が人気なんだよなー。


 ここでは米は主食ではなく、野菜のひとつという認識なのかもしれない……

 いや、焼きそばパンとか、たこ焼きサンドイッチとかと同じカテゴリーか?


「おまえ、本当に小食だなぁ……」


 俺がパンなしで牛すき丼にして食べていたら、ガイエスが呆れたような声を出す。

 丼ものなんだから、ご飯はたっぷりだよ。

 てか、普通に成人男性一食分だけど?


「そんな程度しか食べないのに、ぱかぱか魔法使うから痩せちゃうんだよ。副長官殿くらいは、食べた方がいいぞ」

「ファイラスさんと同じようになんて食べたら、動けなくなっちゃうよ」


「魔法使うんだから、そんなもんで身体がもつ訳ないだろう? この町にいたらただでさえかなり沢山の魔法使うんだろうし。それっぱかりだったら、一日中何か食べていたって足りないくらいだ」


 えっ、そう、なのか?

 俺としては『一般的な量』だと思っていたんだけど……あ、もしかして皆さんが自販機から大量買いして行くのって、俺が設定した一食分だと足りないから?


「いや、足りなくはない。だけど、食べる量なんて魔法の使い方によるだろう? タクトは明らかに足りていないと思う。だから、顔色が悪いんじゃないのか」

「そんなに顔色悪いか?」

「うん。絶対に子供達、心配していると思うぞ?」


 そう言いつつ、ガイエスは俺にさっき自販機で買ったんだろう、タマゴサンドを差し出す。

 ……いただきます。


 納得したような顔で頷かれてしまった。

 タマゴサンド、旨いな。

 腹一杯だと思っていたけど、入るもんだなー。


*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸72話とリンクしています

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