第906話 新たなる方陣
……おはようございます。
結局あの硝子の文字ピース、なんだかよく解らなかったので昨夜は諦めて寝ちゃいました。
文字の練習玩具だったのかなぁ、やっぱり……穴が開いていたりするから並べるだけのものじゃないみたいだけど。
何かのパーツが足りなくって、使えないのかもしれない。
あー、お腹空いたよー。
蓄音器体操の前に『おめざ』をいただきましょーっと。
朝はあんこものかなぁ……小豆も安定して必要量収穫できるようになったし、新しい和菓子も作りたいところだな。
あ、おはぎつーくろっと!
米もあるしねー。
うちは糯米少なめにして、うるち米を足してしていたさっぱりおはぎだったのだ。
普通は糯米だけなんだろうけど、婆ちゃんがこっちの方が好きだったのでね。
おはぎ、おはぎ、お、は、ぎっ!
米がキュってまとまる感じがなんつーか好きなんだけど、おむすびとは違うっていうか、もうちょっとおはぎの方が『くっつく』って感じだよねー。
おむすびは米を『結ぶ』で、おはぎはあんこの中に米を『入れ込む』って感じだから……入れ込む……?
できあがったおはぎを口いっぱいに頬張りつつ、俺はもう一度部屋に走り込んだ。
そうだよ、あの硝子ピースは『入れ込んで組み合わせる』んだ!
入れ子細工みたいなものだったのかもっ!
文字や記号に見えるものを並べるのではなく、組み上げて立体を作るんだ。
お、スライドさせたり、捻るように動かすと組み上がる。
曲面がぴったりと吸い付くように合わさったり、角張った部分が別のパーツに滑り込んで別のものへと組み上がっていく。
……あ……中の金属が……動いた。
そうかこの『似ガリウム』は融点が相当低い上に、硝子を通してでも体温の熱が伝わって……いや、自然放出魔力か?
どっちも必要なのかもしれないが、とにかくそれらが伝わって液状化するんだ。
そして組み合わせた部分で『管』が遮られたり、別のピースのものと繋がったりして『文字』が『単語』になり『文章』になっていく。
それも平面ではない。
立体的になっていて、できあがったものを前後左右に回したり裏返さないと読めない!
「これ……立体方陣……だ」
流れ出した液体金属の一部は、その硝子の中で幾つもの三角形を組み合わせて作られた『星形八面体』のように見える。
記号と文字がそれらのラインと重ならないように、縦に、横に、三角の中央に突き刺さるように並んでいる。
「凄い。
この文字は全部『ハーミクト文字』だ。
そして使えるのは……きっと『海中』……!
そう……宗神は『海中』の加護を持つ神なんだ。
主神と宗神の創った『三津の大地』とは、空のニファレント、陸のシィリータヴェリル、そして海中のリューシィグール。
神典の『ニファレントとリューシィグールの間に、シィリータヴェリル大陸がある』て言うのを、ただ単に海の上の話だと決めつけるのは既成概念だ。
俺もそのことに疑問を持たず、現在『自分のいる空間』にあるものでしか考えられていなかった。
世界は平面ではない。
地底や海底、海上と陸上、そして大気の層全体までもが『この星の生命の住処』なのだ。
地上に生きる人の目に映るものだけが、この世界の全てだなんてことはないって解っていたはずなのにっ!
空の上に人が住めるはずがないとか、海の中で息もできないのに人の国などある訳ないなんてのは『知らないから信じられない』というだけのこと。
この世界の何処にも、それらを完全に否定できるものはない。
あああ、日本人なら、思いついて当然だったのになぁぁぁ!
だってさ、日本の昔話には『翼もなく飛べる人々』や『海中で鯛や鮃の踊りを見ながら宴会している人々』がいる訳ですよ。
羽衣と表現されている飛ぶためのアイテムを、魔法や技能と置き換えることだってできる。
日本最古の『物語』なんて、月という全く違う天体で生まれた『空で生きている人々』が、月から『空を飛んで迎えに来る』っていう壮大なファンタジーなんだから。
海中宴会は、空気を必要とせず海水の中で生きられる魔法や身体能力が備わっているとも考えられる。
あちらの世界ですらそういう想像ができるのだから、実際に神々のいるこの世界でその『
そもそも『一定濃度の酸素の在る場所が必要』なのは、陸地の上で生きている人や生命達だけだ。
旧ジョイダールの地底都市にあったあの頭骨のように『目という光でものを見る感覚器官』がまったく必要なく進化した『人』がいたっておかしくない。
彼らはもしかしたら、たいして酸素さえ必要としてなかったかもしれない。
この立体方陣は、海の人々が地上の人々の魔法を使おうとした研究の成果だろうと思っている。
だって……これは『海の中で灯りを点ける』という方陣なのだから。
海中の灯りは餌をおびき寄せたり、警戒を仲間に知らせることもできただろうが決して便利でもないし、必要というものではなかったはずだからね。
以前見つけた『海の中のもの』と思われる方陣が、まったく使える方陣でないと感じたのは『平面に書かれたもの』だったからというのもあるだろう。
海の中で使える方陣というのは、全てこのように液体金属を使って陸の大地の加護を留められる『立体方陣』だけなのかもしれない。
この『方陣立体パズル』は、ヘストレスティアのどの辺りから出土したのだろう?
俺の妄想の裏付けとなるのであれば、確率が一番高いのは旧ジョイダールだが残念ながら旧ジョイダールの地下に入ったのなんてガイエスだけだ。
と、なれば……旧ポルトムントの近く。
現在のテルムント付近か?
うわーーー、あの辺って迷宮があるのかなぁぁ?
他の冒険者で入った人、いないのか?
あっ、今日までガイエスいるよな?
ちょっと呼び出しちゃえ!
「おはようっ、ガイエス!」
〈おぅ……〉
あ、悪い。
新考察推進エンジンブーストで、妄想特急最速の興奮状態のまま声出しちゃったよ。
「今日の蓄音器体操、おいでよ」
〈……やだ〉
「えー?」
〈今日の朝食、楽しみにしてるんだ。食べてからなら行く〉
……そうか。
確かルトアルトさんの宿の朝食は、スーシャスさんの屋台からのデリバリーだったはずだ。
あ、今の時期はゆで玉子が付くってこの間、言ってたっけ!
あの絶品ポトフにゆで玉子付きは、確かに強力なラインナップだ……!
むむむ、玉子に負けたか。
まぁ、仕方あるまい。
朝食後には来いよ、と呼び出して、俺は蓄音器体操のために裏庭へ向かった。
*******
『緑炎の方陣魔剣士・続』陸71話とリンクしています
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます