第904話 確認と依頼

「タクト、南門から何処へ向かった?」


 そのことなら、俺が怒られるだけでいーじゃんかよー。

 ガイエスまで呼ばなくてもいいでしょう?

 まぁ、ビィクティアムさんの尋問が俺に集中して、ガイエスが嘘発見器的なものなのかなー。


「俺が見つけた洞窟に行って、奥まで探検しました」

「その洞窟、どうやって見つけた?」

「魔効素の様子を見ていたら、なんだか吸い込まれている場所があるなーって。そこに行ったら洞窟でした」

「それで……ガイエスと入った理由は?」

「洞窟だったら、ガイエスも面白いかな、と思って。この辺りだったら、衛兵隊や自警団が回ってて角狼もいないって解っていたし」


 嘘は吐いていないですよー。

 ちょっとブラインドをかけているだけですー。


「まったく……まあ、何処に行ってもいいんだが、洞窟とかは止めておけ。行くなら、ちゃんと衛兵隊に確認取ってから同行させろ」

「はい、すみませんでした」


 余分な言い訳も補足もしないことが大切だ。

 だが、心配をかけてしまったことは事実なので、そのことについてはきちんと詫びておくことは当然である。

 こ、これでお許しはいただけたかな……?


 ガイエスがやっとほっとした顔になったので、俺が怒られるかもってドキドキしていたのだろうか。

 いいやつだなぁ。


「洞窟で面白いものをみつけたんで、近々解析がすんだら報告します」


 俺がそう言うと、ビィクティアムさんは少しだけ厳しい表情になる。

 ありゃ、警戒された?


「ガイエスから貰ったものもあるんだから、根を詰めてやったりするなよ? ガスヴェルが今年は筋力がなかなか上がらないみたいだって言ってたから、魔法の使い過ぎだ」

「……はい」

「こんなことだと、当分馬には乗せられんぞ」

「頑張ります……」


 だからさー、朔月さくつきはしょうがないんだってー。

 実はまだやりたいことも確かめたいこともあるし、どうしても飛行すると体力使うんだよなぁ。

 ガイエスが『馬、乗れないのか?』と確認するように聞いてくるので、小さく頷く。


「もしかして、エクウスに乗りたいのか」

「うん。エクウスはまだ人を乗せられる訳じゃないんだけど、シュリィイーレの馬って乗られるのが好きみたいでさ。荷物は絶対に引きたがらないんだけどね」

「じゃあ……他の馬は? 方陣があっても乗れないのか?」


「身体を使う技能系の方陣ってのは、その技能や魔法をちゃんと使える体力とか筋力がないと空回っちゃうだけなんだよ……」

「やっぱり、ちゃんと食べて身体作りしないと駄目なんだな。洞窟から出た時も、おまえちょっと疲れていたもんなぁ」


 あ、ビィクティアムさんが、ぴくってしたっ。

 また、トレーニングメニューが厳しくなっちゃうんですね?

 小さく息を吐くビィクティアムさんが、ちょっとだけ表情を緩めて会話に入ってくる。


「まぁ……タクトの体力については、この冬でしっかり鍛えてやる。それより、おまえ達ふたりに頼みがあるんだよ」


 ビィクティアムさんからの頼み?

 しかも、俺達『ふたり』に、とは一体なんだろうか?


 あ、この『依頼』があったから俺達を呼んだのか……ってことは、洞窟のことはついでだったってことかー。

 ……すっとぼけていたらスルーされたのか?

 いやいや、結局話して協力してもらうんだから、ここで言っておいてよかったってことだよな。


「ガイエスはタクトから『撮影機』を預かっていると聞いた。再来月のロートレアでの『成婚祭』で、協力をして欲しい」

「……俺に、できることなのか?」

「ああ、多分おまえが誰よりも適任だろう。婚姻式の日の『町中の撮影』を頼みたいんだ」


 そうだよな、町中は確かにガイエスじゃないと撮れないだろう。

 婚姻式の行われる教会の中は、固定式のカメラがガッツリ付けられる予定になっている。


 勿論、全皇国中が注目している婚姻式を『記録』するためだ。

 後日セラフィラント各地の教会とか、王都の教会では上映予定も組まれているので俺も張り切っているのである。


 婚姻式自体は、在籍地の臣民であっても儀式中の教会に入ることはできない。

 入れるのは金証の貴族か、銀証以上でセラフィエムスかロウェルテアの血縁のみだ。

 逆に、町中には臣民達が溢れ、金証、銀証の人は出歩けないほどになる。


「ビィクティアムさん、式の後に町中へ出るんですか?」

「ああ『家族の披露』も儀式の一環だからな」

「えっ? 家族って……全員で『教会の外』に?」


 ガイエスが驚くのも無理はないだろう。

 なんてったって、迅雷の英傑の婚姻なんだから町中は祭りの真っ直中だ。

 そんなところに、ビィクティアムさんはともかくレティエレーナ様やレドヴィエート様が出ていくなんてと驚いて当然だ。

 アイドルコンサートで、アイドルさんが客席にダイブするようなものである。


「大丈夫だ。剣も矢も魔法も、決して妻子には届かん。だが『それをしようとしたやつ』を、野放しにはしておけない。セラフィラント衛兵隊員達も勿論、配備はしているが多分狙われるとしたら……」

「ビィクティアムさんっ、襲われることが前提なんですかっ?」


 いや、そういうこともないとは言えないってだけで、こんなにも確定事項みたいに冷静に言うことじゃないでしょっ?

 すると、ガイエスも『そういえばそうか!』くらいの間があいてから、なんで、と問い返していた。

 ビィクティアムさんは、あっけらかんと『なんでと言われてもなぁ』と腕を組む。


「セラフィエムスは昔から、折り合いが悪い元従者家門があってな。そのせいもあって従者家門から婚約者を選ぶ必要もあった訳だが、そういうことを一切止めて『下位貴族』なんてものの廃止を主張した筆頭が俺と父だから……まぁ、恨まれているだろうと」


 あ、そうだった……あいつらってば、基本的に自分本意で既得権益大好きなおバカさんが多いんだった……


 従者だ下位貴族だなんて言って、やりたい方題していた一部の愚か者達が悉く『ただの臣民』と同位だなんて決められても、納得していないのは誰もが知っていることだろう。

 そしてそういうやつらは、間違いなく逆恨みをするだろうし、八つ当たりをして自らの非を認めないだろう。


 恨みと怒りの矛先がビィクティアムさんに向くのは解りきっているし、一番襲いやすいのは臣民達の前に姿を現す『婚姻の儀』の後……

 領内が『成婚祭』で浮かれて、物見客が多く入り込む時期だ。


「やつらは衛兵隊員がいる近くでは行動には移らないだろうから、敢えて『穴』を作っている。そこの近辺にガイエスにいてもらって『界隈を撮影』して欲しい」

「……具体的に行動に移さなくても、怪しいやつらの姿が撮影できていれば、ということですか」

「そうだ。タクトにはそれ用の撮影機も、新たに依頼したいと思っているんだが……構わないか?」


 俺はガイエスが引き受けるのであれば、と返事をするとガイエスは迷うこともなく力強く頷く。

 そしてひとつだけ確認したい、と言った。


「狙っていると思われるのは……ドードエラスの残党か?」

「ああ……それもいるかもな。だが、元従者家門全般かもしれんし、そうではないかもしれん。表立った不穏分子は既にいないが、潜伏している者達がそれらと繋がっているかは解らない」


 ……驚いた。

 ガイエスからドードエラスの名前が出て来るとは。

 だけど、ビィクティアムさんは納得していたっぽいから、ガイエスがドードエラスという今はない家門の名を知っていることは把握していたということだろう。

 セラフィラントでなんかあったのかなー?


 まぁ、なんにしても俺はガイエスが使う撮影機の依頼を受け、ガイエスは少し打ち合わせをしたいから残ってくれとビィクティアムさんに言われたので俺だけ家に戻った。


 おそらく……警備計画は『幾つかのパターン』を用意しているはずだ。

 そして当日にならなければ、どのパターンにするかの決定はされないだろう。

 もしも警備計画が『リーク』されるようなことがあれば……それはきっと、かつて騎士位を獲得して衛兵隊に残っている『元従者家門出身者』の可能性が出て来る。


 ガイエスに頼むのは『最も信頼ができる民間人』だからだ。

 つまり……ガイエスが配置される場所が、襲撃者の現れる一番確率が高くなる場所……


 だとすれば、作るカメラは『全方位型』だな。

 何があっても録り逃すことのないように、仕込めるものは全部仕込んでおくべきだな!

 ……ドローンまでは……やり過ぎかな?

 いや、備えあれば憂いなしっ!

 だよなっ!


*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸69話とリンクしています

次話の更新は10/14(月)8:00の予定です

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