第901話 HAPPY HAPPY DAY

「あっ、タクト兄ちゃん、ちょっと待って!」

「なんだよ、早くって言ったり待ってって言ったり……」

「やっぱ、平気っ! 早くっ!」


 まったくもー、何がいったい……え?


「ビィクティアムさん?」


 食堂まで子供達に引っ張ってこられた俺と、ファイラスさんとライリクスさんに食堂の中に押し入れられたビィクティアムさんが鉢合わせる。

 食堂のテーブルや椅子が部屋の端に移動していたが、その上には串焼きやらサンドイッチのようなハンバーガーのような、パンにいろいろなものを挟んだ食べやすいものが沢山並べられている。

 朝食ビュッフェかな?


 子供達は間に合ったー、遅いよーなんてファイラスさんに声をかけ、ライリクスさんが『すみませんでしたねぇ』なんて、子供達に詫びている。

 ビィクティアムさんは、俺と同じで『きょとん顔』のままだ。


 朝っぱらから、何をこんなに、と母さん達を振り返ったら父さんも近所のお母様方もによによして『生誕日おめでとう』と俺の胸や袖に記章を着ける。

 あ、ビィクティアムさんも子供達からあちこちに記章が着けられているぞ。


「きょうは、ちょーかんさんと、たくとにーちゃんの、せーたんびのおいわいです!」


 ミシェリーの『開会宣言(?)』の後に、みんなから俺達……ビィクティアムさんと俺のふたりにおめでとう、と集まった人達から声がかけられた。

 なんだよー、だからー、こーいうサプライズはさーっ!

 駄目だ、泣く……っ!


「こんな、朝っぱらからぁ……」

「だってさー、タクト兄ちゃんも長官さんもお祝いしたい人が多いから、昼だけだと足りなかったんだもん」


 泣き出しそうなのを抑えていたビィクティアムさんも、このルエルスの言葉に『え?』と顔を上げる。

 いつの間にかによによの子供達の後ろには、これまたによによの衛兵隊員達。


「おまえ達まで……」

「だって長官の婚姻式には、お祝いには伺えないですからね」

「そうですよー。だから生誕日くらい、シュリィイーレで祝いたいじゃないですか!」

「タクトくんの生誕日も一緒だって聞いて、こりゃ一緒に祝うしかかないって子供達と相談していたんですよー」


 なんということだ……子供達がうちのご近所さん達だけでなく、衛兵隊まで巻き込むドッキリパーティを企画してくれていたなんて……駄目だ、もー泣く。

 ガイエスから『しょうがねぇなぁ』って感じで差し出された手巾ハンカチに、凄く綺麗な海柘榴つばきの刺繍が入ってる。

 勿体なくて、俺の涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしたくはなかったんで、自分で手拭いを持っているからと遠慮した。


「あ、俺達からも『生誕日祝いの記章』があるんですよ」

「「……なんで、記章……?」」


 ダリューさんの言葉に俺とビィクティアムさんの問いかけが被った。

 するとルエルスが、得意気に自分も着けている幾つかの『記章』を見せる。


「これねっ、タクトにーちゃんとか友達に貰ったんだ! この間の生誕日に! 皇紀年が入ってて生誕日も入ってるの、すっごく嬉しかったから絶対にタクトにーちゃん達のも『記章』にしようって、みんなで決めたんだ!」


 嬉しかったから、誰かに同じことをしてあげたい。

 そう思ってもらえたことが、そしてその『誰か』に俺が選ばれたことが嬉しくて堪らない。

 ここは泣こうと胸がつまろうと、絶対に言葉にしなくてはいけない。


「ありがとう……! 凄く、凄く、嬉しい……っ!」


 ビィクティアムさんも目を潤ませながら、衛兵隊のみんなだけでなく子供達ひとりひとりにありがとう、と声をかけている。

 そして、ファイラスさんから俺達ふたりにそれぞれ差し出されたのは……分厚い箱のようだが……これって『冊子』……?


 表紙を開くと、中は三椏紙を二枚貼り合わせた厚紙……それには、なんと『記章』が!

 それぞれの『記章』の下に名前が書かれていて、誰からのプレゼントなのかが解るようになっている。

 これって……コレクションブックじゃないか!

 ビィクティアムさんも驚きを隠せない感じで、何度も瞬きをしている。


「凄いな……こんなにも、沢山……?」

「すみません、一冊でまとまりませんでしたから、あとで全部お渡ししますね」

「そりゃー、長官の生誕日を祝いたい人は町中に沢山いましたからねぇ」

「タクトくんのもだよ。だからさ、服に着けていたら大変だし、毎年こうやって纏められる『記章帳』があってもいいねって遊文館の子達とも相談したんだ」


 ライリクスさんとファイラスさんは、子供達と一緒に『ねーっ?』って感じでにっこにこだ。

 どうやらこのコレクションブックを作ろうと言いだしたのはオーデルトのようで、遊文館の蓄音器体操のスタンプブックから、こうしたらどうだろうってみんなと相談してくれたらしい。


 彼らはあれを俺が作ったものとは知らない。

 だけど、それを見て、いいと思ってくれて、こうして『大切な記念品』のために応用してくれたのだ。

 こんなに嬉しいことはないだろう?

 駄目だ、また泣く。


 手拭いを顔に当てつつなんとか涙が流れるのを誤魔化し、ぱたり、ぱたりとページをめくっていく。

 木製の記章とか硝子製のもの、布製のものや刺繍糸を立体的に編んだものまで様々だ。

 ああああー、書いてある名前が涙で滲んで読めないよぉ。


 そして何も記章のないページに、さっき俺の胸に記章をつけてくれた子供達の名前が書かれている。

 ここにみんなのもしまっておけるんだな……本当に素敵な贈り物だ!


 胸に抱きしめて、何度もお礼を言う。

 ふと、指に裏表紙の型押しが当たった。

 ……蛙……?


 小さく端の方に、雨蛙の『意匠印』があった。

 そっか、これ、作ってくれたのタセリームさんか。

 そろそろ、ちゃんと話しようかなぁ……



 その後も入れ替わり立ち替わり、色々な人達が俺とビィクティアムさんにお祝いを言いに来てくれた。

 朝食だったのに、立食の昼食になり、そのままスイーツタイムにまで突入する。

 食べ物が途切れなく出て来るんだが……母さん凄いな。


 神務士トリオも来てくれて、シュレミスさんがビィクティアムさんの前では声が裏返っちゃって思わず和んでしまう。

 教会の方々全員がここに来られる訳ではないから、皆さんからです、と全員分の記章がくっつけられた厚紙を渡された。

 あ、凄い……このコレクションブック、リング式だからページの追加もできるんだ。


 このリングの正確さ……間違いなくデーニヒス工房だな。

 そうか、中の厚紙加工とコーナーに使われている木製留め具はマーレストさんだ。

 表紙にちりばめられているスワロフスキーみたいなデコレーションは、レンドルクス工房作に違いない。


 中表紙の絵は『冬碧草とうへきそう』……マダム・ベルローデアだ。

 みんなが名前を書くのに使われた色墨は、ヴァンテアンさんとナトレシェムさんの所のものだし、表紙のコーナー金具はベルデラックさんだ。


 中の記章も全部、この町の色々な工房の人達が作ってくれたものだろう。

 この町の、今まで関わってきた人々みんなからの『生誕の祝い』……


「俺……生きててよかった……」


 思わず口に出た言葉に、父さんと母さんが頭をぽんぽんと軽く叩き撫で回す。

 あ、父さん……ビィクティアムさんにまでっ!


 ガイエスが目を剝いているが……まぁ、いつもの光景なんだよな、うちでは。

 ビィクティアムさん、にっこにこだし。


*******

『緑炎の方陣魔剣士・続』陸66話とリンクしています

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