第897話 足りないものは補いましょう

「え? 常時発動?」

「うん、やってないか?」


 ガイエスはショコラのスティックパイを咥えながら、腕組みをする。

 ……全然真剣に考えているように見えないが、表情は哲学者の如くである。


「やってない、と思う。常時発動できる魔法は【耐性魔法】くらいしか持っていない」

「回復系は?」

「ある……けど、オルツで整えてもらった時とか、微弱魔毒も平気って言われたし。よく食べて、ちゃんと寝るようにってくらいで」


 そうか、俺と一緒か。

 てことは、足りない栄養素があるのかな?

 よし、ちょっとチェックしよっか。


「ガイエス、この焼き菓子の中でどれが一番美味しいか教えてくれ」


 俺が差し出したのは、各色相特化で作った『虹色カロロン』だ。

 元は『マカロン』である。

 だが、生っぽいパリ風の『マカロン・ムー』の方ではなく、イタリアの『アマレッティ』とか、和菓子の『まころん』に近いかもしれない。


 メレンゲ使用で、水分が残らないくらいまでしっかり焼いたタイプ。

 生地には、アーモンドだけでなく胡桃とダイスカットのナッツを入れている。

 それをベースに、フルーツや野菜を使って色相を変えていて、どれがどの色相なのか解るように色違いのアイシングで星のマークを描いているのだ。


 クリームやジャムの挟まった、外カリ中しっとりのマカロンも悪くはない。

 だが、子供達が遊文館で買った後に持ち歩いたり、食べかけを保管しておくのに冷蔵保管をしないといけないのは避けたかったんだ。


 それと、最近焼き菓子の種類が増えてきているから、個別に名前があった方がいいかなーって母さんと話し合って決めたんだよね。

 母さんが『マカロン』を『カロロン』って聞き間違えたのが始まりだったけど、言葉の響きが遊文館の女の子達に気に入ってもらえたので決定したのだ。


「……これと、これが旨い」

「と、いうことは、赤属性が全然足りていないな。それと、藍属性も」

「旨いものが必要なもの……か?」

「そういうことだね。おまえは加護も魔力も『地系』で『赤属性』だから、その属性をガッツリ食べないと、他を食べても身体と魔力流脈の回復が遅いんだと思うよ」


 決して食べていない訳ではないだろうが、こいつの場合は魔法特性も身体の性質も魔力自体も『赤』に偏っている。

 というか、赤に全振りだ。


 大元がその属性なのだから満遍なく全属性を取り込むより、赤を六……いや、不足している今は、七割くらいまで増やした方がいいだろう。

 藍色はその過程で摂れる分だけで、おそらく足りるだろうからな


「疲れていたり魔法を使い過ぎた時は、根菜……特に芋類、パン、米を多めに食べて。それと、甘いものは砂糖が使われているものがいい。肉や魚はできるだけ煮たものじゃなくて、焼いたもの……いや、小麦の衣がついているから、揚げたものの方がいいな」


 こう言うと凄くジャンクな気がするが、ガイエスのような『赤属性特化型』には一番有効だ。

 ついでに全属性をカバーできる卵、蜂蜜、チーズと不足しがちな藍色を偶に海藻とか香辛料で摂れれば文句なし。


 悉くガイエスの好物だから問題はないだろうけど、最近玉子料理ばっかりだったから赤が足りなくなっていたのかも。

 卵はオールラウンダーだが、卵だけで赤を補うのはちょっと難しいからな。


「それから、珈琲もいいぞ。フレスカと蜂蜜入れたら完璧……あ、そーだ!」


 珈琲用ポーション、外出先でも使えるやつを渡して試してもらおう!

 持ち歩けるように作ったポーションミルクは、プリペイド珈琲用に使ってもらっているが今はまだ、コーヒーフレッシュに砂糖が入ったものだけ。

 だが、もうちょっとフレーバーを増やしたいと思っていたので、皆さんにも試してもらっている最中だったのだ。


「これを、珈琲の中に入れるのか?」

「そうそう。温かくても冷たくても溶けるように作ったけど、まだ自動販売機の珈琲には試していなくてさ。全部フレスカだけど、こっちが蜂蜜入り、これは桂皮入り、こっちはちょっとだけ赤胡椒が入っているけど蜂蜜多め」


「珈琲に、胡椒?」

「カタエレリエラの赤胡椒は特別なんだよ。辛味が少なくて、ほんの少しだけ入れると酸味を抑える働きがあるんだ。だから珈琲の味によっては、赤胡椒入りにすると味に深みが出るんだよ」


 酸味のあるさっぱりタイプが好きな人は必要ないかもしれないが、酸味は苦手な人も多いのでこれは素晴らしい発見だった。

 いや……俺が間違って入れちゃっただけだったんだが……シナモンの隣に置いててさー、ひと振りした時に違うじゃんって気付いたんだよねー。

 これもまた、怪我の功名というやつですかな。


「これ、いいな。セラフィラントの珈琲は、時々苦いものがあってフレスカかパンナが欲しいって思っていたんだ。蜂蜜だけだとちょっと違うって感じでさ」

「牛乳は?」

「追加ができない方が多いんだ。あまり多めに入っていなくて、甘くはしててもなんか物足りないってのも多かったんだよ」


 そういう時は、自分で蜂蜜を入れていたらしい。

 持ち歩いているのか、蜂蜜……そういえば、蜂蜜飴も好きだったな。


 オルツでは柑橘粉や枸櫞クエン粉入りの蜂蜜飴を売っているが、カルラスでは生姜入り、デートリルスではピーナッツや胡桃の蜂蜜固めを作っていると教えてやったらなんだかちょっとショックを受けているみたいだった。

 あ、セラフィラント在籍の自分より、俺が知っていることが悔しかったのかな?


 ほっほっほっ、食材に関しては、俺の方がまだ詳しいって。

 ご当地グルメは、これからいっぱい皇国内を旅して、俺に教えてねー。



 さて、お腹もくちくなったところで……それでは、あの石板、じっくり見ていきましょうかっ!

 取り出した石板には魔瘴素は全くなく、魔効素が仄かに循環しているのみ。

 やはりあの泉の真水に守られて、角狼には手出しができなかったから『迷宮』にならなかったのだろう。


「皇国古代文字か? なんて書いてあるんだ?」

「……神約文字、だな。浅い所だった割には、古いものみたいだけど……」

「やっぱり、俺は神約文字って、全然読めない」

「『音』のない文字だからね。全部の文字の意味を覚えても、組み合わせたら意味が変わるからそれも覚えないとねぇ」


 あ、ガイエスのやつ、諦めた。

 いーよ、神約文字は俺がおまえに渡す方陣にしか使わないし、儀式も奏上もしない俺達が日常的に使える言葉じゃないしねぇ。

 神約文字に関しては、頑張って欲しいのはお貴族様達とか陛下だからねー。


 改めて石板を眺め、前後の文字から文章として読む。

 初見では書かれていた『ニファレント』に驚いたが、どうやらかの国に思いを馳せる日記のような、詩歌のようなもののようだ。

 正直、これは意外だった。

 てっきり方陣がある、南の森の泉にあった育成水とか浄化水の石板かと思っていたから。


『……やはり、ニファレントは遠く、もう空を見上げてもただ青いばかり。だが、天空を仰ぐ度に、かつての魔導帝国を想う。いまだ落ち行く欠片を見る度に、神々に届く言葉を失った痛みに……』


 神約文字なのに……神々に届く言葉を失った?

 どういうことだ?


「タクト、これってなんだか『続き』があるみたいに聞こえるけど?」

「ありそうだな、これの前後に続くものはあるだろう。だけど、近いところにあるかもしれないけど……」


 ガイエスの言う通り、このままじゃ『全く足りない』んだよな。

 だけどこれ、掘り出すのはやっぱり俺達じゃない方がいいな……

 あの場所は危険もまだありそうだし、なんで皇国の神約文字で書かれた石板に続く道に『全く見たことがなくて皇国語で訳せない文字』の方陣があったのかも……


 いや、あの方陣のことは、ちょっと後回しだな。

 まずは『石板を全て掘り出す』ってのが、最優先だ。


「そうだな。もしもあの分岐の先に石板の残りがあったとしても、掘ったからといっても辿り着けると思えないからなぁ」


 そうなんだよねー。

 全部のパーツが揃ったとしても、書かれている内容次第なんだよな、何処までニファレントに迫れるかっていうのは。

 だけどさ、これって……結構な大事おおごとになりそうだなー。


 ビィクティアムさん達に……いや、ティエルロードさんと、司祭様も?

 ティエルロードさんは、現場には関係ないか。

 うーむ……だけど発掘隊、大仰なものになっちゃいそうだなぁ。



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『緑炎の方陣魔剣士・続』陸62話とリンクしています

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