第896話 隅々まで探検しよう
ゆるゆると上り続ける回廊は思っていたよりも長く、道幅や高さが一定のまま続いていく。
分岐もない一本道を歩き続け、辿り着いたのは……行き止まりの岩壁。
「タクト、触れても平気だと思うか?」
「いや、止めた方がいいな。おかしな方陣が見える」
そう、あの『旧ジョイダールの地下都市』に繋がっていたような『すり抜けの方陣』と思われるものだ。
それにしても……この文字は、今まで全く見たことがない。
かつて何度となく興国と滅亡を繰り返した西側の国にあった文字かもしれないが、ここはまだ皇国領だからこの文字の方陣が十全に使えたとは考えにくい。
「文字……皇国語じゃないのか?」
「違うな。旧ジョイダールともマイウリアやガウリエスタとも違うみたいだし、アーメルサスやオルフェルエル諸島のものにも似ていない」
時代が違うということなのか、全く違う言語体系ということかは解らないけど。
まぁ……読めちゃうんですけどね、俺。
ただ、全くと言っていいほど『皇国語の訳語』が表示されず、日本語の意味や音を拾っても……文章にならないんだよ。
おそらくこれが表音文字で、同音異義語がめっちゃ多いから『音で書かれたってどれを指しているかこの文章じゃ解らねーよ』っていう自動翻訳さんからのお知らせってことだと思う。
たとえば『こうり』と読める言葉が、どの単語に繋がるかで『小売り』なのか『高利』なのか『功利』なのか、はたまた『公理』なのか……文章の成り立ちが幾つかの資料から推測できないと正しく言葉を繋げられず、意味も理解できないのですよ。
だったら、読みが解らなくって発音ができなくても、意味ごとに単語ができあがっている神約文字の方が理解できるんだよ【文字魔法】って。
「この文体は、俺が全く知らないものだから『正しく意味が読み解けない』……図形を見る限り『すり抜けの方陣』と思われるけど、行き先らしきものが書かれていないんだ」
「じゃあ……触ったらどうなるんだろう……?」
「二度と帰れない場所に落とし込む罠かもしれないし、ただ単に移動を装った魔力を吸い上げるだけのものの可能性だってある……ってことだ」
ガイエスが『えーー?』って顔を歪ませる。
うん、これは安全性が全く保証できない方陣だ。
この文字がもし皇国の歴史の中にあった文字だったりしたら、触れてしまうと発動してしまう可能性だってある。
安全なものに書き換えるにしたって、目的の解らないものだから変えようがない。
一応、陣形を作っている線の一部を消して、図形を完成させないでおくくらいしか、今は対策がない。
「一応、危ないから図形の線を一部、消しておくよ。覚えても使いようがないけど……解析できたら教える」
「解った。しかし、ここまでか……なんだか随分と登ってきた割には、いつまでも表に出なかったな」
「もしかしたら、森のどこかではなくて山になっているところの地下まで入り込んでいるのかもしれないよ。だからここから別の場所に移動して、更に山の中まで入ったのかも」
「位置を考えると、俺が越えてきた山の近くかもな……あの辺、毒沼とか多くて危なかったから、地下を通ろうとしたのか?」
「そうかもね。上手く開通したのか、頓挫して諦めたかは解らないけど」
ひと通りの探検は、これにて終了だろう。
全部の分岐に入ったが、続いていた『人工道』はここだけだったし。
俺達は少しばかり残念な気持ちを抱え、入口まで『門』で戻った。
……しっかりと、俺は『転移マーキング』だけは置いてきたがここには衛兵隊だと……危なそうだなー。
ひとりで来る方がいいかなー。
食堂に戻ると丁度ランチタイム。
俺はガイエスに『お礼にご馳走するから』と、招き入れた。
「あら、いらっしゃい」
母さんが食堂内のサーブをしている……ということは、今日は父さんのチキン南蛮だ。
ガイエスは母さんが厨房にいないのが不思議らしく、小さく会釈しつつ目で追う。
「偶に父さんが作る時があるんだよ。今日は、父さん自慢の『揚げ鶏の玉子たっぷり卵黄垂れかけ』だぞ」
「……!」
うん、おまえの好きなメニューだよな。
ニヨニヨが止まりませんな、ガイエスくん。
俺も大好きなチキン南蛮だから、気持ちは解るよ!
父さんのチキン南蛮……コスト度外視だから、美味しさ追求は当たり前なんだけど。
ウチのはそういうメニューの日が多いんだけど、冬場は大盤振る舞いが難しいからこの時期のお楽しみではあるんだよね。
しかも父さん、調理関連の技能が上がったっぽいんだよ。
悔しいなんて思っていないぞ、ちょっと……寂しいだけだ……
食堂はいっぱいで奥の小部屋も相席状態だったから、俺の部屋で一緒に食べることに。
初の洞窟探検のことなど話しつつ、ガイエスは追加のパンとご飯もぱかぱかと平らげていく。
……この後、スイーツも入るのかな?
洞窟でこれだったら、迷宮だととんでもなく腹が減るのでは?
ガイエス、なんか魔力食うような魔法の常時発動していないよな?
いくら『祝福支援』だとしても、方陣だったらそんなに消費魔力が多いはずないんだけど……
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『緑炎の方陣魔剣士・続』陸61話とリンクしています
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